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第2話
「スイちゃーん!今日も運命感丸出しでかわいいねーっ!」
朝っぱら冴えない頭で登校していた俺は、一瞬、油断してしまった。
後ろから両肩をガッチリ掴まれ、唯一露出している首筋に熱い吐息がかかる。
ガリッー!!
「……ってぇ!!何すんだよ!!樫井!!」
「今日もいい匂い。やっぱ、スイちゃんは俺の運命だ」
樫井、お前の朝の挨拶………。
世間一般的には、フレッシュみなぎるさわやかな朝にも限らず、挨拶といったら「噛みつく」というのが、お前のスタイルなのか?!
そして、また。
俺の体に噛み跡が増える………。
本当、マジでいい加減にしてほしい。
昨日、俺に殴られ蹴られしただろ、おまえは?!
まさか、忘れたのか?!
打ち所が悪くて、忘れたんじゃないのか?!
そう思うと、「やべぇ、やっちまった」感がジワジワ湧き上がって、少し体が硬直して震えた。
………樫井が、これ以上バカになったらどうしよう。
………バカを通り越して、記憶喪失とかになっていたらどうしよう。
「昨日は、あとちょっとだったのにな。惜しかったな………次は、容赦しないよ?睟」
耳元で、樫井が囁く。
チラッと見えた樫井の顔が、いつになく真剣で。
それでいて、目を離せなくなるような、余裕綽々な笑みを浮かべている。
樫井のアルファの本能を、見た気がして………全身の血が、凍ったようにスーッとした。
「じゃ!またあとでね!!スイちゃん!!」
「……お、おう」
………あんな、樫井の顔……初めて見た。
いつも全種類の女やオメガの男をはべらせて、チャラチャラしたバスケ部のエースの樫井の……。
アルファの本能、剥き出しの顔。
あんなの、同じアルファでも………樫井が本気出したら、絶対に敵わないと思ったんだ。
………でも。
「………んがっ!!」
俺は、腹に力を込めて気合いを入れた。
そして気合一発の声と共に、両頬をパチンと掌で叩く。
………負けるもんか!!
樫井なんかに、ヤられてたまるかっ!!
〝引くな!負けるな!諦めるな!〟って、いつも母さんが言ってんだろ!!
………それに、さ。
俺は、樫井以上に落合のことが気になるわけで。
落合のコトがもっと知りたいし、みんなの知らない落合の顔をもっと見てみたいし。
だから、俺は!
噛み付いてくるバカなアルファになんて、かまってられねぇんだよ!
「やーすっ!」
「……おはよう」
昨日最後に見たかわいかった記憶の落合とは、打って変わって。
教室に入ると、いつもの冷静な落ち着きのある、クラス委員としての落合がそこにいた。
それでも俺には、今日の落合はいつもと少し違って見えたんだ。
……目を合わさず、顔が少し色味を帯びて。
恥ずかしそうな顔を必死で隠そうとする落合に、俺の心臓は小さく振動する。
………なんだこれ、ツンデレってヤツか?
やべぇ、よ………落合、かわいすぎんだろ……。
「あ、あの……各務くん」
「な、なんだよ」
「これ………」
「?」
「母さんが……持っていけって。マドレーヌ焼いたから」
「……お、おぅ、サンキュー」
「今日、とか……家、来られる?」
「………今日は、ちょっと」
「………そっか」
あからさまに。
昨夜の表情豊かな落合みたいに。
俺が暗に断った言葉に、落合が傷ついた顔をして俯いた。
身長や骨格は俺より恵まれていてる落合を見上げる形でそんな表情を見た俺は、せっつかれたように言葉を発したんだ。
「……じゃあ……俺ん家、来る?」
「え?」
「今日はどうしても家に帰んなきゃいけなくて。でも……!……俺、落合のこと、もっと知りたいって思ってて。………こういう、上品な菓子はウチにはないけど、煎餅と玉露くらいならあるから、さ。今日、食べに来ねぇ?」
………我ながら、なんつーガキっぽい……いや、ジジィ臭い誘い方をしてんだろうって、喋りながら思った。
煎餅と茶で、気になるコは釣れねぇだろうよ、俺。
「……行く」
「へ?」
少し表情を崩して笑っている落合の予想外の返答に、俺は不意打ちを喰らって変な声を上げる。
「行って…いいかな?」
「……お、おぅ、おぅ!もちろんだよ!!じゃあ、昨日の校門どこで待ち合わせようぜ!」
「うん、わかった」
