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第8話 ウレシハズカシ、新婚旅行編
『分かりました。いいですよ』
吉岡に促されて、渋々かけた〝恋人〟と思しきその人は。電話の先であるにも拘らず、すごく若い感じがした。
『今、諸用で動けませんので、博多駅の博多口に着いたら、こちらから電話いたします』
……つーか、声が低い。間違いなく男だな……しかも、結構、若い。そして、心底、僕を嫌ってる声だ。
「お忙しいところ申し訳ありません。よろしくお願いします」
さらに僕は、スマホに表示されてた〝なっちゃん〟という名前にドン引きしてしまった。
〝なっちゃん〟ってさぁ……。てっきり、女の子かと思うじゃないか。女の子だと思って身構えたのに、結果、男で。
そりゃ、そうかもな。僕を隠し撮りするくらいだから、吉岡はソッチの人だったんだ。人は見かけによらない。通話終了ボタンを押すと、そのスマホを吉岡に返す。
吉岡の顔の汗は、すでにおしぼりで対処できないくらい拭きだしていて。僕はたまらず、自分のハンカチを差し出した。
「用事が終わったら、博多口まで来てくださるそうですよ? 吉岡さんの恋人」
「面目、ありません……」
吉岡はすまなさそうな顔をして、僕からスマホを受け取ると。遠慮なく僕のハンカチで額の汗を拭う。そして、居心地が悪そうにアイスコーヒーを飲み干した。ガラガラと、コップの中の氷が今の吉岡みたいな歯切れの悪い音を立てて。その音が妙にこだまする。僕ははぁ、とため息をついた。
「あの、ハンカチを……」
「いえ、返していただかなくて、大丈夫です。差し上げます」
「いいんですか!?」
「……どうぞ」
「ありがとうございまぁす!!」
「……」
ってか、なんで僕が吉岡の恋人である〝なっちゃん〟と、アポ取りまでしてあげなきゃなんないんだよ!! しかも、あげたハンカチでそんなに喜ぶな!! しっかしろよ、吉岡。
「ずいぶん、若い感じの方ですね。吉岡さんの恋人」
僕の質問に、一喜一憂の激しい吉岡は、さらにハンカチで顔の汗を拭う。
「インターン、の子なんです」
「は?」
「インターンで弊社に来て、それで知り合って」
「って、まだ大学生ですよね? そんな若い子に手ぇだしたりなんかして、吉岡さん……」
「だって、こんな私に『好き』って言ってくれるなんて! うれしいじゃないですか!! それに私も、なっちゃんが好きで。どうしようもなかったんです」
「だったらなんで、隠し撮りなんか……」
とうとう吉岡は、ハンカチを顔にかけて天を仰いでしまった。……賢者モード、突入か?
「京田さんがあまりにも綺麗で。単なる名刺交換でさえ、緊張してしまうくらい綺麗で。こんな綺麗な人、もう二度と会えないと思ったら、つい……。秘密にしてたんです。バレないようにこっそり眺めてるだけ、幸せだったんです」
「じゃあ、なんでバレたんですか?」
「待ち合わせ前に、恋人の写真を〝ベストショット〟ってコメントを付けて送ったはずだったんです。……送ったはずだったのに、間違えて京田さんの写真を送ってしまって……まして」
「……吉岡さん、あなた」
吉岡は取引先の人で、正直、赤の他人なのに。バカだろ!?って、叫びそうになった。しかもその吉岡のバカさ加減に。もう、何のコメントもできないくらい、僕は疲れ果てる。こういう、よくわからないことで疲弊している時は……。
紘太に、会いたい。
紘太のあの笑顔に会いたくなる。あの笑顔を思い出すと、筋肉質のいい体で抱きしめて欲しくなる。 あぁ!! もう!! 紘太……どこだよ。どこにいるんだよ。
ってか、びっくりした。〝なっちゃん〟から電話があって、僕は吉岡と博多口に向かった。向かったら……紘太がそこにいるじゃないか!!
