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二人きりの寝室で
帰り着いた家。階段をのぼるのに一苦労した。流石に男同士で抱っこしてのぼってもらう……というわけにはいかないので。
よってフラフラしながらも手すりの助けを借りて二階へのぼり、寝室へ直行してベッドにダイブした。ふかふかの布団が心地いい。やわらかさだけでなく、自分と弘樹の匂いがついていて安心するのだ。
ベッドに転がって目を閉じて、游太はぼうっとしていた。
ついてきてくれていた弘樹は戸締りだかなんだかで寝室を出ていってしまっていた。そのことが妙に不安で。別にどこぞへ行ってしまうなんてわけではないのに。
連れて帰ってきてくれたこと。
タクシーの中で握った手があたたかかったこと。
そういうことから安心を感じられたはずなのに、飲み会で感じた気持ち悪さは胸の中にまだ僅かに残っていた。
ああ、乗り切ったけど、やっぱり彼女のいる場所はあまりおもしろくない。
噛みしめて苦い気持ちが広がった。
こんこん、とそこへドアが鳴った。律儀にノックをして入ってきたのは勿論、弘樹。
「大丈夫か?ほら、水」
そちらを見てうっすら目を開けると、弘樹がコップを差し出している。
潰れるほどに飲んだなら、同量の水を取らなければいけない。そうでなければ二日酔いは確実だ。飲まなければいけないことはわかっていたけれど。
「……ちょっ!」
ばしゃっと、そのコップの中身はベッドにぶちまけられていた。弘樹が声をあげる。游太が腕を掴んで引っ張って、コップをベッドの上に落とさせたのだから当然だろう。
しかし水をぶちまけるのが目的だったわけはない。目的は引っ張った先の弘樹に決まっている。
バランスを崩した弘樹がベッドにかたむき、しかし器用にも腕をついて游太を潰すのは回避してくれた。別に潰されたとしても構わなかったのだが。むしろそのほうが好都合、だったかもしれないくらい。
「ちょっと! ユウ、」
弘樹が文句を言いかけたけれど、それにはかまわず游太は弘樹のシャツを掴んだ。自分に引き寄せる。弘樹がもう一段階ベッドに近付いた。
そのくちびるに噛みつくようにくちづける。はっきりとアルコールの香りが鼻を突いた。それがどうにも游太の気に障る。
コーヒーの香り。
パンケーキの香り。
そういう、優しい香りだけをまとっていてほしいのに。
アルコールの香りは弘樹だけでなく游太自身もまとっているのはよく自覚していたけれど、それだって面白くない。
おまけに煙草の臭いまでする。それもこの店とは縁のない臭い。店内は禁煙なので。そして二人とも煙草を吸う趣味はない。
二人の家、二人の寝室。なのにはっきり違和感を覚えてしまう臭い。
そしてそれは『居酒屋全体に漂っていた臭い』のはずであったが、今の游太にはそれだけとは思えなかった。
弘樹と春香が二人でいるときに彼女が吸っていた、あの煙草。あの臭いをくっつけられているように感じてしまう。
ちゅ、ちゅっとくちびるを味わっていく。いつもと同じキスのはずなのに、アルコールの香りが強すぎて弘樹の味も香りもわからない。それに妙にイライラした。
弘樹は勿論戸惑ったろうが、多分、游太のこの様子の理由はわかっていただろう。
だって、初めてではないのだから。
学生時代からこういうことが幾度か起こっている。その原因なんて、今夜起こったのと同じ類のことで間違いない。それは弘樹に非があるなんてことはないし、そのくらいは理解している。
けれど感情はどうにもならない。酒を飲んで理性が薄まっている今では、特に。
「ユウ、駄目だろ」
「なにが」
顔を離されて言われて游太はまた苛立ちを感じてしまう。してほしいことはわかっているのにこう言われたら。
「飲んでるんだから、ちゃんと水飲んで、それで」
「それで、なに? そんなの要らない」
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