そう言って笑った落合の顔が、昨日、あのグッと胸を掴まれたあの笑顔そのもので。
ほんの微かに漂う俺と同じ匂いの導火線に、俺しか知らないと思われる笑顔が起爆剤になって。
つい、つられて俺も、笑ってしまった。
それからというもの。
無意識にニタついては、「睟、おまえ気持ち悪りぃよ」と伊佐美にツッコまれても。
森がいつもの如く血迷って俺に噛み付いても、「またぁ、森。いい加減にしないとコブラツイストかけるぞー?」なんて満面の笑みをたたえながら穏やかな口調で言って、いつもとは違う恐怖感を覚えた森を震え上がらせたりしても。
俺は、終始浮ついていた。
浮ついていた単純な俺だけど、樫井だけは本能的な危機感を抱いているらしく。
樫井の気配を獣のように察知して、華麗にスルー
できる能力まで開花する。
運命とか、そういうのって信じてなかったけど。
そういう、気持ちの支えというか、心が刺激を受けただけで………こんなにも無敵になるなんて。
………雄雌関係なく、アルファやベータ、オメガとか関係なく。
純粋に、人ってすげぇなって思ったんだ。
『ブレーンバスター!!決まったぁ!!』
『肩を掴んだ!掴んだ!決まるかっ!?炸裂!!パイルドライバーっ!!』
古い引き戸タイプの玄関を開けた途端に、居間から響き渡るプロレス技の声が、落合の体をブルッと揺さぶらせて硬直させる。
………悪いな、落合。
これ、うちのだいたいの日常だ。
「各務くん……これ、何?」
「あぁ、母さんが仕事で見てんだよ。プロレス」
「仕事……?プロレス……?」
「………ドン引きだろ?」
「いや……僕……見たことないから、プロレス」
「普通は、そうだろうな」
右手右足が一緒に動きそうなくらい、カチコチに緊張している落合を家にあげて、俺は居間のドアを開けた。
「母さん、ただいま」
タブレットを握りしめた小さなオバさんが、50インチのテレビの前に陣取り、映し出されるプロレスの試合を食い入るように見つめている。
俺たちの気配に気付いだ小さなオバさんこと、俺の母さんは、振り向いて少し驚いた顔をした。
「おかえり、睟。いらっしゃい……あらぁ、キレイなコねぇ………お友達?」
「うん、同じクラスの落合」
「そう!いらっしゃい!ゆっくりしてってね!」
「……はい。ありがとうございます」
「ちょうどよかった!
今からスターダストの取材に行ってくるから!
瞑がヒール役で試合に出るかもしれないから、ガッチリ見てくるね!!」
「おぅ、瞑に頑張れって言ってて」
「あぁ、落合くん。
お構いもしないでごめんなさいね!
私、今から仕事なのー!
睟、玉露は冷蔵庫、煎餅は棚の中ね!
あとカレーの準備はしてあるから、カツにするなりオムにするなりして食べて頂戴。
お父さんも『研究室にこもる』って言ってたから、ひょっとしたら帰ってこないかも。
眶は勉強で、椎は練習で遅くなるから、ちゃんと戸締まりしなさいよ!
じゃ、行ってくるわね!
落合くん、また今度ゆっくりね」
小さい体以上のエネルギーを発散させて機関銃のように喋り、ホイール・ローダーのように音を立てながら、母さんが出かけていった。
「各務くんの………お母さんって……?」
豆鉄砲を喰らった鳩みたいな、呆気にとられた顔をした落合が、消え入りそうな声で呟いた。
「プロレス雑誌の、記者ってヤツかな?」
「!!」
大きく見開かれた落合のスッとした切長の瞳が、目ん玉が飛び出るんじゃないかってくらい、より大きく見開かれたのは言うまでもない。
ごくごく普通の遺伝子学の研究者であるベータの優男と、体力オバケで駆け出しのプロレス記者であるベータのプ女子が出会って恋に落ちた。
2人は4人の子どもに恵まれて、一人目と三人目のベータの子どもはプ女子である母親の影響を受け、プロレスの世界へ飛び込み。
二人目のベータの子どもは研究者である父親の英才教育により、医学部に進み。
四人目の。
末っ子のアルファの俺だけがどっちともつかず、根無草のようにフラフラしているんだ。
プロレスも、勉強も、どっちも好きだけど………果たして、本当にそれがやりたいのか分からなくて。
カッコよく言えば〝自分探し〟をしていて。
その延長と惰性で、大学に進学を決めたようなもので。
アルファとして人の役に立ちたいのに、オメガの発情みたいに匂いを振りまく特異体質のせいで、バカなアルファに噛みつかれる日常に………。
