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第3話 兄の方は揶揄われてるのか本気なのかわからない。

 雅は、朝になると猛烈に頭が痛かった。 朝まで続いたガーレッド兄弟の喧嘩が止まらなくて眠れなかった事と、その内容が自分に関係ある事も含まれていたから、余計に頭が痛かった。 せめてシャワーだけでも入ろうと自分の部屋へ戻る、朝食は何も食べる気が起きなかった。 出来る事ならこのまま寝てしまいたい気持ちだったが、学費を免除して通わせて貰ってるので、成績はなるべく維持したいし、欠席もなるべく控えたかった。 いつかは恩返しもしたいので、ちゃんとした仕事にも就きたいと思っているから、尚のことかもしれない。 雅は水のシャワーで頭からかぶって無理やり覚醒させると自分の頬を両手で叩いた。 「よし!!」 シャワーから上がって替えのシャツに腕を通して制服を着直す。 ネクタイを締めてから、時計が7時半を過ぎてるのを見て雅は自分の部屋を出た。 玄関へと階段を降りると、どこかのホテルの様にロビーみたいに広く、近くにアンティークなソファーと机が並んでいる。 そこに、ミルクとウラニスが座っていて雅に気づいたのか話しかけてきた。 「おはよーさん!……て、なんか眠たそうやけど、大丈夫かいな?」 ウラニスが元気よく話掛けては、雅の様子がいつもと違うかったのか顔を覗いてきた。 そこで、ミルクがニヤニヤして笑みを浮かべてきた。 「あーら?もしかして、どっちかに食べられちゃった?」 明らかに揶揄いにきてるミルクの言葉だと分かってても、雅は反射的に眉を挟めて顔を赤くした。 「なんでそうなるんだよ!兄弟喧嘩に付き合ってたら朝になったんだよ!!」 「ふふ、あの2人の間に挟まれるとか、中々雅も罪深いわね」 ミルクが楽し気にしてるのに、雅はなんだか肩に力が抜けた。 別に雅自体彼らに何かした覚えはない。 心当たりがないのだから、正直何で気に入られてるのか知りたいくらいだった。 「……ただ物珍しいだけだと思うんだけど……」 「あのお二人さんに物珍しいだけで好かれるなんて……滅多にないからそれだけで凄いことやねんけどなぁ」 ウラニスが苦笑して言うのに、雅は返す言葉が出しづらくなった。 それは、ウラニスが2人を幼い頃から知ってると聞いたからだ。敬称を使うが、幼馴染に近い存在なんだろう。 特にレオンとウラニスは、ウラニスが敬称を使ってたとしてもお互いに気やすい。そんなウラニスから言われてしまえば、返しようもなかった。 「と、い、う、か……」 雅が返しに困ってると、ミルクがソファーから身を乗り出して、人差し指を雅の胸の辺りにトンと軽く叩いた。 「案外、雅も満更じゃないわよね?」 「は……!?」 突然の振りに、雅は驚くとゆっくりと顔が赤くなった。 図星を突かれたみたいに雅の心臓がどきっと鼓動を跳ねる。 「な、なんでそう!?」 「だってー嫌だったら、まず部屋に入らない様にするし、それでもどうにでもならなかったら理事長に頼むわよ。」 「か、叶さんには心配かけたくないし……」 「言い訳くさくなってるわよ、雅?」 ミルクがにっこりと笑って雅を言葉で追い詰めてくるのに、雅はたじたじになって言葉尻が弱くなった。 ミルクの容赦ない指摘に、ウラニスが同情してかやめたりと言って、ミルクはつまらないと言いながらやめたの見て、雅は内心ホッとした。 雅は、冷や汗をかいた手を握る。  実は、ミルクのさっきの言葉が本当に図星だった。 本当に嫌だったら、理事長の叶さんに相談する事だって可能だし、他の手段だってあるだろう。 何でそうしないかって言われれば、ミルクの言う通りそんなに嫌だと思ってない自分がどこかにいるからだ……。 でも、毎朝並みに2人から迫られては、思わずドキドキしてしまう自分がどうなのかと思ってしまう。 もしかしたら、今の自分が寂しさで甘えているだけかもしれない。人ではないけど、単純に人が恋しいだけかもしれない。 だから、満更でもないって言われた時に焦ってしまった。 