「紘太っ!!」
「恵介~っ!!」
背の高いモデルのようなイケメンが、人の目を憚らず一直線に僕に突進してきて。痩せぼっちな僕の体に、タックルをかますように抱きついてきた。大型犬みたいだ……紘太の行動も、その表情も。
嬉しい、嬉しかったのに。一点だけ、すごく腑に落ちない状況が面前に広がっていて。僕は一気に胃がムカムカと気持ち悪くなる。
と、言うか。おまえの隣にいる、そのちっちゃくてかわいい男の子は、誰なんだ。まさか、ナンパなんかしてないだろうな、紘太!?
「なっちゃーんっ!!」
はぁっ!? なっちゃん!?
その子に向かって、無邪気に手を振る吉岡に。俺は頭を殴られたみたいな衝撃に、息が止まりそうになった。
なんで!?
なんで、なっちゃんと紘太が!?
なんで、一緒にいるんだよ!!
モヤモヤと怒りが広がる。俺にしがみついている紘太に対して。紘太だけじゃなくて、こういう事態を引き起こした吉岡にも。くだらないことでヘソを曲げたなっちゃんにも沸き起こって、止まらなくなって。僕の手が冷たくなって、震えだした。
ずっと、我慢してたんだ。
僕のせいで紘太とはぐれてしまった罪悪感が、僕を締め付けていたのに。吉岡に絡まれて痴話喧嘩の原因にされて。悪者にされて。なのに、なのに……みんなヘラヘラしてて、マイペースで。僕の気持ちなんか誰も考えてくれない! 僕の、頭の中の何かが……プツッと切れた。
「……んだよ」
「え!?何? 恵介、何?」
「なんなんだよ! 1人で心配して! 倒れそうになるくらい心配してたのに、かわいいコなんかナンパして! 僕は被害者なのに、勝手に痴話喧嘩の原因にされてさ! なんなんだよ、おまえら!! 僕のこと、なんだと思ってんだよ!!」
往来の激しい博多口。行き交う人が、ベソをかきながら大声をだした僕をチラチラ見て行く。
恥ずかしい? そんな感情、起こるはずない。僕は、ただ僕は……目の前にいる、3人に怒りがこみ上げておさまらなかったんだ!
「お、落ち着け!! 恵介!!」
「落ち着け!? どの口がそんなこと言ってんだ!! 僕はずっと我慢してたんだぞっ!! 紘太とはぐれて寂しかっのにっ!!勝手に撮られた写真のせいで、見ず知らずの人に疎まれるし!! 落ち着けるワケないだろ!!」
「け、恵介っ!!」
紘太が興奮する僕を落ち着かようと、僕の肩に腕を回す。完全に頭に血が上って、頭が沸騰するんじゃないかってくらい熱くなって……クラクラした。
クラクラするのに、紘太の腕から逃れようとして暴れたせいで。僕を見る吉岡やなっちゃんが、ぐにゃっとまがった。視界が歪むって、こういうこと言うんだな、って冷静に思った瞬間。僕の視界はブツッとそこで途切れてしまった。
「……ん」
「目ぇ覚めた? 恵介」
紘太が僕を覗き込むように見下ろして、優しい笑顔を見せる。気がついたら僕は、紘太に膝枕をしてもらって、木陰のベンチに寝そべっていた。視線を横に向けると、メリーゴーランドや汽車の乗り物が見える。博多駅の喧騒のど真ん中からのワープっぷりに、頭がついていかない。
「……ここ、どこ?」
「だざいふ遊園地」
「だざいふ……? 太宰府!?」
僕はとびおきた。新婚旅行のプランにはなかったけど、あのメルヘンチックな建物はガイドブックで見たことがある。確かにここは、太宰府天満宮の近くだ。
……な、なんで?
