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第2話 弟くんの優しさは分かりにくい

 雅は、寮に戻ろうとする前に本日の夕飯をどうするか考えていた。 基本的に人間の食べ物を食べる必要のない吸血鬼の彼らなので、食堂などはない。幸い雅の部屋には何故か簡易的なキッチンがあるので、作ろうと思えば作れなくもないかったが、彼らは鼻がとても良いらしく以前料理を作ったら、不満の声が上がってしまった。 彼らが学校にいる時に作ったとしても暫く匂いが残ってるらしく、彼らには彼のルールもある訳だし配慮をしなくてはならなかった。 とはいえ、匂いが残りにくいコンビニの弁当などは1ヶ月も食べれば飽きてしまったし、どうした物かと首を捻った。 しかし、この学校の領地は広く、外出するにしろ学校側の許可がいる、全寮制なので敷地内にあるコンビニにより外出しなくても助かっていた。 人間が住う方には食堂があるが、この特殊な環境もあって昼間の寮と夜間の寮の行き来は禁止されている。 叶さんに言えば特別に許可が下りる可能性もあったが、1人だけ許可が下りる事になれば不満も疑問も積もる。目立つ事は避けたいのもあって、その方法は雅としては選択になかった。 特になにが思いつく方法はもなく、そのコンビニで結局お弁当を買って帰った。  寮に帰ると、夜間コースの皆んなが出払ってるので、寮内は静まり返っていた。元々薄暗いこの寮は、夕方から夜になるとても不気味に感じてしまう。 蝋燭を付けるくらいで、光を嫌う彼らには蛍光灯など使わない、更に夜に目が利くので、必要がないらしい。 「……いやだなこの感覚」 まるで1人残された気分になるので、この静まり返った寮の状態には慣れなかった。 一年経ったと言っても雅の悲しみはまだ癒えきっては無い。 寂しくなった雅は、玄関から直ぐに階段を上り自分の部屋と駆け込み、制服のままベッドに飛び込んだ。 そうだ、寝てしまおう……。 雅はベッドに顔をうずかめながら目を閉じた。 「みやび……雅」 体を何度か揺すられる。眠りについていた雅はまだ目蓋が重く、もう少し…と寝ぼけてた。 軽くため息を誰かが付いたのを聞いてから、耳元で囁かれた。 「起きないと食べちゃうよ?」 その一言だけ、艶っぽい声で言われ、ゾクリと身震いがして勢いよく起あがった。 顔を上げると、シェイルが蠱惑的に笑みを浮かべていた。 「え?シェイル?……学校は?」 外を見れば、まだ夜だった時計は0時を指していたが、吸血鬼の夜間コースはまだ授業中のはすだった。 なので、ここにシェイルが何故いるのか分からない。 「あーうん。この後の授業つまらないからサボってきた。別に知ってる内容だったし暇だから帰ってきたら、雅の部屋開きっぱなしだし、無用心にも程があると思うんだけど」 なるほど、サボってきたのか。それも堂々と。 シェイルば頭が良いらしく、得意分野は薬学らしい。吸血鬼に薬学なんて必要なのか疑問でしか無ないけど。 寂しくなって、うっかり何も考えずに部屋に飛び込んだので部屋のドアが開きっぱなしだったのだろう。 でも、それくらい今は1人にいるという実感を味わいたくなかった。シェイルが来てくれたお陰でどこか少しだけ和らいだが、まだ心の中にある寂しさば消えずにいた。 「……どうしたの?顔色悪いけど。」 「はは、ちょっと寂しくなっちゃって」 心配かけまいと無理に笑おうとするば、不意に涙が流れた。 シェイルは、驚いた顔をしている。 雅も不意に流れた涙に戸惑った。 「あれ?……おかしいな?」 