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4-淫魔ヤンキー、三者面談へ
六月半ば、岬の通う学校では三者面談が実施される。
短縮された授業は午前中に終了、昼休み、掃除、帰りのホームルームが行われた後に全学年の各教室で月曜から金曜に渡って予定されていた。
面談日に指定されていた水曜日の午後。
岬は廊下に用意されたパイプ椅子に座って手持ち無沙汰に待機していた。
校内は静まり返り、時々、生徒なのか保護者によるものなのか区別のつかない怒鳴り声や金切り声がどこからともなく聞こえてきた。
「どうもありがとうございました……」
教室前方の扉が静々と開かれた。
前の時間帯に面談が行われていたクラスメートと保護者が廊下へ出てくる。
彼らは岬に気がつくと揃ってかたまった。
「おはようございます。どうもお疲れ様です」
岬の隣には百合也が座っていた。
百合也に挨拶されたクラスメートもその母親も揃って顔を赤くし、ぎこちなく会釈して去っていった。
数えきれないくらい似たような光景を目にしてきた岬は、同級生に寄り添う母親の背中をほんの束の間見送った後、自称母親の父親に「行くぞ、百合ちゃん」と声をかけた。
「息子の岬がいつもお世話になっております」
海外ブランドのストライプ柄パンツスーツをそつなく着こなし、ヒール皆無の来客用スリッパを掃いた状態で180センチ以上の身の丈がある百合也は息子の担任相手に一礼した。
一つ結びされたロングヘアが翻る。
岬の髪色と同じ白アッシュだった。
「どうもはじめまして、担任の志摩と申します」
「志摩先生。私のことは百合とお呼びくださいね。敬称はチャンでもサンでもサマでも、どうぞ先生のお好きなように」
「百合ちゃん、言っとくけどここ店じゃねぇからな」
四脚の机を合わせた三者面談の席に真っ先に着いたのは岬だった。
志摩に促されてその隣に百合也が腰かける。
担任は向かい側に着席した。
「さて、学校での岬君ですがーー」
「うぇ。クン付けとかやめろ、きもちわりぃ、鳥肌出るわ」
「そうか。じゃあ岬チャン、岬サン、岬サマ、どれがいい」
「どれもやめろッ、いつもの呼び捨てでいいだろぉがッ、三者面談でふざけてんじゃねぇぞ!」
教師に対してあるまじき言葉遣いを堂々と披露する我が子に対し、百合也は一切叱らず注意せず、隣で微笑ましそうに眺めていた。
髪色と同様、息子と同じ褐色肌。
元より秀でた美貌にさり気なく添えられた薄化粧。
艶治なまでに切れ長な双眸は魅惑の流し目で多くのヒトを虜にしてきた。
鼻孔を掠めるオリエンタル系の香りは中性的でミステリアスな容姿にぴったりだった。
「それにしても同種の先生にお会いできるなんて」
机に身を乗り出して啖呵を切るヤンキー息子の隣で百合也は微笑する。
「先生のお話は岬から聞いています。これまで淫魔筋の先生にお会いしたことがなかったもので、頼もしいばかりです」
しっとりと馴染むルージュに彩られた唇でハスキーボイスを奏でる百合也に志摩は「それはどうも」と棒読みの礼を述べた。
「で、岬君なんですがーー」
「学校生活はどうかと尋ねれば志摩先生のことばかりで」
「はい?」
「最初はね、見ているだけでむしゃくしゃする先生がいる、その先生が教室にいるだけで心がささくれ立つ、そんなことを言っていて」
「そうですか」
「でもね、同じ先生に説き伏せられて四月の宿泊研修にも参加したみたいで、最近では口を開けば志摩先生がどうだった、ああだった、私が尋ねなくても自分から報告してくるようになって」
「おい!!」
顔を真っ赤にした岬はいきなり立ち上がった、その勢いでイスがけたたましく倒れた。
百合也は一切微動だにせず。
倒れたイスは向かい側からやってきた志摩によって元の位置に正された。
「座りなさい、岬君」
「いいこちゃん教師ぶるのやめろッ……百合ちゃん、これ以上余計なこと話すんじゃねぇぞ、話したら金輪際百合ちゃんの好きな豚汁作ってやんねぇからな」
志摩に言われてすんなり席に着くのも面白くなく、岬は、座ったままの百合也に向けて悪癖なる舌打ちを……。
「その癖やめろ」
すかさず志摩に鼻を摘まむように唇を左右から摘ままれて吊り目をヒン剥かせた。
「余計な諍 いを起こしかねないから。もうするんじゃない」
手はすぐに離れていった。
唐突な接触に否応なしに頬を火照らせた岬は大袈裟に口元を拭う。
掴みどころのない表情をした志摩が向かい側に戻ると恨みがましそうな目つきで睨 めつけてやった。
「偉そうに教師くせぇこと抜かしやがって」
「教師だからな」
「じゃあセンセェも俺のこと反抗期ちゃんって呼ぶのやめろ、あれ、悪ぃ癖だぞ」
「お前が反抗期を無事卒業できたらやめる」
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