「なんで、ここ……」
「吉岡さんが車で連れてきてくれた」
「……じゃなくて、太宰府。紘太、覚えてたのか?」
紘太は罰が悪そうに笑う。
「恵介が、駅で倒れた瞬間に思い出した」
「なんだ……。ちゃんと、聞いてたんだ」
そんな表情のイケメンは色気を帯びてしおらしくなって。紘太にみとれて動けなくなっている僕の頰にそっと手を添えた。
「大丈夫か? 恵介」
「うん、大丈夫……。吉岡さんたちは?」
「仲直りしたよ、ちゃんと」
「……そっか。よかった」
「二人とも直接、恵介に謝りたいってさ」
あ……。そうだった。僕、博多駅のど真ん中で、ブチギレたんだった。急に、恥ずかしくなってくる……。
「明日、お詫びに夜一緒にご飯に行きませんか、だって。どうする? 恵介が行きたくないなら、断るよ?」
「いや……僕も取り乱したし。謝んなきゃ、僕も」
そして、僕の行動を反省した瞬間。当然あのどうしても解せないシチュエーションを、思い出してしまったんだ。
「そういや、さ……。なんでおまえが〝なっちゃん〟と一緒にいたんだよ」
僕の詰問じみた言葉に、紘太は何故か余裕ありげに笑って。
「それはゆっくり、話すよ」
と、僕の髪を撫でながら言った。
吹き抜ける風が、木陰の涼しさが。そして、紘太の優しい声が。すごく、すごく、心地よくて。
「紘太、ごめん」
僕は、つぶやいた。
「……ん、ん……こうた……」
「……激し……じゃん、恵介」
あれから復活した僕と紘太は、太宰府天満宮にも参拝して、九州国立博物館にも行って。すれ違った時間を取り戻すかのように満喫した。そして、僕らはホテルで肌を重ねる。
いつもと違うのは。今日は僕が、どうしようもなく激しい。紘太の上に乗って。紘太のそれを咥え込むように自分の中に入れると、考えられないくらい腰を振って、紘太を見下ろす。
今日は色んなことがあったんだ。紘太と新婚旅行を満喫したのは言うまでもなく。嬉しかったことや悲しかったこと、寂しかったことやムカついたことが入り混ざって、ごちゃごちゃして……。燻ったその感情が、僕を支配して淫らにする。
〝紘太は、僕のだーー!!〟
感情に任せて腰を振ってる僕の手を強く掴むと、紘太は引き寄せるように僕をひっぱった。火照った体をベッドに押し付けて、間髪入れずにグズグズになった僕の中にねじ込んでくる。
「どうした……恵介」
そんな顔で、心底心配そうな、泣きそうな顔で僕を見るなよ……。ただでさえ僕は不安定なのに……僕を乱すなよ。優しくしないで。キツくして……忘れさせて欲しいのに。
「夏井、さんのこと、まだ気にしてる?」
「あたり……まえ、だろ……。僕から……離れていったって思ったんだ。あんな小さなかわいいコ。素直そうなかわいいコ。……僕は、敵わないっ……て」
「なんだよ。相変わらず、自己評価は低いんだな、恵介は」
「……る、さいな」
紘太は僕の深いところを突き上げながら、僕の耳元に口を近づけた。
「恵介は最強なんだよ。俺は恵介しかいらない。恵介しか見えないんだ。だって、恵介は俺の嫁だろ?俺が、嫁しか愛せないのは知ってんだろ?」
その紘太の言葉に、胸がきゅんとなった。優しいその言葉が、僕の乱れた心のパズルをキチンとハマるように響いて。僕の心にじんわり広がって……心が、安定していく。
「恵介……!!」
「……紘太!!」
紘太が僕を強く抱きしめると、僕も紘太の首に腕を回して強く引き寄せる。
一ミリも離れたくない。一緒にいたい。
僕はこんなにも紘太が好きなんだって、知って欲しかった。分かって欲しかった。だって、僕は紘太が僕のことをこんなに好きなんだって知っているんだから。同じだけの好きを、紘太に伝えたかったんだ。
✴︎