ポロポロと涙が溢れてくるのに雅自分でどうしょうもなく止められずにいた。 こんな情緒不安定な姿を見せるのは悪いと涙を拭っていると、シェイルの手が雅の肩を掴むと自分の方へと引き寄せる。金髪の髪が頬をかすめ気づけば抱きしめられていた。 「え…?」 「人間はこうすれば落ち着くって聞いたんだけど」 温かい。 人ではないけど、人間と同じで温かかった。 雅は、抑えてた気持ちが吹き出して、17歳の男だというのにシェイルにしがみ付くと、ぐすぐすと余計に涙が出る。 「そこでなんで泣くの!?まったくこれじゃあ意味がない」 少し憎まれ口な言葉を発するのは、1ヶ月しかまだ知り合ってなかったけど、シェイルらしい。 そう言いながらも、シェイルは腕を離さずにでもどこか困惑した顔をしていた。ごめん……と雅がまだ泣き止まずに謝ると、別にいいよ。と背中をさすってくれた。 普段は人付き合いも愛想も悪いし、何なら自分勝手なシェイルが慣れない事をしてくれてるのが、嬉しいかった。 「……ありがとう」 一頻り泣いて落ち着いて、シェイルから身を離すと今度は雅の顔を確かめるみたいにピタピタと触ってくる。 「というか、最近肌荒れてない?君達人間は直ぐに体調に出るだろ?」 「え?……あ、あー……気にしてなかった」 そもそも男だし、見た目も普通なので肌アレなんてものは気にしてなかった。 でも原因なら分かっている。この寮に入ってから明らかに食生活が悪くなっていたからだ。毎日コンビニ弁当なんてそりゃ栄養も偏る訳なんだけど。 「見てらんないから気にしてくれる?ご飯はちゃんと食べてる訳?」 シェイルはむすっと顔をすると、雅の両頬を軽くつねって引っ張る。 人の事だというのに、何でそんな上からなんだろうか。近所のおばちゃんか?と思いつつ、食生活が乱れてるのは本当なので雅は目を泳がせた。 そこで部屋の机にシェイルが視線を向けた。そっちにはコンビニの袋が置いてある。 「まさか……コンビニ弁当しか食べてないとか言わないよね?」 シェイルの顔は、有り得ないと言わんばかりの威圧で目を細めて見て来た。 雅は、ひえっっと体が凍えそうになった。 「いや、その、前ご飯作ってたら寮管に怒られて……」 雅は、タジタジになりながら理由を言うと、はあ……?と更にシェイルの機嫌が悪くなる。 先程は、不器用な優しさを見せた人(吸血鬼だけど)とは思えない反応をするシェイルに雅は慌てた。 「他の吸血鬼達から、気になるって苦情が来たらしくて、オレは人間だし迷惑かけ」 「そんなのほっとけばいいだろ?あり得ない、誰それ言ったの。道理で最近食べ物の匂いがしないと思ったら……用意させるからちゃんと食べて」 シェイルが、そう言って各部屋にあるホテルみたいに置いてある内線用の電話の受話器を取ろうとするので、雅は慌てて腕を掴んで制止した。 ここでは立場が上らしいシェイルから言われれば、気兼ねなく部屋で食べる事はできるかもしれない。でも、ただでさえ人間て事で良く思ってない吸血鬼だって居る中で、彼に動かれては周りの心象が悪くなる。 確かに学校のルールで人間に手を出してはいけない事にはなってるが、あくまでそれはルールで破らない保証はない。 理事長の叶さんから、できるだけ刺激を避けるように言われていた。 「なんで止めるの?」 シェイルが訝しげに雅を見てくる。 雅は口籠る。たぶん、雅の理由ではシェイルは納得しない。それなら、何で人間を寮に入れたんだと理事長にこの性格なら言いに行くに違いない。 中々答えない雅を見てかシェイルからため息がもれた。 呆れられてしまっただろうかとシェイルの顔を覗こうとすると、機嫌は悪そうな顔をしているが、呆れたみたいでは無さそうだった。 