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「卒業おめでとう、岬くん」
「まだ卒業してねぇから、阿久刀川サン。あと濡宇朗がいつもお世話になってます」
週末の昼下がり、奇抜な装飾を誇る洋食レストランは程々の客の入りだった。
カウンターに座っていた阿久刀川の隣に腰を下ろし、岬はチョコレートムースを注文した。
コーヒーを飲んでいた阿久刀川は「同じものを」と気取った風に店自慢のスイーツを黒須に頼んだ。
「濡宇朗さん、久し振りにまたグラスを割ったよ」
「スミマセン、給料から引いてもらって構わないんで」
「ううん、ここしばらく割ってなかったんだ。成長が窺えるね」
クラブの「USUAL」で濡宇朗が働き出して一年以上は優に経過した。
亀並みにのろのろした成長だと岬は思ったが、人生初めてのマトモな労働に挑戦しているのだ、それくらいのペースで丁度いいかと考え直した。
「君のために頑張ってるみたい」
短気で衝動的で怠惰な母親に貴重な働き口を提供してくれた阿久刀川に、岬は、改めて礼を告げようとした。
「母性と妖艶さを兼ね備える濡宇朗さんのこと、一度抱いてみたいな」
礼を告げるのはやめておいた。
「その母親のこどもによくそんなこと堂々と言えるな。抱き癖でもあんのか、阿久刀川サン」
「僕は一人につき一度のベッドインをモットーにしてるんだ」
「それな、前にも聞いたし、いちいち俺に繰り返す必要ねぇから」
「二度も抱きたいっていう相手はいなかったんだ」
「早くチョコムース来ねぇかな」
他人の性事情をあんまり詳しく聞きたくない岬に、阿久刀川は、黒曜石の瞳を煌めかせて悪戯っぽく微笑んだ。
「黒須だけは何度も抱きたくなる」
……とうとう惚気出しやがった、このドミナント。
「でも黒須は自称・年増のオッサンだから<待て>してあげてる……ッ、いたた」
チョコレートムースを運んできた黒須が阿久刀川のしなやかな背に全力のゲンコツを振るった。
「お待たせしました、岬君」
「僕のは?」
「店長、十分前に食べたばかりなので。昼のおやつの分はもうおしまいです」
ホールも厨房も一人で担っている黒須は他の客の皿を下げにいった。
「僕のマリア様は僕にだけ冷たい」
まだ隣で惚気ている阿久刀川を放置し、岬は、甘過ぎない味わい深さが癖になるチョコレートムースをバクバク食べ始めた。
「どうして黒須だけ後光が差してるみたいに眩しく見えるのかなぁ、目の病気かなぁ」
「は? それって単なる恋だろ?」
「恋?」
「……」
「今、岬くん、恋って言った? 恋って言ったよね? 恋!」
「阿久刀川サン、うるせぇ」
眉目秀麗な顔をやたら近づけてきた阿久刀川に辟易し、岬はスツールを一つ空けて座り直した。
「これが恋心かぁ」
乙女みたいに重ねた両手を片頬に添え、魅力滴る男前美形の優性淫魔はうっとり呟く。
……阿久刀川サンと黒須サンって恋人同士じゃなかったのかよ?
自分は何かとんでもないスイッチを押してしまったのではないか、そう、ちょっとばっかし己の言動を後悔した岬なのだった。
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