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優しい灯りの中で

 サイドボードに置いた間接照明だけがついて、部屋は薄暗い。風呂からあがって寝室へ入ると、弘樹はその近くの椅子で本を読んでいた。  なんの本だろう。  小説だろうか。  それともレシピ本。  それともそれとも、カフェに関する情報誌。  弘樹は本が好きだ。カフェに役立つ情報だってたくさんあるし、単純に楽しいのだという。  游太も文字が苦手だというわけではないし、本も読むのだが、あまり読み漁るというタイプではなかった。コーヒーや紅茶に関する本や参考書は棚にたくさん持っているけれど小説などはあまり読まない。実になるものが好きなのだ。  なので棚にある小説の類は弘樹のものなのである。  今日はその小説の一冊であることを、近くまで寄って游太は知った。  青い表紙のハードカバー。最近よく本屋で見かけるものだ。いつのまにか買ってきたらしい。 「それ、今年の直木賞だっけ」  そのくらいは本屋の店頭で見ていた。中身は読まずともお客や知人との話題に出たとき「ああ、人気ありますね。読んでみたいんですよ」くらいは世間話ができるように。  声をかけた游太を見上げて弘樹は、にこっと笑う。 「そうそう。平積みされててちょっと読んだら面白そうだったから」 「ふーん。どういう話」  游太のその言葉が一応『ほんのちょっとの興味』くらいはあるのだと知っている弘樹は簡単にストーリーを説明してくれた。まだ半分も読んでいないそうだけど。よってストーリーもさわり程度だった。  弘樹の話がひと段落したところで、游太は切り出した。椅子に座った弘樹の肩に手を伸ばす。ちょっとためらったけれど、するっと腕を回した。 「今日は、ごめん」  椅子の背もたれ越しではあるけれど、距離は近くなった。近くなった耳のそばで言うと、弘樹は一拍置いて答えてくれる。 「……ああ。別に悪くはないだろ」  優しいからこう言われるとは思っていたけれど、それで終わらせて良いものかとも思う。 「でもあんまり良くなかったかなとか」 「それは奈月くんによるんじゃないかなぁ」  弘樹は言って、ちょっと游太を振り向こうとする動きを見せた。ぱたりと本を閉じる。 「驚かせちゃったのは確かだけど、知られる機会のひとつだっただけだと思うし。今日のことがなければ知られないままだったかもしれないけど、それはもうわかりやしないし」  すっと手を伸ばされた。游太の手に弘樹の手が乗る。 「それに俺は、ユウとのことを『悪い話題』として扱いたくはないしさ。そのくらいなら悪い言葉をぶつけられるほうがずっとましだ」  言われて游太の喉が、ぐっと鳴った。  穏やかな声で言われるその言葉が、実のところ大きな決意のもとで言われていること。よく伝わってくる。  ここに至れるまでには色々あった。  付き合って恋人同士になったときだけではない。  それから恋人としての喧嘩をしたとき。  卒業して数年後に籍を入れるだのそういう話になったとき。  真面目な話をするときには、大抵こういう話題や問題が出てきたものだ。  それは同性婚という制度ができて、同性同士のパートナー関係を結ぶことが公然とされた今でも、どうしても一歩距離はあることだから。  今日の奈月の反応が示しているように。今の日本ではまだまだ。  その中でも二人で一緒に生きていこうと決めたのだから、こういうときにはちゃんと向き合わなければいけないのだ。 「俺も、そう思うよ」  ぎゅっと腕に力をこめて游太は言った。弘樹の髪に顔をうずめる。ふわんと優しいシャンプーの香りがした。 「でもうまくやりたいんだ。ヒロのことを悪く言われるのはやっぱり嫌だから」  今日うまくやれなかったのは自分であるから。いくら弘樹がこう言ってくれたとしても、やっぱり考えて言わなければいけないことだから。 「そう思ってくれるだけで嬉しいよ」  游太がそうしてくるのをそのまま受け止めて弘樹は言ってくれた。  そこから沈黙が落ちた。でもそれは悪い空気ではなくて。  ちょっと切ないようなものはあるけれど、確かに二人でいられると感じられたのだから。  数分だったろうが、游太にとってはずいぶん長い時間に感じられた。  先に動いたのは弘樹だった。身じろいで、腕を游太に伸ばしてくる。游太の頭に弘樹の手が触れた。 「髪、まだ濡れてる」  そっと髪を撫でられる。サラサラでいつも手入れを欠かさない髪が湿っぽいわけ。  弘樹はわかっただろう。游太の心のどこかに今日のことが引っかかっていたからだと。 「綺麗なんだからちゃんと乾かさないと」  なでなで、とされた手は大きくて優しかった。 「乾かしてやろうか」  言われた言葉は穏やかであったし、今のものはなんの裏も不安もないもの。  それが伝わってきたから游太は顔を上げた。振り向いた弘樹と目があう。  ふっと微笑みを向けられた。游太もつられるように笑う。 「ん。乾かして」

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