俺自身が俺自身にウンザリしていた矢先、俺は落合の………発情期に出会した。
……その瞬間、俺の中で錆び付いて動かなくなっていた歯車が、急に動き出した気がしたんだ。
「昨日さ、落合が言っただろ?『音楽室のドアを開けたのが俺じゃなかったら……そう思うとゾッとして。言わば、命の恩人だよ』ってさ。俺も……落合に、お礼が言いたかったんだよ」
煎餅をボリボリ食べながら、玉露をすすって言う雰囲気ではないけど。
同じ動作をするにしてもこんなに違うんかってくらい、上品に煎餅を食べて、キレイな所作で玉露をすする落合に言った。
「俺、今まで何がやりたいってのがなくて。なんとなく薬学部に進路を決めたけどさ。落合のおかげで、なんか見えてきた気がした。………俺、オメガの人も、アルファの人も発情期で苦しまなくてすむような薬を開発したい」
「………よかった。………でも、各務くん」
自己完結、自己満足で言い切った俺に、いつになく熱っぽい声で落合が口を開く。
「各務くん……睟は、僕に何も感じなかった……?」
「へ?」
目が充血してるみたいに、顔がリンゴみたいに真っ赤になって、声を絞り出すようにいった落合に、俺はまた、不意打ちを喰らって変な声を上げた。
「僕は少なくとも、睟に運命を感じた……。
睟は僕の運命の番だって………。
ねぇ、睟……睟は、僕に運命を感じなかった……?」
そう言って、落合の頬を涙がつたった瞬間、落合は飛びかかるように俺を押し倒す。
急なことで避けきれなかった俺は、無垢材の板の間に頭をぶつけて、「いてぇっ!」って思った時には、首筋に別の痛みが走っていた。
「……っあ“ぁっ!……噛むなっ………噛む……な」
落合が……俺を噛んでる………。
樫井のそれとも、バカなアルファたちのそれとも、全然違う………感覚。
噛んだところが、燃えるように熱くなって………一気に視界がグニャッと歪んだ。
「……あっ、ぁぁあっ………睟……睟………噛んでぇ……」
落合の嬌声で、俺はハッとした。
落合に噛まれて、意識がハッキリしなくて……。
気がついたら、俺は落合を組み敷いていた。
制服が淫らにはだけて、落合の上気した白い肌が目の前にあって。
俺のノットまでギンギンに勃ったナニが、落合の中を激しく貫いて。
落合の溶かされそうになるくらい熱い中は、俺のノットまで咥え込んで、俺を逃さない。
………な、なに……やってんだ、俺!!
「落合っ………」
かろうじて戻った少しの理性は、俺のアルファとしての本能にこてんぱんにやられて。
止めなきゃなんないのに………止められない。
落合を抱きたい……。
落合を、俺のものにしたい……要は、噛みたい。
俺にしがみついている落合は、俺が落合の奥まで突き上げるたびに、よがって、腰を振って、俺を中から締め付けて………オメガの本能で、俺を離さない。
「………睟……流水って………よんで」
「………ご、ごめっ………俺……止まんなっ……」
「いい……いいの………いい、から…………噛んで……噛んでぇ………」
落合の香りが、より強くなって……。
同じ香りである俺の匂いも、体の中から湧き上がってくる。
お互い、この匂いに酔ってんだ。
酔って、理性がぶっ飛んで………本能で、互いを求め合って………。
俺は、落合の………流水の言葉に従うしかなかった。
腕の力を最大限に使って、流水の体を引き起こす。
そして………。
流水のうなじに、歯を立てた。
歯が皮膚に食い込んだと同時に、微かに血の香りと味がして、俺はさらに歯に力を入れてしまった。
「あぁーっ!!……っあ、………あぁ、あ……」
流水の体が弓形にしなって、体が快感を伝えるように小刻みに震える。
………なんという、高揚感。
全身が喜んでる、全身が震えてる………。
俺はうなじから歯を離すと、その快感を確かめ合うように、流水にキスをした。
「………流…水」
「………睟…睟」
同じ香りが俺たちを包んで、同じ熱量が俺たちを繋ぐ。
………初めて、実感した。
俺、アルファなんだって。
「このたびはっ!!うちのバカ息子が、大変申し訳ございませんでした!!」
母さんに後頭部を鷲掴みにされて。
小さなオバさんとは思えないような力で、そのまま床に俺の頭を叩きつける。
ガゴォッ!!
