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第14話(10/22修正)

一昨日の休みに部屋の片付けをしておけば良かった。 充輝を連れて玄関に入ったところで、自室の状態がよろしくないことにようやく気が付いた。 しかしながら、もう遅い。 「あの……ちょっと、いや、かなり見苦しい部屋になってまして……すみません……」 一言詫びを入れてから、部屋の電気を付けた。 忙しさにかまけて、ゴミを捨てるという最低限のことしかできておらず、室内は整理整頓というところまでには至っていなかった。 脱ぎっぱなし、置きっぱなしの物が点在しているが、この際問題はそこではない。 問題なのは、無造作に置かれたままの写真集や雑誌、それに壁を覆うポスターだ。 全てに充輝が写っている。 「………………」 流石に当人も言葉を失ってしまう光景のようで、いっそう居心地も悪くなる。 エアコンの暖房を付け、とりあえず目に付いたものを軽く片付けながら「適当に座ってて下さい」と勧めた。 そのまま逃げるようにしてキッチンへ向かい、熱い緑茶を二人分用意しつつ、深呼吸を何度も繰り返して調子を取り戻す。 そうして戻ってみれば、ローテーブルを前にして相手は行儀良く正座しているではないか。 「そ、そんな硬くならないで、膝を崩してゆっくりして下さい。よければお茶でも」 「ありがとうございます」 「散らかってて本当にすみません」 「いえ……」 充輝はこれまた行儀良く「いただきます」と一言述べてからマグカップを掴み、冷ましながら口を付けた。 「……温まりますね……」 ほっと息をついた彼を横目に見ながら、俺も熱い茶を啜った。 羽織り物や眼鏡も外した男の、上から下までをじっくりと見遣りながら、今一度確かめる。 どこからどう見ても充輝だ。 彼に間違いない。 どうしてあんな所にいたのか。 何でこんな所までついて来てくれたのか。 あの夜のことをどう思っているのか。 そして俺のことをまだ好きでいてくれているのか。 聞きたいことは山のようにあるけど、何からどう話せばいいのかわからなくて、また黙ってお茶を啜る。 「……なんだか……ほっとしたら、急にドキドキしてきました」 照れるように微笑んだ相手はカップをテーブルに置いた。 「今日、仕事でたまたま近くの撮影スタジオにいたんです。それで久保さんと出会ったあの通りのことを思い出して、帰りにちょっと歩こうかなって思ったんです」 彼の緊張がこちらにまで伝わってきた。 俺もカップから手を離し、相手の話に耳を傾ける。 「人がたくさんいて……『これだけいるなら、チラっと久保さんのこと見掛けたりしないかなぁ』なんて考えたりしてて……そしたら、目の前から久保さんが歩いてきたんで本当にビックリしました。心臓が止まりそうっていうか、本当にちょっと止まったかもしれません」 胸を押さえた彼はその時のことを思い返しているのだろう。 冗談も交えながら明るく話をしたい。 笑顔を浮かべた相手からそんな気持ちを汲み取ったけど、どこか無理をしているようにも見える。 充輝をそうやって追い詰めているのが他ならぬ自分で、胸が詰まるような堪らない気持ちになった。 彼の手を取って居住まいを正すと、真っ正面から向き合う。 「俺も充輝さんのことを考えてました」 相手は握られた手と俺の言葉と、どちらに驚けばいいのか戸惑っている様子だった。 素直な反応も可愛らしいと邪な想いを隠しながら、構わず続ける。 「俺も、たまたま会社の飲み会であそこにいました。充輝さんと初めて会った時も飲み会の帰りで、それを思い出しながら、また会えないかなと思ってました」 強く、そう思っていたのだと伝えたくて握る手に力を込めた。 「もし会えたら、謝りたかったんです。自分のことばかり考えて、充輝さんのことを酷く傷つけてしまって、本当にすみませんでした」 「そんな……」 「こんな俺なんですけど……もしまだ、少しでも気持ちが残っていたら……もう一度やり直しをさせてもらえませんか。……あ、正確にはまだ始まってませんでしたけど」 躊躇い、揺れていた瞳が大きく見開かれていく。 「長谷川充輝さんが好きです。どうか、俺とお付き合いしていただけませんか。お願いします」 小さく頭を下げ、思いの丈を全て吐き出した。 返事を待つ間も、掴んでしまった手を離せずにいた。 まるで俺のことを受け入れて欲しいと縋っているみたいでみっともなく思えたけど、情けないところもさらけ出そうと心に決めたのだ。 変に取り繕って、またこの手を失いたくない。 「久保さん、顔上げて下さい」 そう言われて顔を上げると、充輝は満面の笑顔を浮かべていた。 綻ぶような柔らかな笑みを見たのは久しぶりだなと、ふと思う。 