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バレた秘密③

 意味がじわじわと染み込んでくる。  コイツが? 玲也が? 俺を? 買う?  その意味なんてひとつしかなかった。  俺のことを抱こうということだ。  恥ずかしくなる前に恐ろしくなった。  駄目に決まってるだろう。俺の気持ちが露見してしまうに決まっている。  馬鹿な俺は、そんな恋人の真似事をしたら耐え切れなくなってしまうのだろうから。  でもその申し出はあまりに甘美だった。  だって、妄想ではなくなるのだ。現実になるのだ。 「なんで、買いたいなんて」  やっと言った。 「なんでって……」  玲也が髪をぐしゃぐしゃとかき乱す仕草が雰囲気として伝わってくる。 「なんで嫌か、なんて。……試して、みたい」  お試しかよ、なんて混ぜ返すこともできない。  俺にとってはもっと甘美な誘惑だったから。  このことで玲也が『俺のことを好きだ』とでも言ってくれたらどんなに幸せか。  それなら試してみる価値はあるのでは、ないか?  ただ、それは諸刃の剣でもあった。  「やっぱり違う」とか、あるいは土壇場で「男なんてやっぱり無理だ」とか言われるとか。そうなったら俺の心はきっと壊れてしまう。  ずいぶん長いこと悩んでいた気すらした。実際には一分にも満たない間だっただろうけど。  だって、ずっと望んでいたのだ。コイツに抱かれることを。  そこへ、好きなやつが俺を抱きたいと言ってくれている。それならそれを蹴るなんて。  もう自棄だ。当たって砕けろ。  砕ける可能性のほうがずっと高いにしても、ただ一度でもいい。コイツの腕の中に収まれるなら。  だって『愛してくれなくていいから、俺のこと抱いてくれ』って思っていたのだ。それがまさに叶おうとしている。  それならもう、踏み切ってしまおう。やっぱり違うなんて思われて、俺の恋も心も壊れてしまったらそれならそれでいい。  コイツから離れて、二度と会うこともやめて、そしてたくさん泣いてもうやめにしよう。壊れてしまったって、コイツがいない人生に悔いなんて無いから。 「……俺、高いけど」  言う言葉は震えたけれど、確かに受け入れることを言った。  俺が間接的にOKを出したのはわかっただろう。  が、言った言葉には怯んだような質問が返ってきた。 「う、……どんくらい」  男を買うなんてこと、縁がない玲也が相場を知っているはずもない。  しかしここで「最低諭吉三枚から」なんて言うつもりなんてなかった。金でなんて買われたくない。  『買ってもいいか』なんて言われたのだから、これは俺のエゴ。コイツに抱かれるという行為と事実が欲しいだけ。 「……いいよ。要らない。トモダチ割だ」  死ぬ思いで顔を上げた。酷い顔をしていたかもしれない。  けれど顔も合わせないなんて無理だから。 「……そう」  俺のふざけた言葉に、玲也は混ぜ返さなかった。普段ならなにかしら声を上げてツッコミなりするのに。単に肯定して立ち上がった。 「行こうぜ。お前んちでいい?」 「いい」  こんな展開になるとは思いやしなかった。コイツが俺の部屋に来ることなんて珍しくもなんともないが、まさか抱きに来るなんて。今までそういう展開を望んではいたけれど。  促されるままに公園を出て、俺のバイト先から自転車を取って、引っ張って歩いた。  家に向かう間。俺も玲也も無言だった。  なにを話せというのか。フツウの会話なんてふさわしくない。  けれどこのあとのことについて、生々しい話なんかもできない。  ふと、目の前に明るい看板が映った。コンビニだ。玲也が指をさす。 「寄ってっていいか?」  なにか飲み物でも買うのかと思ったので俺は単純に肯定して、二人で入った。  確かに玲也は飲み物も手にしたのだけど、次に向かったところへ俺は仰天した。それは衛生用品のコーナーだったから。 「あの、……どれが、いいとか」  非常に気まずそうに言われて、かぁっと顔が熱くなった。こんなものを買って使われようとしている事実に。  買ったことがないだろうから当然どれがいいかなんてこともわからないはずだ。しかし買う必要は無いのである。 「う、ウチにあるし」  言ったがばっさり切り捨てられた。 「それ、女の子用か、そういう……のに使うやつだろ。それは、なんか、ヤダ」  またこうやって期待を煽ることを言うんだ。  まるで誠意じゃないか。俺をちゃんと抱きたいという。 「じゃ、それ……」  幾度か使ったことのある一番無難なものを指さす。玲也はそれを手に取り、レジへ向かったが顔は真っ赤になっていた。  こんなものを買うのは初めてなのだから、恥ずかしいのだろう。一応成人なのだから別に買っても不自然ではなかろうが。レジのおにいちゃんも特に無反応。ピッとバーコードを読み取って金額を告げた。  玲也の財布を出す手はおぼつかなかった。あまつさえ小銭を数枚落とす始末。これほど動揺しているくせに。  買ってくれたゴムも、玲也のおぼつかない様子も俺を幸せにしてくれる材料にしかならない。こんな恋人のような真似。  受け入れる返事をして良かったと思う。  一時でもこういう気持ちが味わえただけで幸せじゃないか。このあとなくなってしまおうとも、この瞬間の気持ちはなくならない。 「お、オマタセ」  レジ袋に入れられたそれと、ほかにはペットボトルが二本。 「適当に買っちゃったけど、烏龍茶と緑茶、どっちがいい?」 「じゃあ緑茶」 「ん。押しかけるから奢る」 「そりゃどうも」  コンビニを出たあとは少し会話があった。なんの脈絡もない、買ったものに関する話くらいであったけれど。  マンションに帰りついて、自転車を自転車置き場へ置いて、入り口へ。  毎日通り抜けているオートロックの入り口。なにかどこか、知らない空間に通じている気持ちすら考えながら、俺は震える手で鍵を突っ込んだ。

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