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第12話 すれ違い

慧は明らかに機嫌の悪い真人の、眉間にくっきり皺を寄せた顔を、上目遣いに見た。すみません、と呟くと、真人はテーブルを指先で叩きながら、それで、と不機嫌な声を出した。 「もう2週間。君が俺の電話を無視して、2週間だよ。そろそろ理由を教えてくれても良くないかな」 「いえ、あの、たまたま電話に出られるタイミングが・・・」 「SNSの発達した時代に何言ってるの。他にいくらでも方法あるよね。今日という今日は俺を避けてた理由、ちゃんと説明してもらうよ」 「・・・・・」 慧は、職場で理人に会う度に、真人を思いだし、罪悪感にかられた。 慧が真人を好きになればなるほど、その姿が理人に重なってしまう。 純粋に真人だけを見ることができない後ろめたさに、慧は真人からの電話に出られなくなっていた。 「何か理由があるよね。俺に言ってない理由が」 真人は、滅多に吸わない煙草を取り出した。いらいらすると吸う、と慧に明かしたのは、初めて会った時だった。慧は真人の本心をかいま見て、緊張が増した。 「・・・言えません」 真人は煙草の煙を横に向いて吐き出した。真顔で、慧に言った。 「別れ話しようと思って、ここに来たの?」 「ち・・・違います!」 「そもそも、慧は・・・俺が好きなの?」 「好きですよ!言ったじゃないですか、この間・・・」 「ベッドの上でそう言われたっきり2週間放置されるなんて、思いも寄らなかったけどね。信じられなくなると思うけど、普通」 「好きなんですよ・・・好きだから・・・こんなことに・・・」 慧は煙草をくわえる真人の整った顔をまっすぐ見た。理不尽な態度を取られても、こうやって会いに来て理由を聞きにくる真人の誠実さに、慧はさらに気持ちを捕まれていた。 エレベーターの中で、冷たい態度で慧を突き放し、黒瀬との関係を匂わせてきた理人とは対照的だった。 (嫌われてもいい・・・本心を言わないと、もう・・・だめだ) 「真人さん、俺は・・・最低なんです」 「・・・何が?」 何が、と言った声のトーンが、理人と全く同じで慧は心臓を捕まれた気がした。 「長谷川理人さんは・・・真人さんのご家族ですよね」 真人が煙草の灰を灰皿に落とした姿勢のまま、慧の瞳を見つめた。 「理人を・・・知ってるのか」 「・・・職場の先輩です」 「職場・・・」 「T大付属病院の薬剤部です」 真人の表情が次第に険しくなる。慧は声が震えそうになるのを必死に抑えて言った。 「真人さんに初めて会ったとき・・・理人さんにあまりにも似ていて・・・」 「それで俺を見てた?」 「・・・はい」 「慧は・・・理人が好きなの」 「・・・っさ、最初は、好きっていうか、一目惚れで・・・っ、でも今は違って・・・俺は真人さんのことが・・・っ」 真人は焦る慧を、無表情で見ていた。煙草をゆっくり口元に運び、煙を吸い込んだ。吐き出した煙は、二人の間でゆらゆらといつまでも漂っていた。 「理人は・・・双子の弟で」 いつもよりずっと低い声で、真人は話し出した。 「訳あって15の時に離れてから、今まで全く消息も知らなかった。まさか慧の同僚だったなんて、ひどい偶然だな・・・何で言ってくれなかったのかって思うけど・・・まあ、慧としては言いづらいよね」 「・・・・・・」 「慧」 「・・・っはい」 「正直に言って欲しいんだけど」 「はい・・・」 「俺は・・・理人の代わり?」 慧の目に移った真人は、今までの険しさはどこかへ隠れ、悲しそうな瞳をしていた。慧は胸が締め付けられた。 「違いますっ・・・!」 「でも、俺を避けてた理由が理人なら・・・どこかで俺と理人を重ねて見てたんじゃないの?」 「・・・正直、最初は重なりました・・・だけど、俺は今、真人さんのことだけが・・・」 好きです、といいかけた慧は、窓の外に視線を向けた真人に釘付けになった。窓ガラスに移る真人の顔が反転し、向こう側の誰かと向かい合っているように見えた。その横顔はまるで、理人と向かい合わせで話しているようだった。真人の瞳は、目の前に座った慧のことすら忘れていると思えるほど、遠くを見ていた。 ふと、慧に向き直った真人は、いつもの穏やかな表情に戻って言った。 「別れようか」 「真人さん!」 「・・・そもそも、つき合ってると思っていたのは、俺だけだったみたいだけど」 「ち、違いま・・・」 「悪かったね。誘ったりして・・・」 真人は静かに立ち上がった。慧を見下ろした真人は、この状況に不似合いな微笑みを浮かべていた。 「・・・さよなら、慧」 「真人さん!」 追いかけようとした慧の身体は硬直していた。真人が店を出ていったドアの音を聞いて、慧はテーブルの上に顔を伏せた。 「はい、黒瀬」 『・・・一樹さん、ですか』 「そうだが・・・」 『お久しぶりです。・・・真人です』 「ま・・ひと・・・?」 『すみません、ずっと連絡しなくて』 「お前・・・今どこに・・・」 『日本です。電話番号が変わってなくて良かった』 「・・・変えられなかった。お前がかけて来るかもしれないからな」 『・・・すみません』 「いや・・・それでどうしたんだ、急に・・・」 『理人が・・・そちらの病院に勤めていると聞いたもので』 「!!」 『本当なんですね』 「・・・ああ・・・」 『理人はちゃんと・・・生きていますか』 「もちろんだ。いい仕事をする」 『そうですか・・・ごめんなさい、それが聞きたくて電話しました。一樹さんは・・・お元気ですか』 「ああ、おかげさまで元気だ。・・・まあ、ついででも気にかけてくれて嬉しいよ」 『・・・すみません。失礼ですよね』 「いや、いいんだ。お前が元気そうで良かった。じゃあ、これから会議でね。話せて良かった・・・真人」 『こちらこそ・・・ありがとうございます。また・・・』 「ああ・・・また・・・」

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