シェイルは、雅の手を掴む。 「……わかった。こっち来て」 そう言って、シェイルは雅を引っ張って部屋から出ると右隣の部屋へ移動して鍵を開けては中へと入っていく。 その部屋はシェイルの部屋だ。 なんだか分からずに引っ張られるまま部屋に入ってしまった。 入った瞬間、ビックリした。 雅の部屋も1人の学生が使うには大概広いが、明らかに広さも置いてある物も違う。スイートルーム並みにある広さにバルコニー付だ。家具なども明らかに高価なものにしか見えなくて、平凡な暮らしをしてきた雅にとっては衝撃を受けた。 吸血鬼から、ガーレッド兄弟のレオンとシェイルは一目置かれているので、立場があるの分かっていたがここまで分かり易い差があるとは思っていなかった。 ここに座ってと、吸血鬼に必要があるのか分からない食卓用のテーブルの椅子へと誘導された。 「僕が頼めば問題ないでしょ?何か食べたい物ある?」 「でも吸血鬼は食べないんじゃ……」 「必要はないけど、趣向で食べる事もあるけど?」 シェイルはそう言って部屋に置いてある備え付けの受話器に手を伸ばした。 雅は慌てて、でも悪いしと声を掛けようとしたら、シェイルがジッと、まだ何かあんの?と不機嫌な顔で見てきた。なんで言おうとした事がわかったのだろう……。シェイルの視線の圧でそれ以上言葉に出来ずに雅は観念した。 「……お任せで……。」  1時間もしない内に、部屋に食事が運ばれた。 並んでいく料理を見てから、お任せで。と言った言葉を後悔した。 この内装なのだから、当たり前な事になんで気づかなかったのか、運ばれた料理も豪華で下手したら食べた事なんてないんじゃないだろうかと思う綺麗に盛られた皿達が並ぶ。 食生活が悪かったので、配慮されたバランスのいいメニューになっているが、肉とか脂の乗り方にしろ高級ホテルとかにしかないのでは??ってなってしまう。 向かいに座っているシェイルをチラリと見る。 「言っとくけど、僕は食べないから食べて貰わないと困るんだけど」 そう言われてしまっては食べる他ない。 フォークとナイフで肉を切り分けて口に運んだ。 口の中にいれれば、肉汁が溢れて噛めば噛むほどまた肉の旨味で一杯になる。かと思えば溶けたのかと思うくらい柔らかい食感にさっきまでの申し訳なさは潔く吹っ飛んだ。 「美味しい……生きててよかったぁ…」 思わず溢れた感想に、シェイルがクスリと笑ってなんだか恥ずかしかったが、本当にどれを食べても美味しいので、食べても食べても美味しい、美味しい、と語彙力がなくなる。 「時々、食べに来たらいいよ」 「いや、流石にそれは……台所貸してもらえたら大丈夫」 こんなのを食べに来ていたら舌が簡単に肥えてしまう。 何より流石に何度もシェイルが頼んでたらおかしく思うだろうし。 「料理作るってさっきも言ってたっけ?興味あるな見た事ないし」 吸血鬼だから、そりゃあ人が料理してる風景をマジマジと見た事がないんだろう。少しはお返しになるのかな……と思いつつ、たぶん断り切ったら、直ぐに不機嫌になるシェイルが予想できた。 頼んでもらった料理を食べてると、シェイルはティーカップに紅茶を注いでいく。 「……紅茶飲むんだ」 さっき趣向で食べる事もあると言っていたので、多分飲み物も飲む事もあるんだろう。それでも、雅からは意外で思わず言葉に発すると、シェイルがこちらを見ては、珍しくやんわりと笑みを浮かべた。 「別に喉が潤う訳じゃないけど、初めて飲んだ時に衝撃受けてから飲むと落ち着くんだ」 そんな顔をするからには、よっぽど好きなんだろう。 