2 / 86

亜利馬、職業AVモデル

 俺がゲイ向けのAVモデルになろうと思ったのは、「知らない世界に飛び込んでみたい」と思ったからだった。普通に生活していたら絶対に目指そうとも思わなかったであろう職業。大勢の人達に裸を見られて、セックスしている所を見られて、しかもその記録が半永久的に残るという、リスクだらけの仕事。  誰が好き好んでこんな仕事をするかと思う……というよりも、興味がない人以外はそんな仕事のことなんてまともに考えすらしないだろう。  俺もかつてはその一人だった。高校で友達と遊んで、先生や親に叱られて、それでも勉強が嫌いでテスト前日しか机に向かわない、普通の平凡な学生だった。やりたいことも特になく進学も就職も考えていなくて、卒業後はしばらくのんびり過ごしつつバイトでもすればいいと思っていた。  そんな平凡な運命が変わった、あの日。  俺は友人と訪れた初めての渋谷で、AVモデルのスカウトを受けた。  スカウトの時点で「普通の」タレント事務所だと勘違いしていた俺は、芸能人になってアイドルみたいな活動をして、有名になれるということに果てしない夢を抱いていた。チビで頭も悪く何の取り柄もない自分が、ある日を境に一転スターになる──そんな妄想に胸を躍らせていた。  演じるということに興味があった。ドラマや映画、舞台。演じることで自分ではない誰かになれる、そんな職業に憧れていた。  だから契約したのがAVメーカーだと知った後でも、動揺はしたもののそれほど葛藤することなく受け入れることができたのだ。 「亜利馬くん、シャワー浴び終わったら監督が話したいことあるから来いって」  顔に残ったヨーグルトを低刺激性の洗顔フォームで洗い流し、同じく敏感肌にも優しいボディソープで体を洗い、時間短縮のためのリンスインシャンプーで髪を洗ってシャワー室を出た俺に、アシスタントさんがバスローブを羽織らせながら言った。 「分かりました。何だろ、話って」  高校卒業後からこの仕事を始めて五月にデビューし、約五か月。少しだけ残暑は残るものの確実に秋の気配が近付いている十月一日──今日は俺の「放課後即ヌキ部・2」の撮影が行なわれ、たったいま無事に全てを撮り終えたところだ。  映像を撮り終わってもこの後でジャケット撮影があるから、まだ仕事が終わった訳ではない。シャワーが済んだらすぐ髪を乾かさなければならないのに、それよりも先に話したいことがあるとなると、相当大事なことなのだろう。  駄目だしをされるのかと思って少し緊張しながら、俺はベテランの撮影監督である二階堂さんの元へ歩いて行った。監督という雰囲気に相応しい顎髭を蓄えた二階堂さんは、あまり感情を表に出さない寡黙な人だ。それでも映像に賭ける情熱は凄まじく、現場では絶対にこの人には逆らえない。 「二階堂さん」 「亜利馬か。お疲れ」 「お疲れ様です。えっと、話があるって聞いたんですけど……?」  まだ濡れたままの髪にバスタオルを被せながら言うと、二階堂さんが顎髭を撫でながら俺にいつも通りの無感情な視線を向けて言った。 「実は今、面白い企画の話が持ち上がっててな。ブレイズメンバーが主役の、少し大がかりなドラマメインの撮影をしようという……」 「ドラマッ?」 「ああ。と言っても地上波のそれとは違って簡単な物だし、AVでの取ってつけたようなドラマよりかは真面目に撮るというだけで……」 「やります! やります、絶対やります!」  悉く二階堂さんの言葉を遮って発言する俺を、周りのスタッフが呆れたように笑って見ている。

ともだちにシェアしよう!