と、すごい音がして。
俺のおでこから煙が出るんじゃないか、ってくらいの衝撃が走った。
……母さん、ここは人ん家なんだよ。
人様ん家をぶっ壊すような勢いで、頭突きをしたらマズイんじゃねぇのか???
こういう状況になってしまったのには、ワケがある………と、いうか。
俺と落合……流水が、まだ高校生という身分にもかかわらず、ヤリまくってしまった結果、番になってしまったから。
俺ん家で、まるで漫画のようなアルファとオメガそのまんまの感じで、イタして、番って、ほぇ〜ってなっている時に………。
間が悪いことに、父さんと眶が帰ってきたんだ。
あの……時が止まった感と、居心地の悪さは忘れようにも忘れられない。
多分、一生、忘れない。
その瞬間。
マッパの俺と流水は、「ぎゃっ」と短く悲鳴を上げると、思わず抱き合って。
真面目一直線の父さんと眶は、阿鼻叫喚し。
まさに、カオス………。
まさに、地獄と化してしまったんだ。
そんな混乱を巻き起こした状況が、各務家のラスボスである母さんの耳に入らないはずがなく。
その行為は、いくら運命に導かれたアルファとオメガの正当な行為だったとしても。
曲がったことが嫌い、順序を重んじる、ド体育会系の母さんの逆鱗に触れたんだ。
パンツ一丁の俺に対して、三角絞めをしてその後、腕固めで俺の戦意と反抗心を奪った母さんは、ダイビング・ボディプレスで俺にとどめを刺した。
こうして。
母さんは文字通り引きずって、身も心もヨロヨロな俺を流水ん家に連れてきたんだ。
床に頭突きをかました俺の横で、母さんが床に顔を擦り付けんばかりに頭を下げる。
「あのぉ……各務さん、そんなにされなくても……」
「いいえっ!おたくの大事な息子さんに、こんな大それたことなんかして!!世が世なら、打首獄門なんです!!本当、なんてお詫びをしたらいいか」
流水によく似た優しげな印象の流水のお母さんのか細い声が、龍の咆哮のような母さんの声にかき消される。
「あの、睟のお母さん……」
人ん家でも機関銃のように喋り、ホイール・ローダーのように騒がしい母さんを、流水が静かに止めた。
………響く、耳に心地いい低音が。
キャンキャン喚く母さんの言葉を、有無を言わさない雰囲気で止めて………。
俺は、頭を床に擦り付けたまま、その流水の声に耳を傾ける。
「僕が、睟を誘って……。
僕は、睟と番になりたかったんです。
………だって、僕は……お母さまは信じがたいでしょうが、僕、睟と運命を感じたから。
お母さまがおっしゃることもわかります。
親のスネをかじっている分際で、こんなことをしたなんて………怒られて当然です。
でも!僕は後悔していません!
今はまだ、経済力もないし何も持ってない、睟に何もしてあげられないけど………ちゃんと大学に行って、一人前になったら、睟と籍をいれるつもりです!
僕は絶対に、睟を幸せにしますから!!
だから、お願いします!!
僕たちのことを、認めてくださいっ!!
お願いします!!」
………つーか、さ。
その言い方、さ。
まるでプロポーズなんじゃねぇの???
さらに付け加えるとしたら、夫・流水、嫁・俺の図式が出来上がっているように思える。
………いや、俺、嫁か???
「と、本人も申してますので、どうぞお顔を上げてください。各務さん」
「本当、できた息子さんでいらっしゃるぅ!流水くん!本当にうちのバカ息子で、いいの?大丈夫なの?」
「うちもこんな大胆のこと、するなんて思わなかったので………よっぽど睟さんが好きなんでしょうねぇ」
「いやいや、うちのバカ息子には勿体ない!!」
母親同士がなんとなく打ち解けて、空気が少し緩んできたけど、俺は頭を上げることができなかった。
だって………。
こんな状況にめたかかわらず、俺はつい、ニヤついてしまったから。
だってさ、嬉しいじゃんか。
家族以上に、俺のことをこんなに好きで、こんなに思ってくれている人が、この地球上にいるなんてさ。
運命とか縛られた理由より、奇跡に近いなって。
………だから、さ。
母さんにこてんぱんにやられても、目から火が出るくらい怒られても。
………全然、平気だ。
全然………へこたれない!!
その前に!