恵介のあの時の顔を、俺は多分一生忘れない。はぐれた俺に再会した瞬間、恵介は安堵した優しげな表情で笑った。でも、俺の隣にいた夏井さんを見た次の瞬間。色素の薄いキレイな目が潤んで、一気に表情が変わったんだ。
泣くのを我慢して、堪えて……。恵介はすごく傷ついた顔をした。そして、ありえないくらい大爆発して、突然、ぶっ倒れて。そのおかげ、といってはなんだけど。不測の事態によって戦線離脱した恵介抜きで。俺と夏井さん、夏井と待ち合わせをしていた地味なオジサンと三人で話をした。
「京田さんにご迷惑をおかけしました。全部私が悪いんです」
地味なオジサンは、見かけによらずカスタムされたヴ高級車なんかに乗っていて。俺は興奮のあまりぶっ倒れた恵介をその後部座席に寝かせる。
「ボクもよく知りもしないで、京田さんを嫌悪しちゃって……」
その横で、夏井さんは申し訳なさそうに、寝ている恵介に視線を落とした。
多分、な。いきなり戦況の最前線に投入された俺は、なんでこの二人が恵介に謝り倒しているのか、ぶっ倒れるくらい恵介が興奮したのか、1番理解できてない。だから、思わず言ってしまった。
「すみません、俺、この状況がよくわからないんで……一から説明してもらえませんか?」
夏井さんは少し間をおいて。地味なオジサンにキツい視線を投げかけながら、ゆっくり話し出したんだ。
ーーー
「なっちゃんが大学を卒業したら、一緒に住もう!!」
って言う吉岡さんの言葉にボクは、嬉しくて。二つ返事でオッケーしたんだ。
吉岡さんはインターンで行った会社の人で。真面目で優しくて、嘘をつけない人柄に惹かれてしまって。ボクから告白して付き合うようになった。だから今日は、一緒に住むための部屋を探しに行く予定で。博多駅で、ボクと吉岡さんは待ち合わせをしたんだ。実家から地下鉄で博多駅に向かう途中、ボクのスマホにメッセージがはいる。〝ベストショット〟ってポップアップが表示されて。続けてざま、写真が飛び込んできた。
吉岡さんの趣味というか、悪趣味というか。よくボクに黙って写真を撮る。間抜けな顔をしてる時とか、寝てる時とか、本当いつ撮ったんだってのばっかりあって。どうせ今日もそんなヤツだろうな、って大方予想しながら僕はメッセージを開いたんだ。
その瞬間、頭が真っ白になった。
ボクのスマホの画面にはキレイな……。本当にキレイな男の人の写真が画面いっぱいに表示されて。頭をハンマーで殴られたように、クラクラする。
何がベストショットなわけ!? そりゃこんなにキレイな人なら、どんな顔してもベストショットでしょ!?
ムカつくーー!!
ボクはたまらず天神で地下鉄を降りた。そして、吉岡さんに電話をかけ、開口一番、スマホに向かって叫んでしまった。
「ちょっと!! あれ何!? だれ!? ボクのこと馬鹿にしてんの!?」
ーーー
「そのキレイな人がまさか京田さんのお兄さんだとは思わなくて。ボクは、吉岡さんに遊ばれてると思って、悲しくて。悔しくて……ボクも遊んじゃえってヤケになっちゃって……。困ってそうな京田さんに声をかけてしまいました」
夏井さんは伏せた目を上げて、真っ直ぐ俺に視線をあわせる。
……そう、こういうとこ。恵介と、似てるんだ。かわいい見た目とは裏腹な芯の強さとか、さ。だから、吉岡と呼ばれたこの地味なオジサンは、夏井さんにも恵介にも惹かれたに違いない。
でも、俺は少し怒っている。部外者のつもりだったけど。この瞬間から、俺は部外者じゃなくなかった。元はと言えばこの吉岡が、全部悪い。勝手に恵介の写真を撮るし、百歩譲ってそれを一人で楽しむならともかく。間違えて恋人である夏井さんに送って、正直被害者な恵介を巻き込むなんて!!
