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第1話

「いってぇ!」 「あ、ごめん………」 「ごめんじゃねぇよ。何考えてんだよ、お前」 「いや、あの……すごく、いい匂いがして………クラッときて」 「はぁっ!?」 「あ、すみ、すみません!!」 「言っとくけどなぁ!俺はアルファなんだよ!!アールーファーっ!!」 第二次成長期に合わせて、オメガ性は発情期を迎える。 フェロモンを放出させて、耐えがたい自慰に苛まれて、アルファを惹きつける、らしい。 ただ、俺の場合。 この〝フェロモンを放出〟させる、という機能が備わっている、んだ。 ちなみに俺は、アルファで。 第二次成長期で、俺のこの特殊機能に危惧した両親が、何度も何十回と、バース検査を受けさせた。 結果は尽く〝アルファ〟で。 結局、特異体質ということで、俺のこの不可解な機能は片づけられたんだ。 まぁ、実際。 俺はアルファっぽくない。 小さいし、童顔だし。 でもなぁ、中身というか普段見えないとこは、バリバリのアルファなんだぜ?! 体はボクシング・ミニマム級並みにバキバキだし、頭だって試験で二桁順位なんてとったことない。 要は、アルファっぽくない容姿と、四六時中湧き立つフェロモン臭のおかげで。 発情期真っ只中のオメガに勘違いされているんだ。 だからなのか。 しょっちゅう、噛まれる。 同級生から通学途中に現れるおじさんまで。 うなじに限らず、夏場は腕や肩まで。 そんな唯ならぬ状況がほぼ毎日続き、俺は大概、苛立っていた。 俺の体には、無数の噛み跡。 だから、俺はアルファなんだってば!! つい、イライラが積み重なって。 さっき俺の首に、ギチギチに歯を立てやがったクラスメイトの胸ぐらを掴んでしまった。 「っとに、いい加減にしろよ!てめぇ!!」 「……やめろ、手を離せって!睟!!」 「うるせぇ!!噛んだヤツは分かんないんだろうけどなぁ!それなりに痛いんだよ、こっちは」 胸ぐらを掴んだ噛みつきヤローと俺の間に、ガキの頃からつるんでる幼なじみの伊佐美が割って入る。 言われなくても、分かってる! でも、でも……今日という今日は、堪忍袋の尾が切れた。 いや………堪忍袋が爆発したんだ。 どいつも、こいつも!! 小さいからって、童顔で弱そうだからって………。 俺のこと馬鹿にしてんだろっ!! 「各務くん、落ち着いて」 伊佐美とはまた違う。 落ち着いた声が耳に届いて、ほっそりした指の大きな手が目の前に現れた。 手の根元を辿ると、背が高くて、見上げた先には美形極まりない顔がひっついている。 成績も優秀で、スポーツも万能で……取ってつけたかのように、性格までよくて………。 紛うことなき、アルファの中のアルファ。 クラス委員の、落合流水。 その圧倒的な雰囲気に、俺は無意識に生唾を飲み込んだ。 「わざとじゃないんだよ、森くんも。許してやってくれ」 「………わざとじゃなきゃ、許されるのかよ!」 「各務くん」 「オメガが発情して匂い振りまいて、正気を失って犯かしたアルファは『わざとじゃない』って言ったら、許されるのかよ!!」 「………それは」 めずらしく、口籠った落合が困った顔をして怯む。 その瞬間、目の前に差し出された落合の手が、微かに震えるのを確認した。 ………冷静な、落合が。 なんで、こんなに狼狽してるんだ………? 多分、その時だったんだと思う。 自分自身がフェロモンを沸き立たせる違和感以上に、落合に底知れぬ違和感を覚えたのは。 親父もお袋も、小さいからなぁ。 極々普通のベータ同士のカップルに、俺は稀に生まれたアルファで。 身体的特徴は、両親譲り。 俺のその能力は、紛れもないアルファ。 中学生になったら、高校生になったら。 いつかは、世間一般のアルファみたいに、長身でイケメンな容姿に変身するんじゃないかって思ってたんだけど、現実はそうじゃなかった。 遺伝子は、そう極端に変異するもんじゃないんだ。 