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複雑なお客②

 一時間弱。  たったそれだけだったのに游太はすっかり疲弊していた。心が張り詰めすぎていたのだから仕方がない。  時間としては十五時少し過ぎ。ティータイムのお客が増えてきていた。日曜なので、良い日であれば席がいっぱいになるくらいだ。  気遣ってくれて、だろう。堀川が「そろそろおいとましよう」と言って、席を立ったようだ。  春香も意外とあっさりと「そうね」とそれに続いた。  やっと帰ってくれる。  ほっとして、游太はまたそんな自分に嫌気がさした。  一応お客なのにこんな感情。自分の醜さを思い知らされてしまう。  しかし、ほっとできたのは一瞬だった。  入り口近くのレジでお会計をしたのは弘樹であったが、そこでなにごとか話をしているのが見えた。游太はテーブルを片付けてキッチンへ食器を運びかけていたのだけど、弘樹がそれを振り返って「ユウ」と言った。 「ちょっと見送ってくる」  言われた言葉に游太の胸の内が、ざわりとした。  『見送り』。  帰る姿を見て手を振って、であるはずがない。  なにか話でもするのだろう。  胸の内がまた一気に気持ち悪くなってしまう。  それでも無理に笑った。笑ってみせた。 「わかった」  言えたのはそれだけだった。游太の内心なんてよくわかっているだろう弘樹は、表情には出なかったけれど申し訳なく思ってくれることが伝わってくる。まとう空気として。 「じゃ、お邪魔しました」 「瀬戸内くん、また飲み会とかで会おうね」  堀川が小さくお辞儀をして、春香は手を振った。「ええ、お気をつけて」と游太も小さく礼をする。  二人に続いて弘樹も出ていってしまって……ドアが閉まった直後。  ため息が出てしまった。ほんの小さなものであったが、確かに。  やるせなかった。  弘樹を持っていかれてしまうような錯覚が胸を満たす。  そんなことはあるはずがないのに。  大学時代の関係を引きずっているのは自分のほうだ。春香よりずっと、醜く引きずっているのだ。思い知らされて、胸の内が魚のわたでも噛んだように苦くなった。  駄目だ、まだ仕事中だ。  思って游太は無理やり意識を仕事に引き戻した。  そこでタイミングよく「すみません」と呼ぶ声がした。  入っていたお客だ。追加注文かなにかあるのだろう。  ほっとして游太は「はい、すぐ参ります」と返事をして、運びかけていた食器をカウンターに置いて、その席のほうへ向かった。

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