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帰りの車内で

「うー……」  結果的に游太は見事に潰れた。テーブルに突っ伏して、意識がふわふわするのを感じていた。  ふわふわはしていたけれど、気持ち良くはなかった。良い酔い方ではない。肉体的に気分が悪い、つまり吐き気などがあるわけではないが心の中が悶々として気持ちが悪いのだ。アルコールが悪いほうへ作用しているのは明白だった。 「あー、もう飲みすぎ」  ゆさゆさと弘樹が肩を揺すってくるのを感じる。呆れた声も。  誰のせいだと思ってんだよ。  不明瞭な意識の中で游太は不満を呟いた。 「ユウ、潰れちまったし帰るわ」  弘樹が言うのが聞こえる。  ああ、こうして当たり前のように『一緒に帰る』と言ってくれるんだ。そのくらい傍にいられるんだ。  当たり前のはずであることを噛みしめる。そうでなければ不安で仕方がない。 「まだ近所に住んでんだっけ」  誰かが弘樹に尋ねるのが聞こえた。  一緒に暮らしているとは言っていない。  だって不自然だろう、カフェのある建物の二階で一緒に暮らしていますなんて。友人同士でしないだろう、そんなこと。 「ん。なんせ職場が同じだからな」  弘樹はそういうことにしてある設定をさらっと答えて、「ほら、立って」と游太を起こしてくれた。その腕があたたかいことをまた確認して、少しだけ安堵する。  ヒロは俺のものだ。あんな女のものじゃなくて。  自分に言い聞かせて、今日見てしまったものの気持ち悪さから上塗りしようとする。 半ば担がれるように店を出て、「じゃーなー」と、みんなが言い合うのに「またなぁ……」なんてへろへろの声であったが、一応顔を起こして挨拶はした。春香のことだけは意識して視界に入れなかったけれど。  解散してもう帰るだけにはなったが、ここから駅に行って電車に乗るのかと思うと億劫であった。よって「タクシーがいい」と言おうとしたのだけど、その前に「お、あれかな」と弘樹が言った。  ぼんやり顔を上げると、まさにこちらへ向かってタクシーが走ってくるところで。弘樹の言葉からして、どうやら既に呼んでくれていたらしい。デキる彼氏……というか、もうパートナー。  游太の顔が、ふにゃっとゆるむ。大切にしてもらっていることを感じさせられて。 「相沢です。……さ、乗って」  停まって開いたドアの奥に名前を告げて、游太を押し込んできた。  されるがままにタクシーの後部座席に座って、ほっと力を抜いた。タクシーの中は芳香剤臭いということも、煙草臭いということもなく、まぁまぁ快適であった。最近のタクシーはほとんどが禁煙なので当たり前かもしれないが。  弘樹が行き先を告げて、すぐにタクシーは出発した。少し揺れるが気になるほどではない。 やっと二人きりに戻れた。安心した游太は隣に座った弘樹に肩を預ける。弘樹がこちらを見るのを感じた。  けれどなにも言わなかった。車の中であるし、運転手だってもう会うこともない人間。ミラーで多少見えていたとしてもかまわないだろう。  暗い中で游太は手を探った。半分眠っていたので無意識の動きだったけれど、弘樹はその様子を感じたか見たかで知ってくれたらしい。  探っていた游太の手が捕まえられる。きゅっと握られた。  そこから伝わる確かな存在感。外はつめたいけれど、飲んだためか手はほんのりあたたかかった。  両方から安堵して、游太は力を抜いた。今度こそ眠りに落ちる。手をしっかり握り返して。  今は真冬。初めて手を触れ合わせたあのときと違って、まったく汗ばんでなどいない。  そしてなにより、今は握られたままで眠ったふりをしなくてもいいのだ。

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