両親譲りの俺の小さな体に、アルファの能力が宿ると、歪みが生じないわけがない。 だから、こうして。 高校3年になって、卒業を待つばかりの今。 第二次成長期によって大きくなった歪みは、オメガばりにフェロモンを振りまいてしまう特異体質になったのかもしれない。 ………何、より。 噛みつきヤロー達以上に、俺は俺自身が許せないんだよ。 中途半端なアルファみたいな、そんな俺が………一番許せないんだよ。 そして、今日も。 俺をオメガと勘違いした馬鹿なアルファに噛まれた、アルファの俺の体に、噛み跡が増える。 「いってぇ………。アイツ、めちゃクソに噛みやがって………」 「ついてねぇなあ、睟は」 「ついてる、ついてねぇの話じゃねぇよ。マジで」 ウンザリして答えた俺に、伊佐美が笑いながら俺の頭を軽く撫でた。 「でも、あれだな。睟は、オールマイティだろ」 「はぁ?!」 「アルファだけど、オメガの気持ちも分かるじゃねぇか」 「………それって、得か?」 「少なくとも睟は、オメガの感覚が分かる奇特なアルファだよ」 ………そんなん、かなぁ。 正直、不都合は生じていても、得することなんて微塵もないぞ? 「あっ!やべっ!音楽室にスマホ忘れた!!伊佐美、先行ってて!」 「うぃ〜、行ってら」 走って、音楽室にだんだん近づいて。 近づくにつれ、微かにどこかで嗅いだことのある匂いが漂ってきた。 ………本当に、僅かな。 ………俺と………俺が無意識に放出するフェロモンと同じ匂いで。 ドクン、と。 心臓が、大きく深く音を立てた。 俺の残り香、かぁ??? こんなに放出してたら、そりゃ馬鹿なアルファは噛んじまうかもなぁ。 高鳴る心臓と相反するような心境で、俺は音楽室の分厚い防音扉を押し開けた。 「!!」 なんだ?!これ?! 微か、なんてもんじゃない!! 俺の匂いが音楽室に、むせ返るくらい充満している。 ………俺じゃ、ない。 と、同時に直感した。 誰か……いる。 誰か………オメガが、発情してる………!! その匂いに触発されてか、俺からまた、厄介なフェロモンが沸き立った感じがした。 「誰か………いるのか?」 教室の奥、苦しそうな息遣いが俺の耳について。 俺は、その方向に声をかける。 「………くるな!………くるなっ!!各務!!」 ………この、声。 まさか………!! 「………落合、か?」 体が勝手に反応した。 足は教師の床を蹴って、俺の体は軽々と跳ぶように落合に近づく。 「!!」 「………だ…から………くるなって……」 ………落合が、オメガで………発情してる。 アルファじゃ、ないのか?!コイツ!! 俺と、正反対………恵まれた容姿の、オメガ。 品行方正、眉目秀麗の落合が。 真っ赤に顔を紅潮させて、あられもない姿で自分のナニを擦っている。 真っ白な肌が、薄いピンク色に染まって。 その腹の上を、何回イッたんだよってくらい白濁した液体が濡らして。 丸見えになった落合の秘部から、擦れる衝撃でトロッと蜜が溢れ出す。 〝発情したオメガに出会ったら、オメガ専用救急ダイヤルをかけ、近くの大人に助けを求めましょう〟なんて、性教育で習ったことを思い出したんだけど………そんなの所詮、教科書上のことなんだって、改めて実感した。 「………落合、薬は……?」 「発情………初めて……だから………持ってない」 落合の擦る手がみるみる勢いを無くして、やり場のなくなった性欲に落合が苦しそうに身悶える。 ………なんとか、しなきゃ。 落合のこんな姿、他のヤツには見せられない! 落合自身も、見せたくないハズだ!! そう思ったら、勝手に体が動いた。 落合の両手を俺の肩にかけると、右手で落合のナニをシゴいて、左指を落合の中に入れる。 「………替わってやる!俺にしがみついとけ!」 「え……ぁあっ、各務……くっ」 「自分でするより、楽だろ?いいから、気にすんな!!」 「各務……くん……平気………?匂い、平気……?」 「俺と同じ匂い………。そんなのイヤというほど毎日嗅いでんだ。