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真斗の葛藤

俺には歳の近いイトコがたくさんいる。その中の一人が去年から同じ学校に通い始めた。 「真斗〜何してんの〜?」 教室内がザワザワといつもより賑わっている。原因は分かりきっていた。今、俺の顔を覗き込んでいる、絵画の中から迷いでたかのような見た目のこの男のせいだ。 「レイラ、ここ一年の教室だよ」 「知ってるよ、去年まで俺もこの教室だったし」 「だよね」 気まぐれに遊びに来ただけだろうが、本人は自分がどれだけ目立つ存在で、どれだけ周囲に注目されているのか分かっていないのだろうか。いや、わかった上で気にしていないというのが事実だろう。 世界的な大企業であるTOKIWAグループの人間として、初等部から多くの注目を集めてきたが、流石に高等部にもなれば周囲も慣れてくる。が、この目の前の俺の従兄弟である常磐レイラは、高等部からの編入、そしてその浮世離れした見た目で一年たった今も注目の的である。ましてやここは一年の教室。今年に入り初めてレイラを見た人間がほとんどであり、まだまだその魅力的過ぎる姿への免疫が無いのだ。 「明日さ、休みじゃん?騎麻達と遊びに行こって話しててさ、真斗も行こうよ」 「いいけど。どこ行くのか決めてんの?」 「とりあえず映画観てからパンケーキ食べる。あ、そのまま常磐の実家にお泊まりだから」 全寮制で普段は学園のある山の上から下りることは無いが、休日には届けさえ出せば外出が可能である。どうやらその誘いの為にわざわざ一年の教室に来たようだ。LINEでもいいのに直接教室に来るのがレイラらしい。 「昨日食堂でも会わなかったから顔見たくて来ちゃった〜」 机に行儀悪く座りこちらを見下ろす顔はとても上機嫌だ。その顔を見ただけで周囲にいる生徒達が頬を赤く染めている。 ⋯その気持ちが分からない訳では無い。むしろよくわかる。俺の初恋は、レイラなのだから。 親同士が仲が良いこともあり昔から離れて暮らしている割りに、年に何度も顔を合わせる機会があった。今でこそ身長も伸び声も低くなり女に間違われることも無くなったが、幼少期のレイラはどこからどう見ても可憐な美少女だった。 しかもその儚い見た目に対して性格は明るく人懐っこい。歳が近いこともあり、会う度にその可愛い笑顔で手を引き遊びに連れ回された。それで惚れない方がおかしいと思う。 が、成長と共にそれは恋心とは別の憧れや親愛などの感情であることに気付いた。それでも俺の初恋が誰かと言われると、レイラ以外に思い当たる人間がいないのも事実。 レイラとどうこうなりたいなどという想いは一切無いが、幼少期の刷り込みなのか、俺の好みは見た目も中身もレイラなのだ。珍しい一卵性の三つ子である為、見た目がそっくりの従兄弟があと二人いるが、レイラに対してと同じくそういった感情は無い。 だが、この整い過ぎた顔に匹敵する人間に出会うことは、不可能だろうと既に諦めている。おかげで今までまともな恋愛も、恋人すらいた事がない。 「顔が良い人間見過ぎて自然と面食いになってるよな」 「なにが?」 つい声に出してしまった呟きにレイラが不思議そうに首を傾げる。首をコテンと傾けたその姿がなんだか小動物のようで、大変可愛らしい。 誇張でも無く、レイラ含め身内の顔が整い過ぎて理想が高くなる。その上中身のスペックも常識離れしているのだから、基準がどんどん上がってしまう。 「ああー!!!レイラ君がいる!!!」 「うわ、煩いのが戻ってきた」 「もぉ〜鷹声デカすぎ煩いよ」 日直として次の授業の資料を取りに行っていた鷹が、よく響く大きな声と共に教室に戻ってきた。三年の鷹の兄である鴇先輩は落ち着いていてクールで大人ぽいのに、ほとんど見た目はコピペの弟の鷹は何故こんなにも騒がしいのか。 「今日も一段と美人!そんなとこ座ってないで座るとこないなら俺の膝の上座って下さいよ!」 「鷹も今日も一段とおバカさんだな。絶対いーやー」 膝をバシバシと叩いてアピールしてくるが、レイラがそこに座ることは無い。腐れ縁である鷹の馬鹿さ加減は年々増しているように感じる。だが残念ながら、レイラは歳下よりも歳上、無邪気な弟キャラより色気たっぷりお兄さんがタイプだ。そして何より校内公認の最強過ぎる恋人が居るのだから鷹の入る隙などない。 それは鷹も分かっているはずだ。わかった上でレイラに毎日アタックしているのだから、最早日課になっているのか。 「真斗、明日9時ね。お昼に美味しいオムライスのあるお店に行くよ。真斗好きでしょ?」 「いいね、それは楽しみ」 話を聞いて一緒に行きたいと鷹が騒ぐが、明日は実家の手伝いがあると言っていたはず。残念ながら同行することは出来ないだろう、本当に残念ながら。 あまりに騒ぐのでレイラがまた次回は誘ってやると言って、泣きついてくる鷹の頭を犬にするようにわしゃわしゃと掻き混ぜる。それに大喜びしている姿は本当に大型犬のようだ。 「ふふふ」 「!?