許せねぇ、このオッサン……!! だから少し、いやめっちゃ反省してもらおうと思ったんだ。
「なんで、恵介が夏井さんに電話をかけて話したんですか?」
吉岡は急に俺に話を振られて、あたふたしだす。
「あ、いや、その! なっちゃん、すごく怒ってたんで。きっと私の話を聞いてくれないって思って……。写真の主の京田さんの話なら、聞いてくれるかと」
「あなたは、恵介の気持ちを……その時の恵介の気持ちを少しでも考えましたか?」
「えぇ……?」
だって、さ。多分、はぐれて連絡すらよこさない俺のことが、心配でたまらなかったはずだ。さらに顔見知りとは言え、ほぼ赤の他人に写真を撮られてて、さらにそれが原因で痴話喧嘩に巻き込まれて。きっと、めちゃくちゃ辛かったハズだ。
「すごく……すごく苦しかったはずです。恵介は、バカみたいに我慢強いから……」
だから、限界まで我慢して。二進も三進もいかなくなって、こんな風にぶっ倒れる。
……ごめんなぁ、恵介。はぐれてしまって………心配させてしまって。守ってあげられなくて……ごめん、な。
「すみません、でした」
吉岡は、すまなさそうな顔をしてうつむいて呟いた。
「なっちゃんにも、京田さんにも。京田さんの弟にも……私がバカなばっかりに。皆さんにご迷惑をおかけしました。本当に、すみませんでした」
夏井さんは、そんな吉岡に顔を近づけると。華奢なキレイな手で、打ちひしがれたそのオジサンの頰にそっと手を添える。
「吉岡さん、ボクは優しい吉岡さんも、こんなにダメダメな吉岡さんも、全部の吉岡さんが好きなんだよ……。だから、さ。許してあげるから。もう、写真撮っちゃダメだよ? わかった?」
「はい。……ごめん、ね。なっちゃん」
怒りに苛まれて気付かなかったけど。いつの間か にか、この車内は二人の世界になっていて。俺の目の前で二人は唇を重ねた。
軽いキスから、の……深いキスが始まって。
………俺は何を見せられているのか!? いたたまれなくなって、俺は軽く咳払いをした。
「あ……すみません」
吉岡、おまえはどこまでポンコツなんだ。年上だろ!? おまえが流されてどうするんだ!! おまえが止めなきゃ誰がとめんだよ!!
「あ、あの京田さん。明日の夜、四人でご飯に行きませんか?」
恥ずかしそうな顔をして、夏井さんが口を開いた。
「京田さんのお兄さんにも、ちゃんと謝ってないし。多分、お兄さんはボクと京田さんのことを勘違いしてるはずだし。ボクたちがごちそうしますから。ね、吉岡さん」
「もちろん、です!! 水炊きでも、てっさでも、てっちり鍋でも何でも言ってください!!」
……フグか、いいな。いやいや、まず恵介に聞かなきゃ。
「そう言えば、どこかご予定があったんじゃないんですか? よかったら、お連れしますよ?」
たまにはポンコツじゃない吉岡の言葉に俺は、つい飛びついてしまった。
「太宰府に!! 太宰府天満宮に、連れて行ってもらえませんか!?」
一年分のゴタゴタがぎゅっと凝縮されたような一日が終わって、最初は感情に任せて乱れまくっていた恵介も、俺に突かれて、喘いで、イきまくって。トロトロになった顔をして、すっかり大人しくなった。
「……やぁ……らぁ」
恵介の中はめちゃめちゃ熱くて、俺は恵介の片足を肩にかけて、我慢がきかずにさらにその中をかき乱す。その動きに恵介が、身を震わせて反応した。
「こぉた……もっと……んゃあ……らめぇ」
「もっと?……やめるの?……どっち、なの?恵介」
「……もっとぉ…」
そう甘えた声を出した恵介は、俺の首に腕を回してキスを迫る。
恵介は、こうでなくちゃ。いつもはしっかりしているのに、男を引き寄せるフェロモンをダダ漏れさせてて。
なのに、さ。俺のこととなると、途端に余裕がなくなって俺し見えなくなって……。俺から片時も離れなくなる。
