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さぁ、どっち?
「どっちがいいかな」
ある日の打ち合わせの議題は『二月の限定メニュー』についてであった。
閉店後の店内。游太の前にはふたつのパンケーキが並んでいた。弘樹が作った、新作パンケーキの試作品だ。両方チョコレート生地の、焦げ茶の見た目をしているもの。なにしろ二月の限定なのだ。バレンタインだ。愛の季節だ。愛の菓子、チョコレートは定番中の定番だろう。
「んー、俺はこっちが好きだけど」
生クリームをたっぷり盛った上にいちごを飾り、ココアパウダーをかけたほうを游太は指差す。甘党なのだ。パンケーキは二人で味見をして、半分ほどになっていた。
「でも、こういうのはチェーン店なんかでよくあるやつだし……ウチは女の子メインの店ってわけじゃないしね。シックなほうが受けるかもしれない」
確かにチェーン店、チェーンのカフェやファミレス……そういうところでもこういう見た目のものはよく見られるだろう。見た目でぱっと、『バレンタイン』を感じさせるものだからだ。
「そうだな。こういうのだったらおじさんも注文しやすいだろうしね」
弘樹もそれを肯定してくれた。
二人が選ぼうとしているほうの見た目は随分大人しい見た目だった。チョコレート生地なのは同じだが、装飾は控えめだ。
チョコレートソースをかけて、端に生クリームをぽんぽんと何粒か飾り、カットいちごとブルーベリーを添えているだけ。見た目は少し地味かもしれない。
けれどそれだけに、折角のパンケーキのチョコレートの味が生クリームの味に消されてしまうことはないものだ。むしろチョコレート好きにもこちらのほうがウケるかもしれない。
「でも甘いのがいいって客もいるだろうから、生クリームを増量可にしたらどうだろう。無料オプションとかでさ」
游太が提案したのは、それ。生クリームたっぷりのパンケーキを好む客もいるだろう。なので、何粒かしか乗せていない生クリームを増やすことができたらさらに需要が広がりそうというわけだ。
「それ、いいかもな。有料だと頼みづらいけど、無料ならね」
弘樹は横にあったノートを引き寄せて、それをメモしておく。こういう、計画を立てるような作業は弘樹がほとんどおこなっていた。几帳面な性格なので。
游太は基本的に、大雑把。どんぶり勘定なのだ。それだから料理には向いていないといえるかもしれない。
そのくせお茶を淹れるときの茶葉や豆の量だの、あるいは店内装飾の微妙なバランスに関してはこだわりを見せる。対極的な性質が同時に内包されていた。
ついでに店の経営自体にもこの役割分担は反映されている。
弘樹の仕事。
店の経営のメイン。資金繰りや書類手続き。
游太の仕事。
店内装飾の計画と作成。SNSやチラシでの広報。
お客に提供するものだけでない。店のその他の業務もきっちり分けておこなっている。基本的な業務、清掃や備品のチェックなどという雑務は二人でおこなうけれど。得意なことはそれぞれ違う。だったらそれを生かした役回りにするほうが効率的だし、お互い気分よくおこなえる。
二人は学生時代からの付き合いであるが、すぐにここへ行きつくことができたわけではない。気遣いから相手の領分に手を出して……当時は一緒に入っていたバイトだったり、やはり一緒に入っていた部活だったりしたけれど……、下手を踏んでしまってかえって喧嘩になったりもした。こういうことができるようになったのも、大人になったからかもしれなかった。
「じゃ、コレの飾り付けはユウが詰めていってくれよ」
弘樹がノートを押しやってきた。店内装飾をするのも得意で好きな游太は、自分では作らないものの、料理やスイーツの見た目を考えたりデザインするセンスも発揮するのである。基本的にそれほど凝っているわけでも、女子ウケ狙いほどかわいらしいわけでもないが(なにしろ賑やかしの客相手ではないので)見目はやはり大切だから。ただ、食材や経費の都合もあるので、そこは二人で相談しつつ進めていくことでもあった。
「おっけー。いつまで?」
ノートを受け取ってぱらぱらとめくりながら游太は訊いた。
「そうだなー、写真撮ってSNS載せるんだろ。それなら完成品が載ってたほうがいいから、週末前には」
二月がもう近い。バレンタイン向けの商品なのだから、早めに載せて集客に繋げたほうがいいに決まっている。SNSの閲覧数も週末が増えるだろうから金曜の夜や、土曜の夜に更新したほうが見られやすいというわけ。
「結構ギリギリだな。ま、ここに基盤があるからすぐできるか」
「頼むな」
これで今日の仕事はおしまい。キッチンや店内を隅から隅まで細かく清掃するのは毎日というわけではないし、日々の清掃や清潔は朝に作業を振っている。よって、夜することはもう特にない。
カフェは二十時までの営業。夕食はそれからになるが、今日はパンケーキがそれにとってかわってしまった。ふたつのパンケーキだ、分け合えばひとつずつ食べたことになるのでお腹はそれなりに膨れていた。
だが游太はちょっと物足りない。食事が甘いものだけというのは。いくら甘党だといっても。
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