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第7話

ある朝、銀嶺がモデル事務所に出勤すると、所長が心配げに声をかけてきた。 「銀嶺――大隅(おおすみ)君から連絡があったんだがね、元の飼い主の話を元に、君の過去の事を本に書くと言うんだよ――君は了承していると言ってたが、本当かい?」 「本当です」 銀嶺は頷いた。 「大隅さんから打診はありました――それが私の元の飼い主の方のためになるなら、よろしいですと申し上げたんです。お金が入り用らしかったので」 「そうなのかい?しかし、そんなことで勝手にプライバシーを暴露されるなんて……」 「いいんです」 銀嶺は微笑んだ。 「私がバイオペットで街娼あがりだというのは、この姿を見れば一目瞭然です。隠せる事ではありませんから、それでも構わないとおっしゃって下さる方とだけ仕事させて頂ければいい、そう思っています――」 滞りなくその日の撮影を終え、銀嶺は仕事場を出た。相模と待ち合わせた時間まで少しある。銀嶺はスタジオが入ったビルの地上階にしつらえられたオープンカフェのシートに座り、飲み物を注文した。ここにいれば相模は自分をすぐ見つけるだろう。 冷たくなってきた宵闇の空気の中で、熱いカフェオレを啜りながらふと見ると、隣の椅子の上にタブレット端末が置きっぱなしになっている。前の客の忘れ物らしい。店員が通りかかったら渡そうと思い、銀嶺はそれを手に取った。 「やあ、銀嶺君じゃないか――」 声をかけられ、銀嶺はそちらへ目をやった。古河沢(こがさわ)だった。 「それ、僕のでね。今忘れたのに気付いて戻ってきたんだ」 「そうでしたか」 銀嶺は古河沢に端末を渡した。それを受け取りながら古河沢が尋ねる。 「ありがとう――ところで先日の話、答えがまだだったね」 「ああ――」 銀嶺が言いかけたとき、エンジンの爆音が近づいて来た。古河沢が音の方向を見る――古臭い形をしたくすんだ色の中型バイクが一台、カフェの前で停止した所だった。 「銀嶺さん!」 キーを回してエンジンを切り、ゴーグルを上げながら銀嶺を呼ぶ――精悍な目つきをした長身の男――相模だった。彼は銀嶺を買うつもりで作った金で免許を取り、中古のバイクを購入したのだった。 「お待たせ!」 カフェオレの代金をテーブルに置き、席を立った銀嶺に向かって相模はひょいと予備のヘルメットを投げてよこした。それを受け取って被り、顎紐を締めながら銀嶺は古河沢を振り返って答えた。 「古河沢さん――申し訳ありませんが私はあなたのお仕事にふさわしくないと思うんです。街娼をしていた時の事を赤裸々に暴いた本がもうすぐ出版されるらしいですから――でも、お話はありがたかったです」 言い終わると銀嶺はバイクの後部シートに跨った。相模はゴーグルを戻して古河沢に軽く会釈すると、エンジンをスタートさせた。 古河沢は二人を見送りながら呟いた。 「暴露本だって?くだらない事を考える輩がいるものだ。それにしても、バイオペットという生き物は、思っていたのとは大分性質が違う……僕はどうやらひどい偏見があったようだ、謝罪しなければ……銀嶺君の事はまた使いたいし。ところで迎えに来た青年は誰だ?同じ事務所の子だろうか。ぜひ二人一緒に撮ってみたいものだ。あのクラシックなオートバイと共に」 ――しかし当然のことながら、古河沢の呟きは既にその場を走り去っていた銀嶺たちの耳には届いていなかった――

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