「……こちらへきて、膝に乗りなさい」 　低くなめらかなバリトンに促され、白井花人（しらいはなと）ことハナは拳を強く握りしめた。 　言われっ放しは悔しい。それに、証明したい。男性オメガの自分にも、ちゃんとできることがあるのだと。 　今日、ライブハウス兼ダンススタジオ「ピアンタ」には、満員御礼が出た。男装女性アルファの地下アイドルグループ「フィオーレ」の一員として、ハナが生まれて初めてステージに立った日だった。やむを得ない事情から、オメガとしてではなく、女性アルファの代わりではあったが、彼女たちと共にフロントで踊ったハナは、掌に爪痕が残るほど指を曲げ、目の前の男性アルファをキッと見つめた。 　この男の言うなりに自ずとなることで、自身の存在価値を証明できるならば。 　ハナは、ぐらぐらと彼の言葉に揺らぐ自分の足場を、確たるものにしたいと躍起になっていた──。 ☆ 　この世界には「バース性」と呼ばれる、アルファ、ベータ、オメガの種別がある。 　男女の性と掛け合わせるようにして、人類は合計六種類の性種に分類された。 　人口の約一割を占める、支配層に多い男性アルファ。一割よりも若干少ないと言われるが、同じく支配層に多い女性アルファ。 　人口の大部分を占め、一般層と呼ばれる男女のベータ。 　この四種類の性が、社会の大部分を形成する現代日本では、オメガ、特に男性のオメガは、その絶対数が格段に少ない。 　そして、男性アルファとつがいになるのは、主に女性アルファか男女のオメガ。 　女性アルファとつがいになるのは、男性アルファか女性オメガであるのが普通だった。 　ベータ同士は男女のつがいが約八割を占める。 　同性のアルファ同士は、マウンティングに似た行為はあるものの、つがいとなることはめったにない。 　また、女性アルファと男性オメガは、その体の構造から、互いのフェロモンに与える影響が極端に少なく、多くは発情しない。 　つまり、男性オメガにとって、女性アルファの群れほど安全なところはないのだった。 　そして、今、ハナの属するその群れが、静かに崩壊の危機を迎えていた──。