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第20話 黒瀬の想い

「えっ」 「シッ、声が大きい!」 「す・・・すみません」 瀧沢さくらが慧の顔の前で人差し指を立て、あたりをきょろきょろ見回した。 「待ってください、瀧沢さんそれ、マジですか」 「マジってゆーか・・・すごい噂になってて・・・」 さくらは声をひそめて、難しい顔をして続けた。 「これ本当だったら、懲戒免職ってことなんじゃない?」 「そっすね・・・」 慧が、西棟の製剤室で黒瀬と理人の関係を見せられてから一週間。 真人から、理人との過去を聞き、職場ではさらに顔を合わせづらくなったものの、やはり理人は何もなかったように淡々と業務をこなした。 日々の業務に追われていた慧の耳に入ってきた噂は、やっと忘れかけた出来事を最悪の状況で思い出させた。 噂とは、黒瀬の辞職だった。 その理由は明らかにされなかったが、看護師たちの中でまことしやかに囁かれたのは、黒瀬が研究室に愛人を連れ込み、行為に及んだところを看護師長に見つかったからだという話だった。 「とうとう見つかっちゃったのね~・・・にしても、愛人って何科のナースなんだろ?」 「ナース・・・」 「外科かな・・・あそこ綺麗な人多いもんね」 「そう・・ですね・・・」 慧の背中に冷たい汗が滲んだ。 黒瀬と理人のことが明るみに出るのは、時間の問題だと思っていた。 さほど気にするでもなく、教授の部屋を出入りしたり、製剤室を使ったりしている理人は、むしろそれを楽しんでいるようで、危機感は感じられなかった。 やり玉に挙がったのはナースだったと聞いて、慧は胸をなで下ろしたが、朝礼後から理人の姿が見えないのも気がかりだった。 「長谷川です」 教授室のドアが開き、微笑を浮かべた黒瀬が理人を招き入れた。 鍵をかけ、黒瀬は理人の暗い表情を見て、ふっと笑った。 「教授・・・」 「何だ、お前の方が死にそうな顔をしてるぞ」 「・・・あちこち噂で持ちきりですから」 「ちょうどいいさ。悪い噂が広まれば、うまく隠してくれるだろう」 「・・・悪い噂を聞くのは・・・僕は苦しいです」 青白い理人の顔を、黒瀬の節くれ立った指が上向かせた。なだめるように優しく唇を塞ぎ、ほんの数センチ離して、黒瀬は低い声で言った。 「・・ナースのことか」 「・・・・・・」 目だけを逸らした理人の唇を、もう一度塞いで、黒瀬はその中に舌を忍ばせた。瞼を半分閉じて、理人はその舌にされるがまま、受け入れた。 「・・・切っただけだ。結婚してくれと迫ってきたので、その気はないと言った」 「え・・・っ・・」 「まあ、断られた腹いせに適当なことを言いふらしたんだろう。言わせておけ」 「それでも・・・抱いたことに違いはないのでしょう」 「今更お前がそんな事を気にするか・・・意外だな」 黒瀬の片腕に腰を引き寄せられ、理人はすがるような目で見上げた。 理人の髪の中に手を差し入れ、顔を引き寄せながら黒瀬は言った。 「一度だけだ。もっとも向こうはその一回で勘違いしたようだが」 「教授が誘ったんですか」 「・・・まあ・・・男から声をかけるのがセオリーだろう」 「・・・やっぱり女がいいんですか」 「そうやって嫉妬するお前の顔はなかなか美しい」 「からかわないでくださいっ・・」 今度は身体ごと強く抱き寄せ、黒瀬は理人の唇を強く吸った。舌が絡み合い、瑞々しい音が二人の身体の隙間を埋める。 「辞職の件で、お前の名前が出なかったことに安堵しているんだ。・・・あの、萩野とかいうのは、以外に口が堅い・・・」 話を遮って、理人は自分から黒瀬の唇にかぶりついた。黒瀬の耳から首筋を指でなぞり、理人は言った。 「他の男の名前は・・・聞きたくありませんっ・・」 理人の言葉で、黒瀬は理人を壁に押しつけた。