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衝突②
游太は一瞬で悟った。
どのくらい久しぶりかわからない。ぶつかろうとしてしまっていることを。
いつでも穏やかな弘樹がこういう声を出すこと。そういうときしかありえない。
でも游太とて、そう言われるのは不本意だ。大人らしく、必死に気持ちを押し殺していたというのに、そこを暴かれようとしたも同然の台詞なのだ。
「不満じゃない。落ちついて良かったよ」
なんとか収めようと言ったのに、弘樹はかえって顔を歪めた。それも游太の気に障る。
「いいなんて態度じゃないだろ」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
言い返した游太の言葉には、しばらくなにも返ってこなかった。
ただ、腕を握る手に、ぎゅうっと力がこもった。痛いくらいの力。
「俺、結構気ぃ使ってると思うんだけど」
弘樹が『なんとか静かに言おうとしている』という声で言った。
けれど内容が問題だった。游太としては不本意な言葉。
もう誤魔化したり「そうだよな、ありがとう」なんてことは言えない。今は本音を言わなければいけないとき……という以外にも、黙ってはいられない内容だったので。
「気遣ってくれるのはわかるけど、俺だってそうだよ! オトナなんだからなんとか表に出さないようにしてんのに、なんでそれを悪く言うんだよ!?」
游太の言葉に弘樹は黙った。けれど引っ込めるつもりがないのが伝わってくる。
「表に出さないのは俺も同じなんだからな。俺だって同じように感じたりするよ。お前が店で女の子に群がられてなにも思わないとでも?」
「それは今、関係ないだろ!?」
むっとした。唐突すぎると游太には感じられたのだから。
「関係ある! 俺はお前のものなのに、信じてくれてないって伝わってくんだよ。それはもう、ずっとそうだ」
どきりとした。
『俺はお前のもの』という嬉しい言葉と、『信じてくれてない』という非常に理不尽な言葉。
伝わってないのはお前じゃないか。
信じているからこそほかのやつに妬いてしまうというのに。
自分のものだからこそ、ほかのやつが寄ってくるのが嫌だと思うのに。
ごくっと唾を飲んで言った。きっとそれが最後の引き金だったに違いない。
「……そんなの、言われなきゃわからない。勝手に我慢して溜め込んでたのはお前、……っ!?」
腕が急に引っ張られた。バランスを崩しそうになって、游太の心臓が、ひゅっと冷える。
だがそれはまだ甘かった。完全にバランスを崩して、体が落ちる感覚がした。
倒れる、と思ったのだがそれは途中で止まった。ただ、硬いものにぶつかったことで。ぐっ、と喉の奥から痛みの声が生まれた。
「なにす……!」
ぶつかったのは、机。テーブル。
テーブルに叩きつけられた、と理解して戸惑いと怒りが生まれた。こんな仕打ちをされるいわれはない。
そして普段穏やかで、游太に対して優しすぎるほどにしてくれる弘樹がこんなことをしてくるなんて滅多にあるものではない。
今までまったくなかった、とは言わないけれど。
普段、奥に秘めているものなのだ。
独占欲とか、支配欲とか。
それは游太が指摘した通り。溜め込んでしまうタイプなのだ。
それだけにそれが爆発してしまったとき。とても厄介なことになる。今まさにそうなっているように。
「わからないんだよな。じゃあ、わかるようにしてやる」
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