ぇ、なに」 「すごく見てるから真斗もして欲しいのかなって〜」 二人のやりとりをなんとなく眺めていると、レイラがにこにこと笑顔で手を伸ばしてくる。そのままわしゃわしゃと、しかし鷹にするよりも柔らかな手つきで頭を撫でられ急なことに驚く。小さい頃は毎日のように親や兄貴から頭を撫でられていたが、全寮制の学校や成長に伴ってその機会はぐっと減った。 そのせいか、不意をつかれたせいか、妙に気恥しい。しかしどうやらレイラにはその様子が嬉しかったらしく、更に笑顔で頭を撫でてくる。 「えぇー!真斗照れてる可愛いー!あ!顔見えない!!」 「・・・レイラ、うるさい」 恥ずかしさを誤魔化すため、机に座ったままのレイラの腹に顔を埋める。何故かそれにテンションの上がったレイラが騒ぐせいで、周囲の視線が余計に集まっているのが見なくてもわかる。そして鷹が一段と騒いでいてうるさい。 「ぇ、真斗くんがあんな照れてるの初めて見た」 「ちょっと可愛いかも・・・」 「真斗ー、普段のクールさ忘れてるぞー!」 周りで見ていたクラスメイトまで混ざって俺を弄り始めたことに少しムッとする。仕方ないだろ、今のは。 「えぇー!みんな真斗の可愛さわかってないな〜確かに真斗はかっこいいけど、それ以上に可愛いでしょ!なんてったって、超ブラコンの騎麻に甘やかされて育ったThe 末っ子なんだから!」 「レイラ本当にちょっと黙ってて!」 別に隠しているつもりも無いがそこまで言い切るのはやめて欲しい。しかもそれを言うのが甘えん坊の末っ子(三つ子だが)代表のレイラなのが、どうにも解せない。しっかりしている面もあるが、基本的に甘々ゆるゆるのレイラ。誰に対しても甘えるし甘やかされる。 「俺は身内にしか末っ子出してない!レイラは全世界に末っ子出してる!」 「えぇ!?俺そんなことしてない!歳下にはお兄ちゃんしてるし!!」 「それはたまにだよ!」 妙な恥ずかしさで意味のわからない言い合いになり、自分でも何を言っているのかわからない。自分で言うのもなんだが、普段の俺は周囲からクールだといわれるのに、確実に今の姿はそれとは違う。 「何騒いでんの、廊下まで聞こえてるぞ」 急に聞こえた聞き慣れた声に扉の方を向けば兄である騎麻の姿が。その隣には見知った生徒会の先輩達やレイラの恋人である嵐太郎君の姿もある。その手元にある教科書に、移動教室の途中であることがわかる。 「レイラは兎も角、真斗が騒いでるの珍しいな」 「え、嵐ちゃんそれどういう意味」 「そのまんまの意味」 嵐太郎君の言葉に頬を膨らませるレイラ。そういう行動を素でやり、しかも違和感が無いのがレイラの凄い所だと思う。 「真斗の事可愛いって言ったら真斗が照れて怒った」 「そりゃレイラ、いくら可愛くても真斗はお年頃なんだからみんなの前で言ったら照れちゃうだろ。それがまた可愛いよな」 「だよね」 ただでさえ身内贔屓な上にブラコンを普段から公言している騎麻が加わり、可愛い可愛いと連呼してくる。 それらのやりとりに周囲でクラスメイト達がクスクスニヤニヤと笑っている。騎麻のこういう発言は、最早このクラスでは見慣れた様子なので気にするだけ無駄だと諦める。だが、そこに初恋の相手であるレイラが加わると恥ずかしさが増す。 「・・・もう、本当に黙ってよ」 「あははっ!ごめんって〜」 赤くなった顔を隠す為に再びレイラの腹に顔を埋めて抱き着く。本当に悪いなんて思っていなさそうな明るい笑い声に抱き着く腕の力を強めれば、更に笑いながらも優しく頭を撫でてくる。 「えーレイラいいなぁ、お兄ちゃんも真斗に抱き着かれたい」 「・・・嫌だ」 「なんで!?」 騎麻の事は嫌いじゃないし普通に好きだが、抱き着いたりはしたくない。ショックを受け固まる騎麻には悪いが、お年頃なんだから察してくれ。 「鴇君!俺はいくらでもハグするよ!」 「いらねぇよ」 「そう言わず!」 ・・・本当に稀に、鷹の能天気さは凄いと感心する。 ー翌日ー 「それ一口欲しい」 「いいよ〜」 レイラが食べているパフェが美味しそうで口を開けて待てば、スプーンに山盛りのそれが口に入れられる。甘いクリームと少し酸味のある苺のアイスが絶妙だ。お返しに俺が注文したパンケーキを向かいに座るレイラの口に突っ込む。 「真斗、クリームついてるよ」 「レイラもな」 言うと同時に伸びてきた手に揃って口の端についたクリームを拭われた。言えば自分で拭けるのに素早過ぎる反応に既に口元は綺麗な状態に。お互い過保護な兄と恋人が保護者のような顔でこちらを見ている。 「真斗って身内しかいない時は結構素直に甘えるよね」 「友達の前ではイメージもあるから色々恥ずかしいお年頃なんだよ」 「ははっ昨日言ったお年頃っての真斗結構ハマってるじゃん!」 別に学園での姿が作ったキャラという事もないが、身内しかいないのにカッコつける必要もない。俺だって筋金入りの末っ子だ。

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