何度目かになる濃厚なキスをして、理人のネクタイの結び目を緩めた。ワイシャツのボタンを開け、開いた襟元からのぞく白い鎖骨に、黒瀬は舌を這わせた。 「お前に・・・ずっと触れていたい」 「教授・・・」 黒瀬は理人の胸に頭を預け、苦しげな声を絞り出した。 「・・・これでも外科医のはしくれだ・・オペごときたいしたことはないと思っていたが・・・」 理人の顔に指を這わせて、キスする近さで黒瀬は呟いた。 「自分よりも大切なものを持つと・・・死にたくないと思うのだと、初めて知った。今更、患者の気持ちを知るとはな・・・」 理人の瞳が潤んだ。それを見た黒瀬の表情に、いつものような狡猾さが浮かんだ。 「心配するな。俺は殺しても死なない蛇のような男だと、もっぱらの噂だ。・・・必ず帰ってくる」 言葉が出ず涙を流す理人を抱きしめ、黒瀬はその首筋の香りを大きく吸い込んだ。 「一樹さん・・・」 「理人・・・」 決して職場では呼び合わない名前で、二人はお互いを抱きしめ合った。 黒瀬は理人の火照った肌を指で、唇で愛撫した。 乳首に黒瀬の歯が当たり、理人が胸をのけぞらせる。 「っは・・ん・・・っ」 甘噛みされて、理人の口から吐息が漏れた。 黒瀬の舌の肌触りに、さらに身体をぞくぞく震わせて、理人は喘いだ。 乳首を口に含んだまま、黒瀬の手が理人の脚の付け根をまさぐる。その感触に理人の腰が浮いた。 布越しに、黒瀬の手はそこを大きな掌の中に包み込み、ぐっと力を込めると耐えられず理人が声をあげた。 「・・・あぁ・・っ」 ベルトのバックルを片手で外し、ファスナーを降ろすと、黒瀬はひざまづき理人の中心に下着の上から口づけした。露わになった腰を両手で持ち、その素肌を撫でながら、スラックスも、下着も少しずつ降ろしていく。 熱い舌が先端に触れたとき、びくっと脚を震わせて、理人は黒瀬を見下ろした。 「や・・っ・・一樹さんっ・・そこ・っ・・」 「・・・どうした?」 「今はっ・・嫌っ・・汚な・・っ・・」 「お前の肌はどこも綺麗だ」 黒瀬の舌が理人に見える角度で、先端を焦らすように舐めた。 「んぁっ・・・あっん・・・」 丁寧に、溢れ始めた透明な愛液もあまさず舐めとり、黒瀬は優しく口に含んだ。腰を震わせながら、理人は喘ぎ続けた。 黒瀬は理人から溢れるものをすべて受け止めようと、愛おしそうに喉の奥まで一杯にした。何度も音を立てて吸い込み、ピストンを繰り返すと、理人の喘ぎは漏れる吐息に変わった。 「・・かず・・きさんっ・・・あっ・・やぁっ・・だめっ・・離してっ」 引こうとする腰を強く押さえて、黒瀬は理人をクライマックスに誘った。 「あ・・っああぁっ・・・」 びくびくと身体を震わせて放った理人のすべてを、黒瀬は飲み込んだ。 口を手の甲で拭って、黒瀬は理人を見上げた。 理人は顔を両手で覆って、荒い息で顔を背けていた。 「・・・飲・・むなんて・・」 「・・・嫌だったか」 両手を開かせ、黒瀬は紅潮した理人の顔をのぞき込んだ。 「・・一つ残らず覚えておきたい。お前の何もかもを」 理人の瞳に移った黒瀬は、切羽詰まった表情で言った。そして理人の耳元で、低く呟いた。 「・・・お前をずっと・・抱いてやりたいのにどうして・・・こんなことになってしまったのか・・・」 黒瀬はそのたくましい腕で、子供を抱きしめる優しさで理人を抱きしめた。腕がわずかに震えていたのを、理人は一生忘れることはなかった。 それから二人は、互いの肌がひとつに解け合うほどに重なり合った。 声を抑えることも、時間も忘れ、黒瀬は理人を抱いた。 「一樹さん・・・」 「・・・理人っ・・・」 「・・・愛して・・います・・・」 「帰ってくる・・・必ず・・・お前のそばに・・・」

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