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6-2
冬休みに入って年末年始を目前に控えた十二月下旬。
午前中に家事を済ませた岬は未だ連絡先を交換していない担任の住む街へ。
昼下がりの冬日に浮き彫りにされて夜よりも散らかって見える繁華街の裏通りへ出向いた。
張り巡らされた電線に不揃いに区切られた空。
時々、突拍子もなくカラスが羽ばたいて黒い翼が薄いブルーに翻る。
どこからともなく聞こえてくるサイレンやクラクション。
今は明かりが落とされ、通行人の頭上で眠りにつくビルの突き出し看板たち。
室外機の上で暖をとる猫、猫、猫。
夜になればオモチャ箱やビックリ箱のようなワクワクとスリルに溢れ返る歓楽街の片隅。
カーキ色のロング丈モッズコートのポケットに両手を突っ込み、履き慣らしたスニーカーで、白線の内側を急いた足取りで岬は前進する。
だが。
目的地である雑居ビルを前にして急に足を止めた。
扉のない開放的な出入り口に二人の男女が立っていた。
男はやたら背が高くモデル並みの体型をしていた。
女はやたら深々と項垂れていた。
……なんかワケありっぽくねぇか。
大して広くもない階段の上り口を塞ぐようにして立つ二人。
岬は肩を竦め、ラブホテルの広告を掲げる電柱脇で一分ほど様子を見、それでも動き出さない二人に痺れを切らした。
斜向かいの雑居ビル入り口を目指し、いざ歩き出す。
すると。
二人は連れ立って中へ。
よって細い階段を上る男女の後ろをついていくという、気まずい流れになった。
……何階の店に入るのか知んねぇけど上るの遅ぇ。
……女の人の方、ずっと俯いてたし、具合悪いんじゃねぇのか。
……犯罪に巻き込まれてるとかじゃねぇよな?
「どうぞ」
気まずくて伏し目がちでいた岬ははっとした。
女の歩調に合わせて階段を上っていた男が、振り返り、片側に寄って通路を開けている。
岬は「どーも」と告げて一段飛ばしで二人を追い越した。
綺麗な男だった。
短めの黒髪、スレンダーな体型にはスマートカジュアルなグレーのセットアップ、インナーにはタートルネックを合わせていた。
足元には黒の紐靴。
重厚感ある樹木の奥深いウッディノートが鼻先でふわりと舞った。
追い越して先を進んでいた岬は三階まで上った時点で無性に気になり始める。
二人の行き先はどのフロアなのか。
まさか自分と同じなんてことがあるのか。
気になった岬は四階で上るのを一端止めた。
これまで一度も寄ったことのなかったフロアへ足を進めた。
間もなくして上がってきた二人は……五階へと上っていった。
……五階には志摩センセェのウチしかねぇ、後は空き部屋だ。
……あの人達、もしかしてセンセェの知り合いなのか?
一学期、二学期と志摩の家へ度々お邪魔してきた岬であったが。
客人が尋ねてきたことは今まで一度もなかった。
学校関係の連絡が来るくらいで、友達らしき相手から電話がきたこともない、また逆も然りだった。
友達が少ねぇボッチ教師。
そう思ったくらいで特に気にはならなかった。
今日までは。
昼は閉店しているカフェバーの扉の前でスマホをチェック中のフリをし、二人が五階へ到着したのを見計らって、岬は……足音を潜めて最上階を遅れて目指した。
「志摩、僕だよ、急に来て悪いね」
男が発した呼び声に、予想と違わない展開に武者震いした。
二階の古着屋でかかっている音楽の重低音が自分の動悸と完全にシンクロした。
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