〝鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす〟
キレイな顔で大きな色素の薄い瞳は、いかにも純粋そうなのに。恵介の体の内側には静かに煮えたぎるマグマが渦巻いている、まさしく、そんな感じで。そういうとこが最高にグッときて、それでいてかわいくて、最高に俺の嫁で。俺も恵介のことしか考えられなくなるんだ。
「恵介……好きだ……っ!! イくっ!!」
「……僕もぉ……ん、……あっ!!」
ほら、な? 吉岡となっちゃんよりはるかに。相性もタイミングもバッチリなんだよ、俺たちは。
「恵介、母さんたちにもお土産買った?」
「あぁ、でっかいひよこ饅頭とイカ明太買ったよ?」
「二課の人たちには?」
「丸い甘いヤツ。紘太、総務課の女子には何買ったんだよ」
「俺の好きなお菓子。ノーマルなのといちごのヤツと」
恵介とお土産の話をしながら、俺は懐かしの我が家の玄関の鍵をあけた。長かかったようで、でも思った以上に色々あって。凝縮されて、楽しくて……。あっという間に終わってしまった。
……また、行きたいな。恵介と、二人で、また行きたい。日常から離れた非日常の刺激からか、恵介といつも以上に激しくなっちゃったり。より愛おしく感じたり。次、どっか行く時は、今度はよく分からない邪魔が入らないように。温泉とか、いいよなぁ。車借りてさ、一日中のんびりお風呂に入って、暇なら温泉宿の近くを散策したりとか……。浴衣姿の恵介も見てみたいし。ウルウルの瞳で熱っぽく見つめる恵介の浴衣がはだけてたりなんかして……。ヤバッ、妄想が先走りしてるぞ、俺。
「紘太〜この紙袋、何?」
恵介がラミネートコーティングされた、エメラルドグリーンの紙袋を持ち上げた。
「あぁ、吉岡さんがお詫びにって。昨日、食事おごってもらった時にもらったんだよ」
「そんな、わざわざ気ィ使わなくてよかったのに。明日、お礼の電話しなきゃなぁ」
そう言って、恵介は袋の中身を取り出し、そのラッピングを開けた。
「!!」
恵介は驚きのあまり、顔をひきつらせてその中身を部屋に放り投げる。床に散らばる、大人のオモチャ。
「……あのオッさん」
と、呟いた俺は。吉岡のお土産を渡す際の発言を反芻する。
『ご迷惑をおかけしましたので、よかったらどうぞ。なっちゃんも好きなんで、お兄さんもきっと気に入っていただけると思います』
今思えば、にこやかな笑顔じゃない。ニヤケながら言ったんだ。あの……吉岡のムッツリスケべ!!
床に豪快に散らばったオモチャを目に。俺もその量とバラエティにとんだ品揃えに絶句した。
ローター1つならまだよかったのに、バイブやらサックやら多種多様なオモチャが詰め合わされていたから、恵介がドン引きするのも無理はない。
あのスケベオヤジ。絶対恵介のヤラシい姿を想像しながら、これ渡しただろ、マジで。
……やっぱ、許せねぇ。
「誰がお礼の電話なんかするかーっ!!」
顔を真っ赤にした恵介は、オモチャを目の前に叫んだ。
門司港に行った新婚旅行最終日の夜。吉岡と夏井さんは、俺たちをすごく高級そうなお店に招待してくれた。俺の気持ちが以心伝心したのか。目の前には、おいしそうなふぐ料理がテーブルいっぱいに並ぶ。
……すげぇな、だいたい吉岡が出してんだろうな。はじめは緊張してぎこちなかった夏井さんも、恵介が色々話しかけて、すっかり打ち解けて。食事に舌鼓をうちながら、二人で楽しそうにお喋りをしていた。
「恵介さんは、身長どのくらいあるんですか?」
「一七八㎝くらいかな?」
「結構高いんですねー! 華奢だから、もう少し低いのかと思ってました」
「そりゃ、あれだよ。紘太が一八五㎝くらいあるから、余計低く見えるんだよ。なっちゃんは、どのくらい?」