1ヶ月たったとはいえ、所詮は1ヶ月で更に昼夜入れ違いの生活をしているからまだまだ知らない事もあるんだろうな。と思いつつ、用意されたご飯を食べ切って手を合わせた。 「ご馳走様でした。……じゃあオレそろそろ寝ないと」 気づけば、すっかり時計の針は深夜2時を過ぎていた。 これでは明日朝起きれるか不安になる時間帯だ。雅は席を立ち入り口のドアノブへと手を掛けると、背後からシェイルにドア自体を開かないように押さえられてしまった。 「ねぇ、部屋に入ってただで帰すと思ってたの?」 背後から耳元で囁かれ、ゾクリと背中が震える。 寂しさとシェイルに不器用に優しくされたから、すっかり忘れていた。 毎朝の恒例は、ただ人間が寮にいる事が珍しくて、揶揄われているだけと思っていた 「……連れてきたのはシェイルじゃあ」 シェイルが、雅の耳を食む。 雅は、少しこそばゆい感覚に息を詰まらせた。 制服のシャツのボタンが外され、首元が大きく緩むと首筋にシェイルの舌が伝った。 「雅、ここは君以外吸血鬼しか居ないんだよ?もう少し危機感持った方がいいんじゃない?」 「っ……まって……」 シェイルの尖った歯が雅の首の肌に当たって、ゾクリと悪寒がした。 それだけはダメだ。吸血鬼同士だったら血を啜るのにルールはない。しかし雅は人間だ。 校則をを破った場合、どういう罰則があるのか詳しくはないけど、この寮の住人が守るのだから厳しくないはずがない。 それに、八重歯を当てられた瞬間に、体が無意識に固まってしまった。シェイルも人間ではないのだ。 「……まぁ、雅の血は舐めたいけど」 硬直した雅を見て、クスクスとシェイルは笑う。 シェイルは、別に本気で血を啜るつもりは無かったらしい事に、雅は揶揄われたと顔を赤くした。 シェイルは、雅の喉から顎へと指でなぞって顎を持ち上げる。 「もっと気持ち良い事したいな?」 雅は更にずわっと顔に熱が溜まる。 今鏡があれば、もう顔が耳まで真っ赤になってそうだった。 「オレはしたくない」 恥ずかしいセリフに、耳元で囁かれるし、雅の心臓は相手が男だというのに、心臓バクバクとうるさくなっていた。 へーっと蠱惑的に笑みを浮かべる。 「じゃあなんで逃げないの?」 それは、ドアを塞がれていて挟まれているから……と言いたい所だったけど、とても苦しかった。 抵抗をする意思をはっきり示していないから、何を返した所で言い訳でしかない。 「っ……」 どう切り返したものかこと思ってた矢先 トントンと目の前かなドアからノックの音が聞こえた。 ドキッと雅は突然の事に緊張が走る。 「おい、シェイル。またサボってるだろ!」 ドアの向こうから、レオンの声がすると、シェイルは派手に舌打ちをしてから雅を抱えた。 「え!?ちょっ!?」 「居留守するから、黙って。」 慌てるも、抱えられてるせいで動けない。 シェイルはそもそも細身だし、雅もけして身長が低い訳でもないので、軽々しく抱えられてビックリした。 「居留守使うな!こら!」 そう怒鳴り気味に勢いよくドアが開いた。 レオンが、こちらを見ると驚いた顔をしている。それはそうだろう。今現在シェイルに抱えられてる雅の図が目の前にある訳で…。 雅は、なんだからとても嫌な予感をすると、レオンの表情が次第に険悪になっていく。 「ほほう。なんでこの部屋に雅がいるんだ?」 「別に関係ないでしょ。」 レオンがにっこりしながら青筋を浮かべた。 この後、残念ながら兄弟喧嘩に発展して、雅の睡眠時間はあっさりと奪われた。

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