それくらいで、理性がぶっ飛ぶほどヤワじゃねぇんだよ!大丈夫だから!ジッとしとけ!」 真っ直ぐ、落合を見た。 落合も俺を真っ直ぐ見て、その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。 ………苦し、いよなぁ……分かるよ。 だから、ちょっとでも、俺が楽にしてやるから。 俺が、擦るたび。 俺が、落合の中のコリッとした部分を弾くたび。 落合は嬌声をあげて、体をビクつかせる。 とめどなく溢れる落合の熱くて白い液体は、俺の手を濡らして。 だんだん体に力もなくなって、落合の目がトロンとした瞬間。 落合は、俺にしがみついて言ったんだ。 「各務……くん…………あり、がと………ありがとう」 ………あ、あぁ。こんな感じか。 俺に噛み跡をつける馬鹿なアルファの気持ちがわかった気がした。 ………こんな匂いで、こんな顔されちゃ。 噛みたくなる。 独占したくなる。 俺自身、自分の匂いで耐性ができていたからよかったようなものの。 落合の匂いが違う匂いだったら、問答無用でその細い首根っこに噛み付いていたハズだ。 ………でも、落合に感じた違和感が、今。 不等号が等号に変わった、今。 柄にもなく、運命なんてのを感じてしまったんだよ、俺は。 ………いや、マジか?! いやいやいや………え?、マジなんか?! 「………まさか、各務……本当に。………とうとう来たのか?……発情期………?」 「俺んじゃねぇよ!!」 「………あ、そう。………え?、じゃ、伊佐美?」 学習能力がないのか、打たれ強いのか。 相変わらず、俺の周りをチョロチョロする森が、空気を読めないようなコトを言いだすから。 俺は心底、コイツを殴ってやろうかと思った。 ………俺はな、俺はだな、大変だったんだぞっ?! 無心に落合のナニをシコり、落合の穴の中に指を3本程入れること30分。 見てると、触ってると。 落合にキスをしたくなる。 その小さく乱れる声が、俺の理性を刺激して。 落合と………一線を超えたくなる。 っていう葛藤と孤軍奮闘しながらだな。 ようやく落合の発情がおさまり、俺の匂いと同じ匂いが薄くなったのを確認して………。 よく、我慢した………俺。 ………発情を止めた! 悟りを、開いたぞ………俺。 意識を無くしたお姫様のような落合を、王子様よろしく………ドラゴン・スープレックス状態で保健室に運んだ。 ………俺だって、なぁ。 カッコつけて〝お姫様抱っこ〟なんてしたかったよ。 いかんせん体格差がありすぎて、結局プロレス技みたいな格好になって。 そんな俺と落合を見た保健の先生が、目を剥いて絶句していた。 その後、音楽室の片付けをして。 落合が発情によって出しまくった残骸で、汚れた俺の制服と落合の制服を洗っていたらだな。 俺の首をめちゃクソに噛んだ森に見られて………。 俺に一喝された森は、ブツブツ呟きながら立ち去っていったけど………けどなぁ!! ………俺じゃないんだよ!! でも、「落合が…」なんて口が裂けても言えないじゃないか………。 でも、伊佐美なら……いっかな? つーか、森はなんなんだ。 後ばっかつけやがって………まるで、アイツみたいじゃねぇか!! 色々考えると、イライラとムカムカが同時に押し寄せて。 やり場のないエネルギーを発散するかのように、洗っている制服に思わず力が入ってしまった。 「先生、落合の制服………」 「あ、あぁ、ごめんね。そこ、かけといてくれる?」 保健の先生に促されるまま、俺は簡易ベッドの上に固定されたカーテンレールに落合の制服をかけた。 保健室のベッドの上で落合が、死んだように寝ていて、その姿を見て俺はまた、ドキッとしてしまった。 「各務くん、ありがとう。落合くんのご両親には連絡しておいたから」 「………いえ。落合………大丈夫です、か?」 「うん。見つけてくれたのが、各務くんでよかったよ」 ………よかった、のか? まぁ、本能に流されてヤってしまうより。 望まない番になるよりは………よかったのかもしれない。 