「って、雅はそろそろ出へんと遅刻するんちゃうか?」 ウラニスにそう言れて、時計を見たら8時を差していた。 ここからの距離だとギリギリだ。 雅は焦ってミルクとウラニスに軽く手を振ると、玄関の扉の戸を開けようとして呼び止められた。 「まて雅!その状態で行くつもりか?」 振り返ればレオンが玄関に降りる階段の上に居た。 こんな時間まで起きてるのは珍しい。 雅が朝起きる頃には、大体いつもこの兄弟とはすれ違いで眠りにつく。 とはいえ、昨夜朝まで喧嘩に付き合っていたから、少し心配してくれてるのかもしれない。 「大丈夫だよ。1日くらい寝てなくても平気だから」 実際、眠たかったが、こんな程度の寝不足は、雅にとっては平気だった。 両親を亡くし、涙も枯れ尽くした後は、暫くの間寝れなかった。何で自分だけ生き残ってしまったんだろう。と思って寝るに寝れない日々が暫く続いた事がある。 今は、もう寂しくて不意に泣く事はあっても、寝れなくなる事は無くなっているし、体力も昔の様に戻っている。 「じゃあ行ってきまーす」 そう言って、外で出ようとした瞬間、真後ろにシュタッと軽い着地した足音がした後に、雅の腕をレオンが掴んでいた。 さっきまで、玄関に続く階段の上に居たのに雅はビックリした。 彼らは人ではない、だから人より身軽だし、人より力も強い。とはいえ、この距離を一瞬で詰められた事に慣れてる訳ではない雅は、突然背後に立たれた気分だった。 「理事長には、俺から言っておく。だから雅は寝てていい。」 「いや、別に体調崩してる訳でもないし」 そう返すも、レオンは腕を引っ張って部屋の方へと向かっていく。振り払おうにも力では勝てないので、引っ張っても足を踏ん張っても簡単に引っ張っられて行った。 雅の部屋へ着くと、ドアを開けて雅をベッドへと寝かせた。 「……そんな大袈裟な……」 「いいから寝てしまえ……それとも寝付くまで添い寝が必要ならしてもいいぞ」 レオンが、にっこりと笑みを浮かべる。 雅は、顔が熱くなった。 「ばっ、いらないよ!」 「そうか?残念。雅ならいつでも歓迎するぞ」 そう言って、軽々しくウィンクをしてくるレオンに、雅は揶揄われてるのか、本気で言ってるのか、分からずに頬が熱いまま顔を背けてベッドに潜り込んだ。 「子どもじゃないし、……寝るよ。寝ればいいんだろ」 「俺は別に子ども扱いする。なんて言ってないけどな」 布団に潜った雅の近くでレオンが呟いた。 雅は、一気に全身の体温が上がったのか、潜ったベッドの中が暑く感じる。そのまま反応に困って、返事をしずにシーツに包まり続けた。 レオンのくすっと笑う声が聞こえて、揶揄われた気がして恥ずかしくなる。 「じゃあ、お休み。」 それだけ言うと、シーツ越しに頭を軽く撫でてから、レオンの気配がベッドから遠のくと、ドアを、閉めて出て行く音がした。 それから、雅はシーツから顔を出す。 まだ顔が熱かった。 「まったく…あの兄弟は……」 どっちも、恥ずかしい事を平気で言う。 弟のシェイルの方は、普段から誰にでも愛想が良い訳でもないので、ある意味分かりやすい。 少し憎まれ口な言い方だろうと、人でも吸血鬼でも本来あまり周りを近づけない所がある、だから接してくるだけで好意はあるんだと雅から見てもハッキリ思えた。 兄のレオンの方は、弟と正反対と言っていいかもしれない。 放課後の昼間と夜間の入れ違いの時に、昼間の女子にきゃーきゃーと言い寄られても愛想良く、なんなら軽く手を振ったり、余裕持って笑みで返してたりする。 軟派な所もあれば、面倒身もいいのか、こうやって気にかけて来たり、昨夜の様にシェイルがサボっていたら叱りにくる辺りは兄らしい。 そういう風に見えるからか、さっきみたいに言われると揶揄ってる様にも聞こえるし、そうじゃない様な気もしてくる。 要はどちらか分からない。 そんな事を考えてるうち、元々眠かったせいか重かった瞼は直ぐに閉じて眠りについた。  雅が目が覚めたのは、空が赤から夜への青へと変わる夕方だった。 どうやらぐっすり寝てしまっていたらしい。 