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会員制の「USUAL(ユージュアル)」は夜遊び好きにはもってこいの非日常感を味わえるハイセンスのナイトスポットだった。 広々としたダンスフロア。 開放的な吹き抜けの天井には巨大なシャンデリア。 中央ステージのDJブースに鎮座するプロフェッショナルなムードメーカーの選曲に合わせ、すでに出来上がった人々が思い思いに体を揺らしている。 サイドには快適なソファ席が設けられ、優れた音響システムによるフルボリュームの音楽をお酒と共にのんびり楽しむ人々もいた。 映像を操作するVJの手捌きにより、スクリーンで目まぐるしく展開していく編集・加工された映像。 出来合いのノイジーな暗闇に入り乱れる色鮮やかな光たち。 「中二階はVIPフロア、プラチナ会員専用のエリアなんだ」 ご丁寧に耳打ちして説明してくる阿久刀川に岬はついつい首筋を粟立たせた。 「うん? 寒い? 空調、効き過ぎてるかな?」 耳打ちするのが億劫な岬は首を左右にブンブン振って回答を示した。 思ってたよりも清潔感あって綺麗だな。 もっとゴミゴミしてるのかと思った。 音はすげぇけど。 気合い入ってそうな格好の奴もいれば俺みたいな部屋着っぽい奴もいる。 レストランの方は吸血鬼が出没しそうな雰囲気だけど、こっちは吸血鬼も真っ青っつぅか、陽キャの溜まり場っつぅか。 そんで同じ夜の店でも「アウェイク」とはやっぱ全然違うな。 「岬くんも、きっとお気に入りのひと時が此処(ここ)で見つかると思うよ」 ……阿久刀川サン、無駄に近過ぎねぇか。 洋食レストランの方で見かけたインテリアの鳥かごを巨大化したようなオブジェの脇で阿久刀川が立ち止まり、岬も隣で足を止めた。 「はい、どうぞ」 だぼっとした五分袖シャツにサルエルパンツ、足元はサンダル、全身ゆるゆるシルエットのヤンキー淫魔は手渡されたドリンクチケットを興味深げに眺めた。 「あそこで交換してもらうんだよ」 阿久刀川が指差した先はソファ席のそばに設置されたバーカウンターだった。 カウンタートップ一面に施工された装飾ガラスは透明感に満ち、ブルーの間接照明を浴びて月夜の湖のような煌めきを放っている。 四六時中お祭り騒ぎのダンスフロアとはまた一味違うクールな空間であった。 「バーテンにこのチケットを渡して好きな飲み物を注文したらいい」 「へぇ」 「僕はちょっと知り合いのところへ顔を出してくるから」 阿久刀川はそう言うや否やダンスフロアの人波に身を投じ、その場から去っていった。 残された岬はちょっとたじろいだ。 しかしすぐに気を取り直し、長ネギの覗くエコバッグを肩にかけ直し、だだっ広いフロアのコーナーに位置するバーカウンターへ向かった。 ……ドリンクチケットか、初めて使う、クーポンみたいなモンだよな。 クラブ初訪問となる岬はちょっとばっかし浮かれていた。 追ってきたはずの濡宇朗の存在をうっかり忘れる程度には、十代の冒険心を刺激されたわけで……。 なかなか大きい造りのバーカウンターはお一人様やカップルなどで程々に埋まっていた。 ざっくり正装したスマートカジュアル風のバーテンダーが数人、せっせとお酒を造ったり客とおしゃべりしたりしている。 グラスを磨いているバーテンダーに目をつけ、声をかけようとして、岬はものの見事にかたまった。 視界の端に引っ掛かったカウンターの客に一瞬にして全神経を奪われた。 「……志摩センセェ……」

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