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第3話

突然のことに混乱している銀嶺を、大隅(おおすみ)は押し込むようにして強引に車に乗せ、レストランへと連れて行った。 「ここ、懐かしいだろう。もう随分来ていないんじゃないか?――あんな厄介なヒモなど抱え込まずにずっと僕と付き合っていれば、このくらいの店いつでも連れてきてやれたのに」 「大隅さん、一体なんのつもりなんですか!」 ウエイターに席へと案内されている間、銀嶺は声を押さえて隣の大隅に訊いた。伊周(これちか)は後ろから二人についてくる。 「なんで伊周さんがあなたといるんです!?」 「そうつんけんするなよ。感激の再会を演出してやったっていうのに……礼ぐらい言ってもらいたいなあ」 「再会ですって!?そんなこと誰が頼みました!?」 憤る銀嶺を無視し、大隅は気取った様子で椅子を引いた。仕方なくそこへ腰掛けた銀嶺の隣に伊周を座らせ、自分は反対側の席に着く。ウエイターが差し出すメニューを受け取りながら、大隅は二人に向かって余裕のある笑みを浮かべた。 「今日は僕が持ちますから、なんでもお好きなものをどうぞ。伊周さん、まともな食事は久しぶりでしょう」 「ああ、その通りだ――本当に情けないよ」 伊周は銀嶺を見て微笑した。懐かしい表情に心がかき乱される――それを悟られないよう、銀嶺はメニューに目を落としながら尋ねた。 「どういうことなのか……説明して頂けませんか」 伊周が答える。 「彼――大隅君は、暫く前から時々収容所に面会に来てくれていたんだ。私が今回の恩赦で運よく外に出られたのは、彼のサポートのおかげなんだよ」 「大したことはしていません」 大隅が謙遜した風に言った。 「いやそんなことは無い。外部から訴えがあるのと無いのとでは扱いに大きな差が出てくるのだからね、君には本当に感謝しているんだ。銀嶺――いや、今は銀嶺君と呼ぶべきか。私はもう、君の飼い主ではないのだし……」 銀嶺は思わず伊周の顔を見た。伊周が尋ねる。 「なぜ大隅君を袖にしてしまったんだい?こんなに良い青年なのに」 「それ、は……」 それは自分が、彼にまともに扱ってはもらえないことに気がついたから――銀嶺は伊周の顔から視線を逸らすと、硬い声で答えた。 「――袖にしたというか――仕方が無かったんです。大隅さんに反対されたのにも関わらず、面倒な事柄に関わってしまいましたし」 相模を解体処分から救おうと銀嶺が奔走しはじめて以降、しつこかった大隅からの連絡は途絶えていた――連絡が来た所で会う気はなかったが――大隅にとってはたかが人造生命体の一体、生きようが死のうがどうでも良いことなのだ。 「それはまあ、済んだ事だしもういいんですよ」 大隅が口を挟む。 「ときに銀嶺。君、相変わらずあの物騒な兵士の面倒を見ているんだってね?」 「相模さんは物騒などではありません」 銀嶺は言い返した。 「そうだろうか?それにしても、変わった趣味の持ち主だな、君は。聞いた話じゃ、あれはそのままでは不能だそうじゃないか。そんなものと同居して何が楽しいんだ?無駄に食わせてやってるだけで満足できるのかい?」 銀嶺は大隅に冷ややかな視線を送った。それに気付いた大隅は片手を上げて銀嶺に詫びた。 「いや、すまなかった――ボランティア行為を馬鹿にしてはいけなかったね」 視線をテーブルの上に移し、銀嶺は小さく息を吐いた。何とでも言わせておこう。どうせこの人には――なにもわからないのだ。 注文を取りにウエイターが戻ってきた。慣れた様子で料理の指示を出している伊周に、大隅が感心した風に言う。 「さすがですねえ――ここは僕の馴染みなんですが、出る幕が無いな」 「いや、つい――クセでね」 伊周は照れくさそうに笑った。懐かしい笑顔――銀嶺の胸に昔の出来事の数々が蘇る――みじめな裏通りの生活しか知らなかった銀嶺に、こういう贅沢な場での振る舞いを教えてくれたのは彼なのだ。洗練された雰囲気を持つこの人が連れているのにふさわしいペットであろうと、自分は懸命に努力した―― 「お決まりですか?」 ウエイターがにこやかに尋ねる。銀嶺は答えた。 