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第1話

「わっ!」  バイト先の店の廊下で、俺は何かにつまずいた。歩き方が悪いせいなのか、俺は時々靴の先を床に引っかけて転びそうになってしまう。 でも、いつもは、どうにか踏みとどまって体勢を立て直せるんだけど――。 「イテッ」  今回は見事に前につんのめり、カーペットに手をついて転んでしまった。メチャメチャ恥ずかしい、いい大人が転ぶ姿って、滑稽でしかないじゃないか。 いや、でも、誰も歩いていなかったと思う。きっと居なかった、居なかったに違いない。  俺は周りに人が居ない事を祈りつつ顔を上げた。だけど、天は俺を見放した――なんと、視線の先には人が居て、しかも俺の方を向いていたのだ。  転んだところ、多分見られた。俺は思わず頭をかいて、小さく舌打ちをした。  今さっき俺が出てきたトイレの近くから、俺の無様な姿を見ていたのは、なんと、俺好みのとても可愛い人物だった。  何て運が悪いんだ!   と落ち込みそうになってしまったが、飲み物を運んでいる途中じゃなくて良かったんだ、と気持ちを切り替えることにした。  それに――  これって意外と「運命の出会い」とか言うものじゃないだろうか? 恥ずかしいという気持ちをどこかに追いやり、俺は「運命の出会い」にかけてみようと思った。 「大丈夫?」 「運命の人」に声をかけてみようと自分に気合を入れていると、目の前にすっと手が差し出された。  彼女に声をかける前に誰か来ちゃったよ、しかも手を差し伸べられてるなんて、俺ってどんだけ恥ずかしいんだよ……。  そう思いながら俺は「大丈夫です」と言って顔を上げた。 まったく…転んだ男に手を差し出すなんて――。 「あ?!」  俺の「運命の出会い」は一瞬にして終わってしまった。  手を差し伸べてくれていたのは、めちゃくちゃ可愛いと思っていた彼女――いや、彼だった。 俺が「あっ」と言ったきり何も反応しないでいたので、その人は困ったような顔になってしまい、手を引っ込めようとした。 「す、すみません、ありがとうございます」  俺は慌てて手を伸ばし、彼の手を掴むと体重を掛けすぎないように気を付けながら立ち上がった。どう見ても俺のほうがデカイ。なんか、助けてもらって恐縮ですって感じだ。  立ち上がってその人と向かい合うと、彼が本当に小柄な人だってことがわかった。 俺より15㎝以上低いんじゃないだろうか? 小さくて可愛くて、きっと俺の腕の中にピッタリのサイズだ。  夢破れたにも関わらず、俺はそんな事を思っていた。 「ありがとうございました。申し訳ありませんでした」  日頃から店長に言われている『お客様に対して失礼のないように』と言う言葉を思い出し、俺は、その人に向かって深々と頭を下げた。 「どういたしまして。気を付けてね」  頭を上げると、キラキラ輝くような彼の笑顔がそこにあった。  笑った顔もメチャクチャ好みだ。女の子だったら良かったのになぁ。  いや、ハスキーな声の人もいるんだし、もしかしたら女の子かも……  自分に都合の良いように考えながら、その人の後姿を目で追っていると―― その人が男性用トイレに入っていく姿が見えてしまった。

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