壁に掛けてある時計を見ると17時を過ぎている。この時間になら、この夜間寮の吸血鬼達は学校へ向かっているはずなので、つまり今この寮には雅しか居ない。 ベッドから起き上がると、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取って冷えた水を飲む。 元々煩い寮でもなかったが、この静まりかえってる寮の雰囲気はやっぱり少し苦手だった。 そこに、コンコンとドアのノックの音がよく響いたからか、雅は驚いて肩を震わせた。 寮管もこの時間から居なくなっている事が多い。 誰だと思って、はい、とノックの音に返事をしつつドアを開けた。 「ぐっすり寝たみたいだな」 そこには、兄の方のレオンが立っていた。 今は授業中のはずじゃ?と思いつつレオンを見る。レオンは雅の顔色を見ると少しホッとしたような顔をしている。 「授業は?」 「大丈夫、言ってから戻ってきた。」 シェイルみたいに無断欠勤した様子ではないらしい。だったら、わざわざ様子を見に欠席させてしまった事になる。 「別にそんな心配しなくてもただの寝不足だよ。わざわば途中欠席しなかても良かったのに」 雅が呆れ半分に返すと、レオンは腕を組んでため息をついた。 「そういう訳にはいかない。不調の人間をほって置いておく訳にはいかないし、雅はここがどこだか忘れたのか?」 レオンは雅の腕を掴むと、引き寄せた。 突然の事に無防備だった雅は体勢を崩して、気づけばレオンの胸に捕まっていた。 服越しに相手の体温を感じて、顔が熱くなる。 レオンの片腕が雅の腰へと回り、更に引き寄せられ体が密着した。 「え?……なっ……」 突然の事に雅は動揺していると、もう片方の手が雅の顎を指でレオンの方を向けさせる。それから指先が首筋を謎って降りていった。 雅はふるりと体を震わせる。 「ここには吸血鬼しかいないんだぞ」 レオンの顔を見れば、どこか虎視眈々と狙うような瞳をしてる事に雅ぞくりと背中を震わした。 うっすらと青い瞳が赤く光って見えるからか、獣じみたものを感じたのもあるかもしれない。でも目を離せずにその姿に魅入ってしまった。 呆然として無防備なままの雅に、豪を煮やしたのかレオンの顔が怪訝な顔をする。 「わかってるのか?雅!?」 それで、はっとした雅にレオンは少し呆れ気味な顔をした。 「いや、なんか……その、綺麗で」 雅は、無意識にそう言葉にすると、レオンが驚いた顔をしていた。 それは、そうだろう。 もしかしたら、今噛みつかれそうになっていたのかもしれない。そんな相手を見て綺麗だなんて自分でもおかしいと思う。 それでも、顔の整った金髪の髪が視界に入っる瞳がうっすら赤く光るその姿が、どこか浮世絵離れして見えて、それにうっかり見とれてしまったのだから仕方ない。 人から感じ取れない姿なのも確かだった。 レオンは、くしゃりと髪をかき上げては、一瞬だけ雅から目を逸らした。 調子が狂ったのだろうか、レオンはいつもどこか余裕のある様子から、困惑した顔をしている。 「やっぱ変だよな」 雅は笑って誤魔化そうとすると、手で顎を掴まれた。 顔が間近に近づくと、コツンと額に額を合わせて見つめてくるのに、雅はどきっと胸の鼓動が跳ねる。 「シェイルにも同じように煽ってるのか?」 「え……?」 と思わぬレオンの言葉に驚いて間に、気づけらば唇が重なっていた。 更に驚いて、目を開いているとレオンの金髪と同じ色の睫毛が視界に入る。薄ら開いた瞳から、さっきと同じ様に獣じみた瞳で見てきた。 「んん……!」 キスされた事に今更気がついた雅が離そうと胸を手で押し出そうするが、全然歯が立たない。 悔しいが人と吸血鬼では身体能力に差があって本気で押しても本当にビクともしなかった。この馬鹿力!! そうこうしてる内に、息つきに少し口が離れたかと思うとレオンの舌が口の中に入り込み歯を割って舌を絡めた。 「はっ……んっ……んん」 待ってとも言えずに、そのままされる深いキスに体の力が抜けてしまう。与えられる口の中の快感に抗えなくなると、気づいたらレオンにしがみついていた。 