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無人島で恋はできない②
そう言われてしまえば返す言葉は「なんで」しかないのだし、それより先を聞きたかった。弘樹はそのまま続けてくれた。
「ほかに選択肢がないからソイツにしてるだけだ。好きだと思っていたとしても、それは恋って言えるか?」
確かにそう言われればそうである。
『恋』というのは明確な定義がない。
いや、あるのかもしれないが、ひとや状況、様々なものによっていとも簡単に変化してしまうものだ。とてもひとつにはくくれやしない。
その中で、はたして恋とはなんであるか。
無人島がどうのこうのというのは単なる例えであって、弘樹が言いたいのはそれだと游太には感じられた。
「だから、恋はたくさんひとのいる中でしか起こらない。ほかの誰かと見比べて、それでもコイツがいいって選び出すのが恋だから。いやらしい話かもしれないけど、選ぶってそういうことだ」
弘樹の声は硬い。真剣に伝えようとしてくれているのがひしひしと感じられた。
そして、言われた言葉は現実的なもの。
選ぶということ。
人生においては何百回どころか何万回もあるだろう。
コンビニで飲み物を選ぶのだってそのひとつ。
パートナーを選ぶのだって、重みはまったく違っても同じことなのだ。
並んでいる飲み物の中から好きなものに手を伸ばす。
同じように、好きだと思ったひとに手を伸ばす。
そうしてひとは『好きなもの』を手に入れるのだ。
毛布越しに触れていた手が離れた。代わりに、すっと游太の頭の上から覆っていたものがなくなった。弘樹に毛布をめくられたのだ、と理解する。
けれど「やめろよ」だの拒否するつもりはなかった。今なら向き合えると思ったし、話ができると思ったし、なによりまっすぐ向き合いたかった。
游太も応えるように顔を上げる。弘樹と目が合った。
その顔はもう普段と同じ、穏やかなものになっている。
ああ、いつものヒロだ。
游太に安心を与えてくれる、その顔。
ただ、真剣な顔はしていた。それに游太の心もどこか引き締まる。
真剣な顔は崩さないままに、弘樹は游太に手を伸ばした。
頬に触れる。あたたかな体温が伝わってきた。
大きな手で包まれる。游太の心も包んでしまいたいとばかりに、頬がすっぽり包まれて、そして続けられた。
無人島がどうこうというたとえからはじまったこの話の、本題であったであろうことを。
「俺はたくさんのひとに会ったよ。付き合ったりもしたよ。でもその結果、お前が一番いいって思った。恋をした」
硬い目の中にも優しさがある。恋の相手に対する愛しさから生まれる視線だ。そして言われた言葉は游太の胸を熱くするようなもので。
自分に恋をしてくれただけではない。
選ばれることの嬉しさ。
確かにそれは、無人島に二人っきりになったような『運命の相手』といえるものに比べたら、平凡すぎるものかもしれない。
けれど平凡こそがリアルであり、現実に於いてはそうあることが大半であるもの。平凡な出会いであり平凡な恋であったものを、一緒に過ごし、時間や気持ちを積み上げることでそれは『運命』になっていくのだ。
『選ぶ』という行為からスタートするものが、現実の恋。
「それで、選んだ結果の恋だからこそ、他人と比較して気持ちを揺らされるってこともあるよな。それはどうしてもついてくるものだから仕方ない。だからそういうときは確かめないといけないんだ。選ばれたってことを」
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