「申し訳ないのですが――時間が無いので、自分は飲み物だけで失礼します」 「何を言ってる」 大隅がなじる。 「伊周さんをがっかりさせないでくれ。それに大事な話もあるんだ」 大事な話?なんだというのだろう。銀嶺は内心怒りを覚えながら、仕方なく食事を注文した。 ウエイターが下がってから、銀嶺は大隅を問い詰めた。 「さっきから勝手なことばかり――何を企んでるんですか?はっきりおっしゃってください」 「まあそう興奮するな。伊周さん、彼に説明してやってくれますか?」 「ああ――」 伊周が頷く。 「銀嶺君――先の戦争で政府軍が負け、私は財産を全て没収された。それはもう知っているね?」 「ええ……」 「何もかも失った……しかし、戦前私が世話してやった相手が、地方のある星でコーヒー農園を所有していてね――そこまでは戦線が拡大しなかったんだ」 「コーヒー農園?」 「そう――そして、そこの経営が今も順調に行っている――私の出資が無ければ存在しなかった農園だ。持ち主はそれをよくわかっている。だからいつでも買い戻すことが出来る」 「それが――私とどう関係あるんですか?」 銀嶺は警戒しながら尋ねた。 「さっき言った通り、今の私には何も残っていない。農園を買い戻すのには資金が必要だ。それで――大隅君が素晴らしい話を持って来てくれた」 素晴らしい話?ますます不審に思い、銀嶺は大隅の顔を見た。彼は薄く微笑みながら銀嶺を見返している。 「私の話を元に、彼が本を書きたいと言ってくれているんだ。大隅君は大手の出版社に顔が利く。そこが全面的にその本をバックアップしてくれるそうなんだよ――どうかな銀嶺君、承知してくれるかい?」 「承知って――なぜ私の許可が必要なんです?」 大隅が答えた。 「伊周さんが君を置屋から引き上げ、ただの街娼から一流のペットに育て上げた、その経緯をドキュメント形式で書きたいんだよ」 衝撃を受けて、銀嶺は大隅と伊周の顔を交互に見返した。 「街頭に立って身体を売っていた薄幸のバイオペットと、ある名士との運命的な出会い――それまでは、腕の良い職人の作でなければ認められるのは不可能だと言われていた品評会で、量産品だったにも関わらず君は次々賞を勝ち取って常識を覆し、人々を驚かせた。その才能を引き出したのは伊周さんだ」 そのことを――なぜ大隅が知っているのだろう?いや、理由は分かっている。伊周が話したのだ。 「銀嶺、君はこの星ではバイオペットモデルの第一人者だ。美しさと珍しさで評判の君が、過去にどんな生活を送っていたのか知りたがっている人は大勢いる。僕が保障するよ、本は絶対にうける。印税の額はきっと、伊周さんがコーヒー農園を買い戻すのに十分足りるはずだ」 「銀嶺君」 伊周が銀嶺の手を取った。 「農園を買い戻したら、君を連れてそこに移り住もうと思っている。そうなればまた以前のような贅沢な暮らしができるし、カメラの前で媚を売る必要もなくなる――気位の高い君に今のそんな仕事は辛いはずだよね?」 大隅も口を揃える。 「どうだい銀嶺。悪い話じゃないだろう?」 暫く間を置いて銀嶺は言った。 「どうぞお好きに」 伊周に握られた手を静かに引いて取り戻す。 「なんでもご自由にお書きになればいい。お二人の本です、私の知ったことではありません」 「察しが悪いな」 大隅の言葉に銀嶺は反発を覚えた――古河沢と同じことを言う。 「量産品のバイオペットがどういう用途のために作られたものか、一番良く知っているのは君じゃないか。その辺りの事を赤裸々に書けば、モデルの仕事に影響が出る可能性だってあるんだ。その時になって君の事務所に文句を付けられてはたまらないからね、今のうちに話を通して――」 「ですから、なんでも書けばいいと申し上げたでしょう」 銀嶺は言い放つと、椅子から立ち上がった。 「気分があまり良くないので帰ります。伊周さん、お元気そうで嬉しかった。あなたに受けたご恩は一生忘れません。さようなら。そして――二度とお会いしません」 素早くテーブルを離れ、近くにいたさっきのウエイターに詫びて頼んだ食事をキャンセルさせてもらうと、銀嶺はレストランを後にした。

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