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無人島で恋はできない
「なぁ、無人島では恋ができないって話、知ってるか」
弘樹の切り出しは唐突だった。
毛布の上からなにかが滑る。
弘樹の手。今はただ優しい。
窓からはカーテン越しにうっすらひかりが生まれつつあった。朝が近付いているのだ。
毛布に潜っている游太には直接見えないけれど、朝の気配は感じていた。
触れ合った体と触れ合わなかった心。
そんなものを抱えた夜は長かった。
あれから二階にあがってベッドに入ったものの、二人とも無言だった。
游太はベッドに潜ってしまってなにも言わなかったし、弘樹はその中に入ってこなかった。触れることもしないで、ただそこにいることだけを、游太は感じていた。
それは気持ちの悪いような、それでいてやめてほしくないような感覚で。
一人にしておいて欲しい気持ちはあるけれど、出ていってほしくない気持ちもある。
くるまった毛布をぎゅっと握って、まんじりともせずに朝を迎えた。
弘樹の気配が近付いたのをふと感じて、次にはぎしりとベッドが鳴っていた。ベッドに座るかされたらしい。游太はちょっとどきりとする。
しかし弘樹の発した言葉は唐突なもの。
無人島?
この状況になんの脈絡もない。
しかも恋ができないとはもっとわからない。弘樹が言いたいことはまるで伝わってこなかった。
游太が困惑するのは感じたのだろう。弘樹のまとう空気がちょっと揺らいだ。
そして毛布の上から撫でられたのだ。
するっと、的確に游太の頭が潜っていた部分を。
毛布越しの手。手つきしか感じられない。それでもその手つきが優しいのは毛布を通り越して伝わってきた。
「男女が無人島に流れ着いて二人きりになったとする」
弘樹は謎の話題を続けた。
しかしやはり游太にはよくわからないものだった。仕方がないのでそのまま聞く。
「男と女が一人ずつしかいないんだから惹かれ合うと思うだろ」
「……」
なにか言おうと思った。
口を開こうとしたけれど、だがそれ以前に喉がひりついていてすぐに声が出なかった。
昨夜からなにも飲んでいないのだ。喉が渇ききっている。
それでもなんとか唾液を飲んで、喉を湿す。言葉を押し出した。
「……そう、なんじゃないの」
出てきた声は掠れていてがさがさしていたけれど仕方がない。返事ができただけでも上出来だと思わなければ。
おまけに游太は毛布に潜り込んでいたのだから、その声すらくぐもって届いただろうけど、それでも確かに届いてくれたらしい。
だよな、と相槌を打ってくれるのが聞こえた。
ふ、と笑みが浮かんだ気配もする。
游太もそれに、ちょっとほっとした。なんとなく、いい方向へ進んでいる気がしたのだ。
話題は謎だったけれど。
無人島に、男と女が放り込まれる状況。
まぁそれは良いとする。例えばの話なのだから。
そして男と女だ。惹かれ合ったとしてもなんの不思議もない。
二人きりなのだ。特に好みの相手でなくても、嫌でも意識するだろう。そして吊り橋効果というものもあるのだし。
「でもそれは恋じゃない」
游太の思考と言葉は、やんわりとだがきっぱりと否定された。
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