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ご飯?お風呂?
「なー、メシが食いたい」
ノートをテーブルの横に置いて頬杖をつく。そんな游太を見て弘樹は笑った。
「足りないのかよ」
「甘いもんじゃ、あんま飯食った気がしねぇ」
お腹の容量というより気分的な問題である。
「まぁそれもそうか。でももう遅いからな」
閉店後の片付けと打ち合わせのために、二十一時も半を回りそうになっている。あまり遅くに食べると明日に響く。
「サンドイッチとホットサンドならどっちがいい」
ランチにするような軽いものを提案された。
「サンドイッチ! 玉子のやつ!」
即答する。玉子のサンドイッチは、ゆで卵を潰してマヨネーズなどと和える、それをパンに挟むだけ。簡単に作れるので弘樹への気遣い……もあるのだが、単に好物というのもあった。
「おっけ。じゃ、風呂洗って溜めてきてくれよ」
「りょーかいー」
ここも分担である。弘樹はキッチンへ向かい、游太は二階へ向かう。風呂も二階。一日の仕事のあとなので疲れてはいるが、気分は悪くなかった。
游太は階段をあがりきって、風呂場へ向かう。風呂は家の規模の割にはそれなりの大きさを持っていた。弘樹がゆっくり浸かりたいと言うので。
それに大きめのほうが二人で入ることもできる。男二人で入るとしたら小さめではあるが、できないことはない大きさ。一人ずつ入ることのほうが圧倒的に多いけれど、休日前には一緒に入って風呂を満喫したりして。
今日は一人ずつになりそうかな、と思いつつ、游太は浴槽を洗うスプレーを手にした。ちょっと前までは浴槽をこするスポンジを使っていたのだが、最近では便利なものがあるのだ。浴槽に吹き付けてしばらく待つだけで汚れが落ちる、というアイテムが。
ドラッグストアでそれが目玉商品として並べられているのを見たとき、游太は即座にカゴにそれを入れた。新し物好きという以外にも、大雑把な性格としては、浴槽をこするという面倒な作業がなくなるのだ。魅力的すぎた。
そしてコレは謳い文句どおり、それなりに汚れが落ちる優秀な商品で。それでも細部まで落ちるわけではないので、たまにはスポンジを使って丁寧に掃除はするけれど、日々の軽い掃除ならこれでじゅうぶん。
今日は『軽い掃除』の日だ。シューッとスプレーを吹いて、待つ間に脱衣所でタオルなどを用意した。
バスタオルを二枚。同じ商品の色違い。茶色と黄色。互いの髪の色を示しているような使い分けであった。それをカゴに入れて、パンツと部屋着も。
自分の部屋着は選べるけれど、弘樹は自分で選びたいだろう。よって、出したのはタオルとパンツだけだった。
そして浴槽にシャワーをかけて洗剤を流す。栓をして蛇口をひねってお湯を出したら、あとは機械任せ。適度にお湯が溜まったら音楽で知らせてくれる。
まったく、便利な時代になったもんだよ、などとじじくさいことを思う。
子供の頃はお湯を溜めているのを忘れて、溜めすぎてしまって浴槽からだばだば溢れてしまうこともあったというのに。家族と暮らしていた、懐かしい子供時代のことだ。
あれもあれで楽しかったけれど。
今、愛するようになったひとと一緒に暮らせるのは別の幸せがある。こういう日常の些細なことからそれを感じられるのも、幸せのひとつなのだ。
そんなことを思いながら、游太は溜まっていくお湯を見つめていた。
あったかいお湯。まるでこの家の空気を表しているよう。ふっと自然に笑みが浮かんでいた。
そこへ階下から声がかかる。
「ユウー。できたぞー」
弘樹の声。
「今いくー」
返事をして風呂場のドアを閉めた。脱衣室のドアだけは、音を聞き逃さないように開けっ放しにしておく。
下ではきっと美味しいサンドイッチが待っている。それに合う紅茶を淹れて夕食にしよう。やっぱりあったかい、二人をあたためてくれるような飲み物をお供にして。
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