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【1時間目】
高校二年生の冬、俺の家にイケメン大学生がやってきた。
「こんにちは。堤 陽向 です」
俺の三つ上だというその男の人は、はにかみながらぺこっとお辞儀をした。
目に飛び込んできたのはそのお洒落チックな髪型。
色はカーキグレージュとでも言うのだろうか、落ち着いた色味でどこか大人っぽい。襟足はソフトに刈り上がっていて、前下がりのマッシュスタイルで毛先にパーマがかかっている。
そして次に目がいった箇所は、その切れ長の瞳。まるで光線でも放ってんじゃないかってくらい目力が強いが、威圧感はない。眉が垂れて柔和な表情だ。
「大稀 くん、ですよね。電話でもお話ししましたが、大稀くんの家庭教師をさせていただく事になりました。どうぞ宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
俺よりも頭一つ分高い身長の彼は、また深々と頭を下げてきたので、俺もお辞儀をし返す。
電話の声を聞いた感じ、鷹揚な人っぽいなぁと思ったけど、予想通りに仕草も丁寧でふわりとしていてとても好印象だ。
この人が、今日から俺の家庭教師……?
当たりだ、とこっそりガッツポーズしながら、胸の中がぎゅんと締め付けられるのを感じた。
なんせ俳優や韓流アイドルみたいにカッコイイ。
「陽向くん、とりあえず上がって! コーヒーにする? それとも紅茶?」
「あ、すみません、紅茶で」
母に促され、堤先生は靴を脱いで上がってリビングに向かったので、俺もその後に続く。
日が昇る前から起床していたらしい母は、いつもの二倍の時間をかけて化粧や身支度をし、モデルルームかってくらいにリビングをピッカピカに仕上げた。
なんで家庭教師の為にそこまで気合を入れてたのか謎だったのだが。謎はすべて解けた。
こんなイケメンだって知ってたら、俺だってこんな色褪せたシャツじゃなくて、ちゃんとした服着て髪も整えたのに。
……って俺は、男相手に何を考えているんだ?
堤先生の目の前に座るのは少し憚られたので、テーブルを挟んで斜め向かいに座った。
母は三人分の紅茶をテーブルに置いて先生の隣に着席し、俺の方を向いた。
「大稀、覚えてる? 陽向くんとは四年前に会ったきりよね。まさかこんなに格好良い大学生になってただなんて、私もびっくりしたわぁ」
「えっ」
母によると、俺はこのイケメンと四年前に会っているらしい。
改めて堤先生をまじまじと見る。
……正直、全く身に覚えがない。本当に一欠片も記憶にないので申し訳なく思っていると、堤先生はなんとなく察したようにニコッとした。
「僕は高二で、大稀くんはまだ中二でしたし、話したのも一瞬だったので無理ないですよ。あの頃とは、僕の見た目もすごく変わりましたから」
「俺と先生って、どこで会ったんでしたっけ」
「渓谷。栃木県の」
「けっ……けいこくっ……?」
澄んだ川の水面が揺れる様子や、魚が泳ぐ姿を思い浮かべた瞬間、あ、と何となく引っかかるものがあった。
中二の初夏、親に連れられてそういう場所に行った事。大自然の中で、大人数でバーベキューをした事。
「お父さんの会社の人たちとみんなで行ったじゃない。と言っても、あなたその時、スマホやゲームばかりしていて全然楽しそうにしてなかったけどね」
母が皮肉っぽく言ってくる。
だが確かにその通りだった。俺はあの頃反抗期で、なんでわざわざこんな所で知らない大人たちと戯れなくちゃならないんだと思って、一人で殻に閉じこもっていた。
その場に行ったのは思い出せたが、堤先生もその場にいて、しかも会話したというのはやはり記憶にない。
先生曰く、話したのは一瞬らしいけど。
「陽向くんは、お父さんの知り合いの息子さんなのよ。いい人が見つかって本当に良かった。陽向くん、大稀の事をよろしくお願いね。ビシバシしごいちゃっていいからね」
調子のいい母が堤先生の肩を叩く。
堤先生はまた人の良さそうな笑みを浮かべて「精一杯、頑張ります」と言って俺の方を見た。
パーツが綺麗に整った顔に見つめられると、同性でもドキッとする。
(やっばい……めちゃくちゃかっこいいじゃん堤先生……)
気恥ずかしくなりながら視線を逸らし、紅茶を一気に飲み干した。
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