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バレた秘密②
玲也はどっかりベンチに座った姿勢、膝の間で組んだ両手をもじもじと絡めたり離したりしている。言い淀むときの仕草だ。なにかしら、言いづらいことの模様。自分で「ヘンなこと」なんて言ったのだから当然か。
「どうぞ?」
ちょっと茶化すような声音と言い方になったのは、自分の不安感を誤魔化すため。それは玲也もわかっただろうに、俺のそれにかまうことなく、言った。
「お前がさ、その、男に……とか思ったら、俺、なんか」
ごくりと唾を飲んでいた。男に……のあとを濁すのが玲也らしい。
そういうことにまだ縁のない玲也。女の子とのセックスの様子については何度かひけらかすような気持ちもあって話したことがあったけれど、男に関してはあるわけがなかった。黙っていたのに当たり前であるが。
考え考え、というよりは、言い淀み言い淀み、という様子であった。俺はただ待つしかない。
「なんかさ、……女の子とそういうことしてんのは知ってたよ。ていうかお前も話してきたろ。でもそのときは、あーいいなーとか、うらやましーとかしか思わなかったし」
続く言葉。コイツはなにを言いたいのか。
玲也はもじもじさせていた手をぎゅっと握った。
心を決めたように言う。視線はその手に落としていたけれど。
「でも今度のは違った。お前が男に……とか思ったら、なんつーか……すげぇ嫌だった。ムカついた。はらわた煮えくり返りそうだった」
「……は?」
なにを言われたのかわからなかった。
なんでコイツがムカつくところなのか。
そんなの。
かっと顔が熱くなった。思わず玲也から視線をそらしていた。
玲也は下を向いていたから、別に見られていたわけでもないのに。
そんなの、まるで、独占欲とかそういう。
コイビトかなにかみたいじゃないか。
そんな錯覚を覚えてしまったのだ。
俺の行為に嫌悪を覚えてくれた、なんて。
しかし俺はすぐにその思考を否定する。きっとこっちだ。
「そんな、汚いとか思ったわけ」
俺の言葉ははっきり動揺が出ていただろうが、玲也は「違う」と言い切る。
「そうじゃない。お前が抱……、えっと、されてるのが、嫌だとかそういう」
今度こそはっきり言われて俺は黙らされた。
俺が男に抱かれてるのが嫌だなんて。
そんな、間接的に好きだと言われたような錯覚が再び起こってくる。
ちがう。そういうんじゃない。
トモダチだから。そのはず、だから。
必死に言い聞かせる。そうでもしないと自分の都合のいい解釈に傾いてしまいそうだった。
「なんだかわかんねぇけど、とにかく嫌だったんだ」
それが玲也の結論で、感情。言葉は結ばれたけれど俺の頭の中にはただひとつ、言いたいこと、聞きたいことが一気に膨れ上がった。
『なに、独占欲? お前、俺のこと好きなわけ?』
言ってしまえ。
一瞬、湧きおこった衝動。
そうすればなにか変わるかもしれなかった。
そして絶好のチャンスであることもわかった。
トモダチではなくなるのかもしれない。
それに茶化してなら不自然ではないだろう。
でも俺のくちびるは凍り付いてしまったように、そのふざけた混ぜ返しを出すことができなくて。
だって、あまりに恐ろしい。
コイツの気持ちを匂わせるような言葉。
良い意味だったら、そりゃあどんなにか幸せか。
でも玲也がここまで散々言い淀んできたのは何故かと考えたら。
その理由は単純に、『言いづらい』。それだけだと玲也の態度が言っていた。
玲也が女の子に告白するところ、何度か見たことがある。
偶然目にしてしまったり、あるいは悪趣味にも覗き見をしたりして。
そのときも確かに言い淀みはしていた。シンプルに照れの感情で、顔を真っ赤にして。
でも今、俺が直面しているそれは明らかに違っていた。
つまり玲也は。
玲也の心は。
まだ決まっていないがゆえに、はっきり自覚もしていないゆえに、はっきり言えないだけなのだ。
そこに『俺のこと好きなわけ?』なんて聞いたところで、返事は想像できた。
否定か、あるいは『わかんね』だと思う。それは怖いと思ってしまう。
俺が欲しいのは『お前が好きだ』だけ。そんなグレーゾーン、俺にとっては苦しいだけで。
「なぁ」
不意に呼ばれて俺はびくりとしてしまう。
なにを言われるのか。期待から一気に不安へ心臓が冷えた。
俺が俯いているところへ、視線を向けられたのを感じた。余計に顔があげられないじゃないか、と思ってしまう。
どくん、どくんという心臓の鼓動が今は気持ち悪い。一体どんな顔で見られているかなんて、見られるはずがなかった。
そんな俺に、奇妙に落ち着いてかけられた言葉。
「俺じゃ駄目か?」
は?
なにを言われたのかがわからなかった。
は? という言葉すら言葉にならなかったくらいだ。
「だから、俺がお前を買ったら駄目か」
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