「一六六なんです。チビでしょ?」
「そんなことないって。なっちゃん、かわいいから」 と、言う二人の至って普通の会話を酒の肴にしながら。俺は吉岡と「いや、二人並ぶと神」とか「マジで隠し撮りしたい」とか、アブノーマルな会話をして……。変態オジサンな吉岡と、普通に話があってしまった事に、俺は軽くショックを受けてしまった。ひきこもり期間がそうさせているのか? もともとの俺の性癖なのか? あっち側サイドにいつ落ちてしまうんじゃないかという不安が、駆け巡る。
しかし、あの時。エメラルドグリーンの紙袋を差し出しながら吉岡が言った『なっちゃんも好きなんで』って、今更ながらその意味に驚愕した。どういう意味なんだよ〝も〟ってなんだよ、〝も〟って。
「吉岡がここまでアブノーマルなヤツだとは思わなかったよ」
恵介が心底うんざりしたような顔をして呟いから、俺もついその言葉に反応して呟いた。
「……吉岡だけじゃ、ないみたいだよ?」
「……え?」
「……夏井さんも好きって、言ってたよ?吉岡が」
「……えぇーっ!!」
恵介は再び顔を真っ赤にして、拾ったオモチャを放り投げて叫んだんだ。
おそらく一生忘れないであろう、新婚旅行から二カ月すぎた。恵介も俺も仕事にプライベートに忙しくしていて。それなりに充実した日々を過ごしていた矢先、夏井さんから恵介に一本の連絡が入った。
吉岡と夏井さんが、こっちに遊びにくるんだって。
「やっぱり、どっか食事に誘った方がいいよな。紘太」
「だよな。あと、あのお礼もしなきゃ」
「? なんの、お礼だよ???」
「しらばっくれんなよ、恵介が一番お世話になってんじゃねぇか」
「は?」
「オモチャだよ、オモチャ。恵介、ローターすきだろ?」
「!! 紘太なバカッ!!」
恵介は顔を真っ赤にして、俺にクッションを投げつけた。
今さら恥ずかしがるなんて……。おまえは生娘か。最近、恵介は吉岡にもらったローターがお気に入りだ。せっかくもらったし、ってことで。バイブやサックは、大きさで恵介が怖がってしまったから、試しにローターを使ったらさ。
これが、もう。爆ハマりで。ちょうど恵介が感じるトコに、ローターを当てこんで。グズグズになったところを、俺がそのままの状態の恵介に入れて突き上げる。
ローターの刺激と。奥まで波打つ衝撃と。これをすると、毎回、恵介はトンじゃうくらいイキまくる。だから、次の日が休みの時じゃないとしないんだけど。
そしてこれが、また。吉岡サイドの俺を刺激してしまうくらい。ローターを入れて欲しい時の、恵介のおねがりの仕方がかわいいんだ。
「こぉたぁ……ふたつ……いれて……」
そして、今日も。小刻み震える電子音に合わせるように、恵介の腰が揺れる。
「や……こ、たぁ……」
「何? 入れて欲しい?」
恵介は瞳をウルウルさせて頷いた。
「じゃあ、なんて言うの? ほら、ちゃんとおねだりして?」
こんな時、俺はたいがいイジワルで。こんな俺の言うことにちゃんと応える、いじらしくてかわいい恵介が見たくて仕方がないんだ。
「こぉたぁ……ふたつ……いれて……」
ほら、ね。すげぇ、かわいいだろ? そんな風に言われちゃったらさ、我慢できるわけない。我慢をこえて先走している俺のを、恵介のトロトロにヒクついてる中に入れ込む。……ヤベ、俺が先にイっちゃいそうだ。
俺たちは、生まれた時から一緒にいるし、夫婦って立場になって、知らないことなんて何もないって思ってたんだけど。一緒に過ごすと、まだまだ新しい恵介を見つけられて……。このまま、ずっと、恵介と過ごすことが、楽しいことばかりしか想像できなくなる。
やっぱり、恵介は最高だ! って、思うんだよね。
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