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夜のはじまり

 部屋の中は少し散らかっていた。こんなことになるならもう少し掃除や整理をしたのに、と思う。玲也に対してはこんなこと、思ったことなかったのに。  俺は割合綺麗好きなので、見られないレベルまで放置することはないが。 「えっと……シャワー、とか? する?」  玲也がちらりと俺を見た。流れくらいは雑誌やらネットやら色々で見て、知っているだろう。寒い折なので汗だくだということはないが、玲也はともかく俺のほうは入らなければいけない。 「そうだな。先、入れよ」  促して、クローゼットからタオルを取り出して押し付ける。泊めるときはいつもそうしているように。 「じゃ、じゃあ、借りるな」  ぎこちなく受け取って、玲也は風呂へ消えていった。一人になって、俺は、はぁっとため息をついていた。  風呂に入らないといけない理由。  体を洗う以上に、洗浄しておかないといけない、から。そんな直接的な理由は口にできないので、向こうからシャワーを提案されてほっとしたものだ。  別にゴムをするんだから洗浄なしでもできないことはないけれど。  綺麗にしておきたいじゃないか。好きなヤツに抱かれるんだから。  男のシャワーだ。数分で終わるだろう。  俺はベッドを見た。  思い立って、布団を押しのけてシーツをひっぺがす。新しいシーツをやはりクローゼットから取り出してかけなおした。  今のシーツが汚れているというわけではないが、セックスなんてしてそのうえで絡み合えばにおいがつくだろう。  俺の、じゃなくて、玲也の。  使ったシーツはそれ限りにしておかなければいけない。俺がつらいから。  だから比較的新しい、ちゃんと洗ってあるシーツをかけて準備を整える。  あとはローションとティッシュを枕元に。自分でここまでセッティングしていることが不思議だった。したことがないでもあるまいに。  女の子と付き合っているときに、何回か連れ込んだことがある。それはちゃんと付き合っている子だったから別におかしなことでもなんでもない。  けれどそのときの緊張とは比較にもならなかった。そういう女の子のこともちゃんと好きだったはずなのに。  俺がベッド周りを整えているうちに、玲也が出てきた。髪まで洗ったのか湿っているようだ。脱衣所でドライヤーはかけたようだが。 「じゃ、俺も入ってくる」 「おう」  風呂が終わったら、もう逃げようがない。逃げる気はないにしても、逃げたいくらいの不安があるのはどうしようもない。  風呂に入るとお湯を使ったとき特有の、むわっとした蒸した空気と、その中に濃く漂う玲也の香りが襲ってきた。  それだけでも頭がくらくらしてしまう。今の俺には刺激が強すぎた。  それでも服を脱いで、シャワーで顔と体、髪を洗って、そして最後。  ごくりと唾を飲んで、うしろに手を伸ばした。シャワーヘッドを外して、お湯で丁寧に洗う。  洗いながらも不安は拭えなかった。  女の子とは違う。排泄器官なのだ。汚いと思われてしまうのはやはり嫌だ。男同士では仕方がないとはいえ。だからせめて綺麗に。  仕事前にするときよりも倍以上の時間をかけて、奥までしっかり洗った。  お湯をナカから出したら終わりで、俺は、はぁ、とため息をついた。  うしろを洗うということは自分で指を突っ込んで弄るということで。玲也が部屋で待っているというのにこんな行為。これからあちらから触られるというのに、既に気まずい。  しかしあまり待たせるわけには。  俺は風呂を出て、体を拭いて服を着た。裸で出ていくのは、流石に。  髪も拭いて、ドライヤーを使う。その音で気付かれているはずだ。俺がそろそろ風呂を上がること。  きっとあちらだってそわそわしているだろう。目の前にぐぅっと迫ってきて、心臓は喉から出そうだった。それを飲み込むように喉を鳴らす。  まだ少し乾かし方が甘い気はしたが、気がはやって仕方がなく、適当なところで切り上げてしまった。そろっとドアを開けて部屋に戻る。  俺が裸で出てくるのかと思ったのか、どうだか。  玲也はベッドに腰かけていた。さっき買ったゴムを取り出して、律儀に中に入っている説明書なんて読んでいたようだ。初めて買ったのだから当然か。  でもそれを俺に見られて気まずそうな顔をした。 「……おかえり」 「おう」  さっきから俺らしくもない、端的なことしか言えない。こんな事態に直面すれば当然だと言いたいが。 ごくんと唾を飲んで。  俺はベッドに近付いた。するりと玲也の首に手を回す。  コイツにこれほど近くまで近付くのはどのくらい久しぶりかわからなかった。  キスしたい。  衝動が起こったけれど俺はそれにストップをかけた。  駄目だ。キスなんてしてしまえば俺は勘違いしてしまいそうだ。  俺のことを好きだから抱いてくれるのだ、なんて。  だから言う。 「……キスは駄目だから」 「そ、そっか……そういうもん、だよな」  援交の常套句。女子高生の援交モノの漫画やなんかは見たことがあるだろう玲也は、疑いもしなかったらしい。そのまま頷いた。  玲也は知りようもないが、嘘だ。体を売った男にはくちびるだって、なんの躊躇いもなく差し出していたというのに。

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