口の中が唾液まみれになったら吸われ、歯並びをなぞるとやっと気が済んだのか、キスから解放されて混じった唾液の糸が張って切れる。 雅は余韻で惚けていると、レオンの手でトンと後ろへと押し出された。 「え?」 力の抜けた体は、そのまま後ろへと倒れると、ボスンと柔らかいベッドの上に倒れた。 雅は状況に頭が追いつけず目をぱちくりと瞬いた。 さっきはドアの入り口だったはずなのに、いつの間にここまで来たのだろか? いや、そんな事より、と焦りを感じた時には遅かった。 レオンが上から覆いかぶさってきた。 「シェイルにこの前何された?」 「え??……いや、昨日は何も…」 いつもと違った雰囲気で真剣な眼差しで見てくるレオンに、雅は動揺して無意識だろうとレオンとの間に手を入れる。 「……昨日は?」 「っ前から何もされてないし、昨日は夕飯ご馳走になっただけだよ」 雅は焦りながらも、今の状況に困惑していた。 まるでこれでは、浮気を言い訳してるみたいで、なんでそんな事を言ってるんだろうか。 レオンとそんな仲でもないのに、そもそもなんでこうなった!?と雅は心の中で叫ぶ。 「ご馳走になるのに何でシェイルの部屋にいる必要があるんだ?」 「それは……!!」 雅は頭の中が混乱して、必死に答えを探す。 そうじゃなければ、今にも貞操の危機を感じるからだ。 レオンが、雅の両手を手でベッドに縫うように抑え込み、じっと雅へと顔を近づけてくる。 上から落ちてくるレオンの前髪がかすめて少し燻ったい。 あまりにも慣れてない状況で心臓がバクバクと脈を打っていた。 「それは……?」 そんな緊迫の中、あろう事か間抜け音が腹から聞こえた。 ぐるるーっと部屋に鳴り響く。 「………」 2人とも何とも言えない顔で沈黙すると、暫くしてからレオンがぷっと頬を緩ませて可笑しそうに笑った。 雅は、顔を真っ赤にした。 自分の体から間抜けない音が出たから仕方ない訳だけど、人間だから仕方ない。お腹が減ったら鳴るのもだ。 恥ずかしいが……ある意味助かった。 レオンは、それで何やら気が済んだのか、抑えられていた手は緩み。覆いかぶさってたレオンはベッドから起き上がった。 「雅は人間だからな、仕方ない。じゃあ今度は俺が頼もうか」 そう言って、立ち上がると備え付けの内線の電話にレオンが手を出しそうとして、雅は慌てて止めた。 「あ、ちょっと待って……ここで頼むのはちょっと…申し訳ないかなって」 「……なんで遠慮する必要があるんだ?」 レオンの疑問は最もだった。これは寮管とまだシェイルしか知らない。 雅は、肩をすくめてから理由を話しだした。 それを最初は聞いているだけだったレオンが顔をしかめた。 「……なんで叶理事長に言わないんだ?」 「え、いや心配かけたくなくて」 そう言うとレオンは呆れた顔をした。 「養子にしておいて、こんな寮に入れたんだぞ。それくらいの事何でもないだろ?……寮生には俺から言っておく。叶理事長にも言うからな」 そう言ってレオンは受話器を取って電話をかけはじめた。 こちらが何か言う前に行動されてしまった事に、軽く息を吐きつつ、それでも毎回シェイルに頼むのも、コンビニ弁当ばかり食べるのもどうなのかと思ってたから助かった。 何だかんだ、やっぱり面倒身がいい。 雅はなんだか体の力が抜けて、ベッドへと腰掛けた。 そんな様子にレオンはクスリと笑うと、近づいて来ては、頬へと軽くキスした。 「今回はこれで許すけど、あんまり吸血鬼を煽るなよ」 そう言って、いつものレオンらしく軟派ぽくウィンクをしては部屋から立ち去った。 雅は、キスされた方の頬に触れると、顔が熱くなる。 「か、揶揄われのか、本気だったのかー本当わからない……」 そう思いながらも雅の心臓は早鐘の様に鳴っていた。 いや、もう本当にどっちも心臓に悪い。 こんな調子で兄弟に振り回されては、今後身が持つのだろうかと少し不安になった。

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