でも、俺は少し複雑だったんだ。 ………多少なりとも、落合に感じた運命を………アルファとオメガとしての運命を………肯定していいのか、否定していいのか。 ………どうしたら、いいのか。 普段の落合と発情した落合の顔が、瞼に交互にチラつくたび………心臓がドキドキして、苦しくなったんだ。 「スイちゃーん!!とうとう発情したんだってぇーっ!!オレ、嬉しいよーっ!!」 クタクタになるくらい長い一日が終わって。 早く家に帰りたかった俺は、俺を呼ぶこの不愉快な声に反応して歩数を速めた。 「スイちゃん、無視しないでよーっ!!」 無視するわっ!! とことん無視するわっ!! と思った瞬間、後ろからその不愉快な声の主に体当たりをされ、俺は前のめりにもんどりうってしまった。 「っ!……てめぇ!!樫井!!何すんだ!?危ねぇだろ!!つーか、何、人の上に乗っかってんだ!!降りろっ!!」 うつ伏せに倒れた俺に、樫井と呼ばれた男は照れたように笑って言った。 「やっぱ、オレたち。運命なんだね」 んなワケ、あるかっ!! コイツ、樫井翔太は。 オメガ臭を撒き散らすアルファの俺を、〝運命の番〟と言って憚らない、変態アルファだ。 長身でイケメン、俺の中の理想のアルファを具現化したようなヤツで………。 何度も、幾度となく、「俺はアルファだ!!」と言っているにも関わらず、こうやって無条件に襲ってきては、体力的及び体格的に抵抗が不可避な俺を噛みまくる。 そりゃそうだろ。 俺みたいなチビッコが身長190センチのバスケ部エースに敵うはずもないだろうが!! 「今日は一段と………匂いが強いね、スイちゃん。体もなんだか火照ってるし………やっぱり、発情してるでしょ?」 「ち…ちがっ!!離せっ!!どけっ!!」 手首はガッチリとホールドされて床に貼り付けられて、樫井の全体重が俺の体にのしかかり。 樫井の不愉快極まりない声が、俺の耳元でザワザワ音をたてる。 力を入れて寝技を返そうとしているにも関わらず、ビクともしない樫井が、俺のうなじに熱い息を吹きかけた。 ーガリッッ!!! 「………っ!!ってぇっ!!噛むなっ!!噛むなーっ!!」 本日、2回目。 森にギチギチに噛まれた場所を少しずらすあたりが、狡猾な樫井らしい。 ……その、皮膚に食い込む、樫井の歯が………。 いつもとは比べ物にならないくらい強力で………。 ………本格的にヤバい、と思ったんだ。 多分、樫井は落合から移ったであろう、発情期そのものの匂いに反応している。 これは、樫井がぶっ飛んだら………本当に正真正銘のアルファである俺を犯しなかねない………。 「樫井っ!!………っあ、はなっ……離せっ!」 「番っちゃった……?ねぇ、スイちゃん」 うなじから口を離した樫井の冷静な声に、全身の毛穴が泡立った。 俺の両手首を簡単に片手でホールドした樫井は、もう片方の手で俺の体操服の中を弄りだす。 「や……やめっ!!………やめ」 「どうしたの?今日は………。いつもだったら、右ストレートか三日月蹴りをもらうのに………抵抗できないくらい、感じてる………?」 違う………違う………。 体に力が入んないんだよ。 30分間、落合のナニを擦っていた右手は微かに痙攣して、左手も然り。 ………今、気付いたんだけど………。 俺、落合の発情に当てられたかも、しんない。 樫井が言うとおり。 体が微熱を含んで、少し抵抗しただけで息上がる。 ………いつもと、違う…………。 「……っあ、……や………やめ」 「ちょっと………オレ、キちゃってんだけど」 いつもよりギラギラ感が強めの樫井が、俺の体操服を諸々ごと脱がし始めた。 いや……ここ、廊下だし。 それ以前に、なんでおまえとシなきゃらなんのだ!! そう思ったら、無性に落合の顔が見たくなった。 この俺が刹那に感じた〝運命〟を信じたかった。 信じたら、落合じゃなきゃ………突っ込む、突っ込まれるは別にして……落合じゃなきゃ、イヤだって………思ったんだ。 