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衝突③
妙に静かな声が背後で聞こえた。
静かな口調にかえってぞくりとしてしまう。良くないことが起こるのなんて明らかだった。
そしてそれは一種類しかなかった。こういうことが起ころうとも、弘樹は游太に手をあげたり絶対にしないので。それがない代わりにこういう手段になる。
思った通り、ズボンのベルトに手がかけられる。手慣れた手つきでほどかれて、すぐにズボンのウエストを掴まれておろされてしまった。かっと、游太の胸に羞恥と屈辱が生まれる。どうしてこんなふうにされなくてはいけないのか。
「ヒロ! やめ……」
言ったとて無駄なことはわかっていた。だからといって、おとなしくされるがままになってたまるかと思う。
もがいて逃れようとしたけれど、しっかり腰を掴まれてしまって動けない。腕がテーブルの上を虚しく滑った。
けれど、奥まった場所に触れるものを感じて、びくりと体が跳ねてその手も動けなくなる。流石にいきなり突っ込まれることはなかったけれど、確かめるようになぞられた。
そして指が入ってくる代わりに前に手を回される。游太の体が受け入れる準備などできていないことを悟ったのだろう。当たり前ではあるが。
自身に手をかけられ掴まれる。この行為とは裏腹にその手は妙に優しかった。
しゅるしゅると扱かれる。直接の性感帯を触られ刺激されれば、男の体は嫌でも感じてしまう。
「うぁ! や、いや、だ……!」
それでも気持ちいいことなんて、今は苦痛でしかない。こういう気持ちで繋がりたくなどないのに。
でも弘樹は望んでいるのだ。
それは確かめたいのか、それで安心したいのか。
游太に言った『わかるようにしてやる』。
本当は、『わかりたい』のは弘樹のほうなのだと思う。こういう形でぶつけてきているのがそれを示していた。
嫌だけれども。
これで弘樹が安心できるのならば。
游太の思考にそんなものがちらりとよぎった。
しかし自身としては望んでいないのは確かであって。
自分の気持ちと弘樹のこと。
どちらを取ればいいのかわからなくなってしまう。
その間にも游太の身は刺激されて、体は強制的にセックスへと持ち込まれかけていた。
「はぁっ、……ん、うぁっ!」
弱い先端をぐりっと撫でられて、頭を快感が貫いた。頭の中がふわふわとしてきてしまう。
ああ、だめだ、と思った。
このままでは流されてしまう。
それでも体は気持ち良くてたまらない。弘樹に抱かれることになどもう慣れ切ってしまっているし、テーブルに突き倒してきた割には游太の身が傷つくようなやりかたはしないでいてくれるのだ。
じわじわと流されていくのを感じたけれど、游太は意識を必死に現状に戻そうとする。ここは店内で、テーブルで、玄関の鍵はかけたとはいえ、セックスをしていい場所などではない。
薄暗い店内に、キッチンの灯りだけがついている。
ほの暗い闇の中。この状況は危機感を覚えるものであったが、同時に確かにぞくりとしてしまった。
背徳感を感じてしまって。
それは恐ろしいものでもあるが、同時に。
認めたくはないけれど、興奮を確かに煽るものでもある。
本意ではないけれど、状況と与えられる快感に游太の体はどんどん高まりつつあった。
くちゅ、と水音がする。先端から蜜が流れだしたのを知って、羞恥に身が燃えた。こんな場所でこんなふうにされているのに感じてしまっていることに。
けれど仕方がないだろう、とも思う。触っているのは確かに弘樹なのだから。
「ひ、っあ、……や、……う、あぁ……っ!!」
ぞくぞくっと背筋が震えたと同時。促すように先端を撫でまわされて、簡単に快感は弾けた。びゅるっと精液が出る。
一旦イッてしまえば力が抜けてしまって、游太はぐったりとテーブルに身を預けた。はぁ、はぁ、と荒くなった息で、なんとかテーブルから落ちないように端に手をかける。
しかし落ちることはなかっただろう。腰を弘樹にしっかり掴まれているのだから。
掴まれているだけではない。次には今度こそ、奥に指が突き立てられた。
ぐちゅっと音が立つ。慣らすものなどないはずなのに。自身が出した精液を絡められたのかもしれない。
「ひ、ぅ!」
それでも刺激は強くて、游太のくちびるから、詰まった声が出た。なんとか声を殺そうとする。そのぶん刺激や、既に生まれつつある僅かな快感は身の中にとどまって暴れる気がした。
奥まで指が押し込まれて、慣れた手つきで慣らされる。ぐりっと前立腺まで抉られて、もう逃げるどころではなかった。ここまできてしまっては完全にスイッチが入ってしまって。無理やり逃げるほうがつらいだろう。
テーブルに掴まって、荒い息でなんとか耐えつつ游太は目を閉じた。
逃げられないなら、拒否できないならもういい、と思ってしまう。
弘樹の安心するようにしてやろう。手荒にされることはないのだし。
優しくもされないけれど。
気持ちの触れ合いは感じられないけれど。
そしてそれは悲しくてならないけれど。
それで少しでも落ち着いてくれるなら。不安が薄まってくれるなら。
游太の気持ちがそんなふうに、受け入れるほうへ振れたのが伝わったのだろう。うしろから、ほっとするような空気が伝わってきた。
やめてはくれない、けれど。
ここまできてやめられないのは弘樹も同じということだ。
どのくらい掻きまわされていたのか。やがて、ずるりと指が引き抜かれた。
ほっとして游太は長いため息をつく。安心するどころかこれからなのはわかっていたけれど。
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