「信じられないくらい嬉しいです。あの時……無理矢理キスしようとして、久保さんを困らせてしまって……ずっと後悔してたんです。……応援してくれてる人に、自分はなんてことしたんだろうって」 綻んだ顔が溢れる涙を堪えるように歪んでいく。 やっぱり、あの時のことが誤解されてしまっている。 「充輝さん」 「はい」 「キスしてもいいですか?」 また予想外のことが起こったのだろう。 充輝は目を丸くする。 今度はその可愛らしさに対する下心を隠すことなく、相手の返事も待たずにじりじりと身を寄せていく。 「あの時はとても恥ずかしい話なんですけど、キスをするのも久しぶりで。同性とするっていうのも初めてのことだったので尚更緊張してしまって、つい身構えてしまいました。誤解をさせてしまうような失礼な態度をとってしまって本当にすみませんでした」 「そう、だったんですか……」 安堵するように相手は目を伏せた。 様子を見守るように、そして問い掛けへの返事を待つように大人しく見つめ続けていると、彼も程なくして気がついてくれた。 充輝の目が静かにこちらを見つめ返し、まるで合図をするように瞼を閉じた。 自分から言っておきながら、端正な顔を前にするとやっぱり緊張はしてしまう。 でも、今は彼に触れたいという欲求の方が勝り、三十路男はぎこちなくも唇を重ねた。 柔らかくて温かい唇に触れただけでどうにかなってしまいそうだ。 思春期真っ盛りの中坊みたいな高揚感を抑え込みつつ、ゆっくりと離す。 目を開けた充輝と間近で見つめ合っていたら、茶目っけたっぷりに告げられた。 「今日、結構飲んでたんですか?」 言われて思い出した。 自分で言っていたではないか。 さっきまで飲み会で酒を飲んでいたんだった。 「すみません! 酒臭いですよね!」 慌てて離れようとしたのを、充輝に引き止められてしまう。 「違うんです。そうじゃなくて、なんだか酔ってるところに付け込んだみたいだなって」 「それはないです! 俺は今、完全に素面ですっ! 酔った勢いだとか、それは絶対ないです!」 せっかくここまで辿り着いたのに、またあらぬ疑いを持たせる訳にはいかない。 どうにか信じてもらえないだろうかと懸命に訴えた。 必死の形相で迫ってくる俺が面白いのか、充輝は無邪気に笑う。 「だったら良かった。初めては好きな人としたいなって思ってたんで、本当に嬉しいです」 「……それって…………」 「今時恥ずかしいですよね……この歳になってもキスしたこと無いとか」 とんでもない告白を聞いてしまい、開いた口が塞がらなかった。 嬉し恥ずかしといった調子で告げる相手を前にして、抱き締めずにはいられなかった。 「久保さん……?」 華奢でもなく、柔らかくもない。 細身だけれど体格はしっかりとしていて、紛れもない成人男性だ。 腕の力を強め、実感しながらも愛おしさは募る。 「すみませんでした……そんな大事なものだとは知らずに……」 「あぁ、違うんです。そうじゃなくって…………実は、近々始まる映画の撮影でキスシーンを撮ることになってて。それもあって、何て言うか……間に合って良かったなって」 「……本っ当にすみません……」 「久保さん、苦しい…………」 陽気に話してくれるけど、言葉の端々からどれだけの想いを持っていたのかがひしひしと伝わってくる。 いくつになっても「初めて」というのはやっぱり特別なものだ。 それをこんな状況で奪ってしまっては自責の念にも駆られてしまう。 「そんな顔しないで下さい。俺、嬉しいんですよ、本当に」 優しく慰められるほど、彼を離したくなくなってしまう。 このままもう一度キスしたい。 あわよくば、と下心もムクムクと顔を覗かせる。 「あの……」 「何ですか?」 「今日って、やっぱり帰らないとダメだったりしますか……? そのー、明日の、予定とか……」 「え…………」 無垢な瞳が、こちらの言いたいことを察したようで視線を彷徨わせる。 元を辿れば「時間はあるか」と聞いただけで、やや強引にこんな所まで連れて来てしまった。 互いの気持ちも通じ合って非常にめでたい状況ではあるけれど、逆を言えば部屋に二人きりなのだ。 お互い我に返り、よそよそしく体を離した。 充輝の気持ちが何よりも大事なので、正直に聞かせて欲しいと言葉を待った。 「帰らなくても、大丈夫です。明日は昼過ぎから仕事が入ってるんで……。もしご迷惑でなければ、このまま泊まってもいいですか?」 上目にそう訊ねてくる。 彼の申し出にもちろんだと頷き、見つめ合った俺達はどちらともなく惹かれ合って再び唇を重ねた。

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