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小さなお客さん

「二月限定のパンケーキとコーラで!」  今日のお客さんは随分小さなお客さんだった。テーブルについて、メニューを見て、すぐにそう言った。  『二月限定のパンケーキ』は決まっていただろうから、飲み物だけを見たのだろう。游太はそのかわいらしい様子に微笑ましく思いながら「了解しました」と言った。小さなバインダーの紙に注文を書く。 「ヒロー、二月のパンケーキ」  客はこの『小さなお客さん』しかいないので、横着をしてホールから注文を叫ぶ。弘樹は苦笑しただろうが「はいよ」と返してくれた。游太はコーラだけを先にボトルからグラスに注いで出す。 「ありがとっ」  小さなお客さんは喉が渇いていたのか、すぐにそれを飲んだ。  今日は日曜。学校も休みの日。  黒くて短い髪、小柄な体格、そして『誰か』によく似た優しい目元。  彼は常連、美森さんの孫なのである。美森 奈月(みもり なつき)という。中学一年生。  今日は「じいちゃんと待ち合わせなんだ」と来てくれた。入るなり、「パンケーキ食べさせてもらう約束してるから、それで!」と嬉しそうに言ってくれたものだ。  美森さんが孫大好きであるように、奈月もおじいちゃんっこのようだ。近所に住んでいてよく家を行き来しているようであるし、何度かこの店にも来てくれていて、游太と弘樹とも顔見知りになっていた。 「美森さんは、今日は将棋会かな」  日曜は将棋の集会が大抵あるのだと聞いていた。それに行っていることが多いのだと。週一の楽しみだよ、なんて言っている。 「そう。午前中で終わるって言うから」  奈月は当たり前のように答えてくれた。 「午後はね、買い物行くんだ。今度、課外学習に行くって言ったら新しいスポーツシューズ買ってくれるって!」  思春期の少年とはいえ、まだ中学一年生。無邪気なものである。課外学習についていくつか話してくれた。  そのうちにパンケーキの焼ける甘い香りがしてくる。そろそろできるだろう。  游太はキッチンへ向かう。ナイフやフォークの準備を整えはじめた。  弘樹は焼き上がったチョコレート生地のパンケーキを皿に盛って、フルーツや生クリームを飾り付けていっている。  二月のこのパンケーキを出しはじめて半月。バレンタインは終わってしまったが、二月いっぱいは出すことになっている。  このチョコレート生地のパンケーキはなかなか好評を博した。狙い通り、男性にもウケが良く、リピートしてくれるお客もいたくらい。チョコレート生地のものもレギュラーに入れようか、と二人でちょっと話した。  そしてもう少ししたら三月のメニューに移る頃だ。  三月だ、春が来る。春らしく華やかなものがいいだろうな、とネットや街中の様子で情報を集めながら游太は思うのだった。  先にテーブルに戻ってナイフやフォークを並べていく。奈月の目が輝いた。甘いものが好きなのだ。  そこへ弘樹が「お待たせ」とパンケーキを運んできた。普段なら游太が運ぶのだが、今日は折角常連さんがきているのだ。弘樹も少し話したいだろうと、游太は敢えて先にホールへ戻ってしまっていた。 「わー! うまそう!」 「生クリーム増量しといたよ」  パンケーキの横には生クリームが、こんもりと。この二月のパンケーキには生クリームは控えめなのだが、奈月はきっともっと生クリームがほしいだろうと思ったのだろう。気の回ることだ。 「マジで!」  奈月の目がもっと輝いた。早速ナイフを入れて、切り取って、たっぷり生クリームをつけてひとくち。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから「うまーい!」と言ってくれた。  游太と弘樹は顔を見合わせて笑ってしまう。テンションや口調はまったく違っているのに、何故か美森さんが重なるような言葉や様子。声もどことなく似ているし、食べ方も似ているのかもしれない。血の繋がりがある存在がいるのは良いことだな、と游太は思った。  普段ならこれほど席に長居することはないのだが、小さなお客さんだ。一人で食べさせるのも気が引ける。よって游太は向かいの席に腰を下ろした。足を組んでラフに座って彼を見守る。  もう少しすればランチの客がいくらか入ってくるかもしれないが、嵐の前の静けさとばかりに店内はがらんとしていた。そろそろ美森さんがくるかもしれない。彼が来たらキッチンへ戻ればいいのだ。 「ゆうた兄ちゃんたちは、バレンタインもらった?」  パンケーキを頬張りながら奈月はそんな話題を出してきた。  まぁこの季節定番の話題だ。游太は何気なく答えた。それがこのあとの空気を変えるとも思わなかったのだ。 「ヒロがガトーショコラを作ってくれたよ」  弘樹がそれに、ちらっと視線を向けるのをまず感じた。  あれ、と思う。  そして向かいの席の奈月もなんだかきょとんとしていた。  それを見て理解した。奈月の発言からの予想として、『女の子、つまり彼女かなにかからもらったか』というものだったのだろう。  それが弘樹の話題である。不思議に思われたのだろう。  しまったな、と思う。大人であれば、さらっと「そうなんだ」と流してくれたり「店の話かよ!」と突っ込んでくれることだっただろうが、まだ子供である奈月にはストレートに違和感だったようだ。  そしてそれはもっとストレートに返ってきた。 「ゆうた兄ちゃんとひろき兄ちゃんが付き合ってるってこと?」

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