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第2話
翌日――撮影のため出勤した銀嶺は、スタジオ内の様子を見て訝 しく思った。人影がまったく無い。普段なら、準備のスタッフたちが既に入って働いているはずだ――時間を間違えたのだろうか?
薄暗いスタジオ内で辺りを見回していると、奥の部屋から長身の男が一人現れた。彼はゆったりとした動作で銀嶺に歩み寄ると、微笑みながら片手を差し出した。
「やあ――君の仕事はいくつか拝見しているよ。古河沢 だ」
「あ!」
銀嶺は気付き、慌てて握手しながら頭を下げた。古河沢というのは今回の撮影担当者で、名の通ったフォトグラファーだ。この仕事に銀嶺を指定してきたのは彼だった。
「お早うございます、銀嶺です――今日はよろしくお願いします」
「まあ、リラックスしていこうじゃないか。僕は気さくな方でね」
言いながら古河沢は銀嶺の肩に手をかけた。そのまま導くように歩き出す。馴れ馴れしいように感じたが、機嫌を損ねても面倒なので、銀嶺はひとまず古河沢に従った。これが当人が言うところの気さくな態度、のつもりなのかもしれない。
「一度、君のようなバイオペットを撮ってみたいと思っていてね」
古河沢は銀嶺をさっき自分が出てきた小部屋に案内した。機材室のようだ。
「そうですか……」
「君たちは非常に――興味深い被写体だしね」
古河沢は銀嶺の肩から手を離すと、一歩退き、そこから銀嶺の姿を眺めるようにして言った。
「上着を脱いでくれないか?」
言われた通りにした銀嶺に古河沢は再び近づいた。
「僕は初めて仕事する相手とは、こうして少し個人的に話をして、イメージを固めることにしているんだ――いきなり撮るよりその方がお互いスムーズにいくしね」
では、そのために早く呼び出したのだろうか?考えた銀嶺の目の前に古河沢が立つ――彼はいきなり銀嶺の髪に右手を差し入れてきた。頭の後ろ側で髪の根元を掴むと、下に向かって軽く引く――強い力ではなかったし、痛くもないが、首が反って銀嶺は古河沢の眼前に喉笛を曝す形にさせられた――こういう扱いは……好きではない。
古河沢は、そうやってやや強引に仰向かせた銀嶺の瞳を上から間近に覗き込み、感嘆した風に呟いた。
「瞳孔の形が――人とは違うんだな」
「……ネコをご覧になるのは初めてですか」
「ああ。話には聞いていたがね。以前僕がいた星は元々今の新政府の勢力が強かったから、人造生命体の扱いに対しては規制が厳しくて、置屋も無かったんだ」
「そうですか……」
銀嶺は答えながら、古河沢の指から逃れると、静かに身を遠ざけた。
それで察すると思ったのだが、古河沢はぐいと足を踏み出して銀嶺に迫ると、
「少し――身体を見せてもらいたい」
と言う。
「僕は特に、君の尾に興味があるんだ。人には無いものだからね……とても珍しい」
問い返す間も無く古河沢は銀嶺の尾の付け根に手を伸ばした。尻を掴むようにして根元を握り込む。
「直 に見たいな――」
「わかりました」
肌を見せることを要求されるのには慣れている。銀嶺は後に下がって、自分を抱き囲もうとしていた古河沢の両腕を解かせた。穿いていたホワイトデニムの前ボタンを一つだけ開けると、後ろを少し引き下げ、尾の付け根を露出させる。腰をひねってその部分を古河沢に見せ
「これで――もうよろしいですね?」
と尋ねた。
「ああ――いや、もう少し――」
古河沢は言いながら、素早く腕を動かし、銀嶺の腰を捉えて引き寄せた。僅かに空いた隙間から、強引に右手の先をデニムの中にねじこんでくる。下着の上からではあったが性器を触られ、銀嶺は思わず古河沢の顔を正面から見た。
「この部分は……人と同じなのかな?」
古河沢の声の調子が変わった――それまで相手の真意が掴めず様子を伺っていた銀嶺は、それではっきり確信した。この男は未だに――バイオペットをただの男性向け性奉仕道具と思っている。
「同じだろうと違おうと撮影には関係ないと思いますが。そこは写せないはずですし」
新政府の定めた基準では、性器の露出は例えバイオペットのものであっても規制の対象だ。
デニムの中にねじ込まれた手を掴んで引き抜こうとした銀嶺の腕を、もう一方の手で防ぎながら古河沢は言った。
「――察しの悪い子だな」
「どういうことでしょうか?」
「僕にはいくつか大きな仕事のオファーが来ている――それらに君をメインで使うことも可能だ。気に入られようとは思わないのか?」
古河沢は銀嶺の耳に顔を寄せて囁いた。敏感な箇所に生暖かい息がかかる。銀嶺は耳をピッと動かしてそれを振り払った。次いで、股間に触れたままの手に爪を立ててやろうかと考えた時、スタジオのほうから複数の人声がした。スタッフ達が出勤してきたらしい。それを耳にすると、古河沢はさっと銀嶺のデニムから手を引き抜いた。
「返事は今でなくていい――考えておきなさい」
言い残して彼はスタジオに出て行った。銀嶺は髪と服を整えてから、引っ張り込まれていた小部屋を出た。
古河沢は何事も無かったかのようにスタッフ達と挨拶を交わし、仕事に掛かっている。銀嶺も気を取り直すよう努め、準備に入った。
ネコの体に興味がある、と宣言した通り、古河沢は規制ギリギリの露出を銀嶺に要求してきた。反応を試すためだというのは察しがつく――舐められるものか、と気を張って銀嶺は彼が構えるカメラの前に立った。従順でいなければならないとしても――屈服はしない。
撮影が終ると、銀嶺は普段の仕事より数倍グッタリとした気分になった。なるほど古河沢は写真家として世間に注目されるだけのことはあるのだ――被写体を頭から呑み込もうとするかのような独特の威圧感。シャッターが切られる度、銀嶺はレンズ越しに古河沢に犯されているかのような気持ちにさせられた。
今日の仕事のことはもう忘れて気持ちを切り替えたい。一刻も早く相模に迎えに来てもらおう――そう思いながらスタジオを出、建物の前で電話を取り出した銀嶺に、声をかける者がいた。
「銀嶺!信じられない……本当に会えた」
驚いてそちらを見る。そこに立っている男の顔を見て銀嶺は息を呑んだ。まさか――
「伊 、周 さん――?」
そこにいたのは銀嶺の前の飼い主だった。白髪が増えて大分やつれていたし、服装も以前とは比べ物にならないほど質素だったが、伊周の顔を銀嶺が見間違えることは無い。だが、彼が何故ここに?
「どうして……」
「君の仕事先がわかったか、かい?」
伊周の後方から男が現れた――大隅 だ、銀嶺はますます驚き、目を見開いた。
「僕がお連れしたんだよ。大事な人に再会できて感激したろう?――夕食、つきあってもらうよ。君の気に入りの店を予約しておいた」
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