〝各務……くん……〟 落合の色っぽい声が頭に響いだ瞬間、体中に力がみなぎる感じがした。 ードガッ!! 体を鋭く捻って繰り出した右ストレートが、樫井の顎にヒットした。 樫井の体が浮いて、ガラ空きになった鳩尾に三日月蹴りをお見舞いする。 俺よりだいぶ大きな男が、フラ〜と上体を揺らして、そのまま大きな音を立てて倒れてしまった。 「………は、はぁ……や、やった……。初めて、勝った………」 変な達成感と高揚感で頭がクラクラして。 我に返った俺は、脱がされた体操服を慌てて着ると、這々の体でその場から逃げた………卑怯にも、な。 だって逃げなきゃ………あとから、面倒臭いし。 一刻も早く逃げて、早く学校から出たかったのに、足がどうにもこうにも動かず、真っ直ぐ歩くことすらままならない。 ………落合の発情の匂いが、今頃になってぶり返してくるなんて………。 ようやく靴箱まで辿り着いて、自分の靴に手をかけた瞬間。 視界が、グラッと………した。 ………ヤバ…いなぁ………もう、無理………。 って思った瞬間、俺の目の前は真っ暗になったんだ。 目を覚ましたら、あたりはすっかり薄暗くて、俺は慌てて飛び起きた。 どこだっ!!ここは、どこだっ!! ん?! 見慣れた、風景だ、ぞ??? この残り香………俺と匂いに胸がギュッとなるのは………さっきまで落合が寝ていた保健室のベッドに自分自身が不思議だったけど。 ………ベッドに残る落合の感触と、残り香。 なんか不思議な、感じがする。 近いのに………近くに、感じるのに………すごく、遠い。 「あ、各務くん。目ぇ覚めた?」 保健の先生がカーテン越しに声をかけた。 「はい。すみません」 「早く帰った方がいいかもよ?」 「え?」 「隣、樫井くん寝てるから」 「!!……は、はいっ!!帰ります!!今すぐ帰ります!!」 荷物をかき集めるように両腕に抱えて、俺はまっしぐらに校門へと走って学校の外に出た。 ………樫井とか。 会うのも喋るのも、無理ゲーだろ。 今日一日が、今までの1か月をギュッと凝縮したような、そんな濃い一日で。 校門を出ると、一気に疲れが出てしまった。 「各務、くん」 「………わっ!!…落……合?」 気の抜けた頭で急に話しかけられて、俺は猫みたいに体をビクつかせた。 と、同時に。 聞きたかった声の主に、俺の心臓が飛び上がる。 「今日は、ありがとう。ちゃんとお礼とか言えなかったから………。本当、ありがとう」 「いいって。困った時はお互いさまだろ。………ってか、もういいのかよ、体」 「うん、緊急抑制剤打ってもらったし。薬も処方してもらったから」 「よかった」 「あの………、各務くん」 少し見上げるくらいに顔の位置がある落合と目が合って………妙に、照れ臭くなって視線を逸らしてしまった。 ………いや、相手は落合だぞ? ………男だし、委員だし。 でも、オメガで………ちょっと気になるから。 いやいやいや………でも……俺じゃない、みたいに。 心が乱される、落合を見てると………平常心じゃいられなくなるんだ。 「今度よかったら、うちに来ない?」 「へ?」 いつもキリッとしていて柔らかな表情すら見たことなかった落合の笑顔に、俺は不意打ちを喰らって変な声を上げる。 「お礼、したくて。………親も、お礼が言いたいって………」 「そんな、大げさな」 「いや。あの時、音楽室のドアを開けたのが各務くんじゃなかったら……って、そう思うと。………本当、ゾッとして。言わば、命の恩人だよ」 「………そんなに、言われると。……照れ臭くなるし」 決して………運命を意識したからじゃない、ぞ? 普段より、色っぽくキレイに見えるのは……俺が、アルファだからってわけじゃない、ぞ? なんとなく。 今の段階では口に出したり、態度に出したりは出来ないけど………多分、俺。 ………落合が、気になる存在に……なったかもしれない。 ………多分、な。

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