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第1話

いつものようにスタジオでの仕事を終えた銀嶺は、これまたいつものように迎えに来た相模と二人で連れ立って宿舎に帰った。 建物入り口の集合ポストに自分宛の手紙が届いている――戦争に勝利した革命軍が樹立した新政府の一部署からだった。なんだろう?銀嶺は少し不安に感じながら、封筒を手に部屋までの階段を上がった。 今のこの住まいは、敵地で保護したバイオペットの独り立ちを支援するために革命軍が用意したものだ。銀嶺は仕事を得て収入もあるし、本来なら既にここを出なければならない立場だった。だが、収容所から開放された相模を引き取って生活の面倒を見ているので、なかなか引越し資金の都合がつかない――というのは表向きの言い訳で、相模が今だまともに就職できずにいるのは、彼とまだ一緒にいたいという自分の甘えのせいなのだ―― 戦争が完全終結したことで、もしかすると支援の条件が変わるのかもしれない。出て行ってくれという督促だったらどうしよう――不安が増して、銀嶺は部屋に上がるなり、立ったまま手紙の封を切った。タイプされた文面に急いで目を走らせる――じき内容を把握して銀嶺は小さくため息をついた。 「どうかした?」 台所に入っていた相模が耳ざとくそれを聞きつけ、鴨居をくぐって銀嶺の傍らに来た。身長がある彼にはこの部屋は少々作りが小さいようで、移動するときには頭をぶつけないようあちこちで姿勢を低くしなければならないのだった。 「あ、いえ――大したことでは。以前の私の主人が、恩赦で収容所から出されたという連絡でした」 銀嶺の元の飼い主――名は伊周(これちか)という――彼は軍関係者ではなく、一般企業の経営者で民間人だ。だが扱っていた仕事に敵だった旧政府関連の事業が多く、政治家との繋がりが深い。そのため連絡船を降りた後、戦犯と同じ措置になって収容所へ入れられた。 革命新政府はバイオペットを人の所有物として扱うことを法で禁じている。そのため伊周は既に銀嶺の主人ではなかったが、一応関係者なので状況を知らせてくれたのだろう。 「ふうん、そうなんだ。会いに行くの?」 聞いていた相模が尋ねた。 「えっ!?」 銀嶺は彼の顔を見上げた。 「会いに……ですか?」 収容所で面会することは可能だった。だが、銀嶺はどうしても伊周に会いに行くことができずにいた――以前は深く慕っていた相手なのだ。あの頃は……ずっと主人の元で生きて行きたいと望んでいた。その相手に会ったら――自立しているつもりの今のこの気持ちが、どう変わってしまうかわからない、それが怖い。 「――いえ、いいんです。確かに世話にはなっていましたけど……今はもう、関係の無くなった人ですから……」 答えながら銀嶺はうつむき、広げていた手紙を元通りたたんで封に戻した。そうだ、会う必要は無い。連絡船の中で――最後になったかもしれなかったあの時、主人は私に会いに来てはくれなかった。彼は――私を捨てたのだ。 銀嶺は想いを振り切るように顔を上げ、明るく言った。 「待たせてごめんなさい。お腹空きましたよね、食事にしましょうか」 食事と言っても、相模は料理など知らないし、銀嶺も何かと忙しいので、買ってきた物で簡単に済ませてしまうことが多い。銀嶺は内心それを心苦しく思っていた。 相模と一緒に暮らすようになって知ったが、彼はあきれるほど食へのこだわりが無い。放っておくと冷めたものでも未調理のものでもそのまま口に運んでしまう。戦地では贅沢など言っていられなかったためだろうが、相模も味の良し悪しが分からないわけではないのだから、いずれは食の楽しみと言うものを知ってもらいたい。どうにか時間を作って、彼にも美味しいものを食べさせてやるようにしなければ―― そんなことを思いながら食後の片付けをしていた銀嶺は、相模にふと目をやって慌てた。 「まっ、また――相模さん!脱衣所行ってくださいって!」 「え?あ、そうだった。ごめんごめん」 兵舎にいた頃の習慣らしいが、相模は夕食が済むとすぐに部屋の真ん中で裸になり、シャワーを浴びに行こうとするクセがある――そこでは入浴に使える時間が厳しく制限されていたため、兵達はそうやってあらかじめ服を脱ぎ、準備しておくらしいのだ――それは、短い時間を効率的に使おうとする彼らなりの工夫だった。そのクセがなかなか抜けないせいで、銀嶺は度々相模の裸体を間近で目にする羽目になり、その度居心地の悪い思いをさせられている。始めは気にしないよう努めていたが、最近さすがにたまりかね、ここは兵舎ではないのだから時間制限も無い、風呂も好きなだけゆっくりして良いのだから、脱衣所を使うようにしてくれと頼んだのだった。 人造兵は通常性欲が無い。そのため裸を見ようが見られようがなんの感情も持たないのだ。しかし銀嶺は、前から相模に性的にも惹かれているのを自覚している――彼の肉体は均整が取れて逞しく、魅力的だ。狭い部屋で間近にそれを見せ付けられて冷静でいるのは難しい。しかし相模にそういうつもりが全く無いのはわかりきっているから――彼の裸体を目にするたびつい劣情をもよおしてしまう自分に対して、銀嶺は複雑な思いを抱えている。 脱ぎ捨てたシャツを拾い上げ、相模は狭い浴室へと入っていった。その身体につい吸い寄せられていた視線を慌てて他所へと移しながら、銀嶺は小さくため息をついた。

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