こんな誓いをたててくれた流水を、俺は一生守ってやんなきゃって思った。
母さんと、瞑、椎直伝のプロレスで、身体的に流水を守ってあげる。
父さん譲りで眶ににている真面目さで、流水の笑顔と心を守ってあげる。
………そして、流水より先に絶対死なねぇって、誓ったんだ。
俺は、頭を上げて言った。
「俺は全力で流水のそばにいるからなっ!!」
決まったって思った瞬間、「一丁前に偉そうなこというなっ!!」と人ん家でキレた母さんに、俺はサソリ固めを決められたのはいうまでもない。
まぁ、公認って言うんだな。
先にヤって番になっちまったけど、親も認めた仲ってのも悪くない。
ただ、学校では内緒にしておくことにした。
まぁ、コレは。
オメガをカミングアウトしたことによって生じる、流水の生きづらさを考慮して。
噛み跡だってアルファの俺にも、オメガの流水にも噛み跡がついてるから、「アイツもどっかのバカに噛まれたのか」ぐらいで終わって。
………まぁ、なんだ。
順風満帆っていうんだろ?って思ってた。
あの日までは。
あの日、放課後俺は一人で英語の強化補修を受けてて。
すっかり暗くなった外を横目に、廊下を歩いていた。
「スイちゃーん!」
俺と流水が番になっても、樫井だけは相変わらず通常運転で、やっぱり隙あらば俺に噛みつくし、ベタベタつきまとう。
「いい加減にしろよ、樫井」
「だってさ、最近。スイちゃん、匂いが強いから発情期来ちゃったんじゃないかってさぁ」
………これは、間違いなくあってる。
自覚だってある。
流水と番になった途端、俺の特異体質はより過剰になってしまった。
匂いが分からなくなった流水に対し、俺の匂いは強くなる一方で。
結果、よってくるバカなアルファが倍増した。
従って、俺は毎回毎回、腕固めでそれらのバカを駆除する。
でも、俺でよかったんだ。
流水じゃなくて、流水がそういう目に合わなくて本当によかったと思った。
だって、マジでめんどくさいもんな。
「ってか、マジで噛むなって!!いてぇんだよ!」
「噛まないって方が無理……。と、いうかさ」
この前のように、樫井の唇が俺の耳に近付いて、その熱い吐息が皮膚にふれる。
「番に、なったんだ……睟」
ドクン、と心臓が張り裂けるんじゃないかってくらい大きく音を立てた。
脊髄反射的に右手の拳を握りしめ、そのまま樫井の左頬にストレートをくりだす。
いつもならヘラヘラして俺のストレートを避ける樫井が、真剣な眼差しのまま俺の手首を掴んだ。
ギリギリ、手首を締め付ける樫井の握力が、ビックリするほど強くて………サーっと血の気がひいた。
「なっ……!!何言ってんだ、樫井っ!!」
「睟の〝運命〟はオレなのに、何勝手なことしてんの?」
「…離っ………離せっ!……」
抵抗すればするほど、樫井の手が俺の手首に食い込んで、有り余るはずの俺の体力まで消耗していく。
樫井は、俺の右手首をグッと引っ張ると、コンプレックスの塊である小さな体に腕を回して、動きを封じたんだ。
「おまっ……いい加減にっ!!」
「……女でも男でも、アルファでもベータでもオメガでも!!睟が他人のものになるなんて、絶対に許せない!!睟は……睟は……俺のモンだっ!!」
俺の背骨を折らんばかりに締め付け、さながらライオンに捕食される一歩手前のインパラみたいに。
………肺が圧迫されて、苦しくなる。
体が………軋んで、悲鳴を上げる。
「…っか、は!!………か…し……い……。かし……」
「………オレんだよ、睟は。オレんなんだよ!!」
樫井が腕に力を入れて、俺の体を締め上げた。
………息が、しづらい。
頭が………ボーッと………してくる……。
………ヤバ、い。
樫井が………本気だ………!!
そう、感じた時には手遅れだったんだ。
流水が噛んだ首筋に、激痛が走った。
「…あ“っ!!………」
痛くて……苦しくて………逃れられなくて。
噛まれた傷口から、樫井の熱量が入ってきて………血管を循環して、全身を巡る………。
樫井に体の外側も、内側も支配された………。
強いアルファに、体を乗っ取られた瞬間だった。
「……!!」
声が……でない………!!
喉が、カサカサして………声を出そうと抗うと、咳き込んでしまって体力を奪われる。
胸を掻き毟りたくて手を動かそうとすると、両手が離れない。
制服のネクタイがガッツリ手首に巻きついて、俺の腕の自由を奪っていた。
と、いうより………一服、盛られたっぽい。
体の中が熱くて、動かない……。
やばい……な………。
流水に、連絡しなきゃ………心配かけちゃいけねぇんだよ。
………俺が、流水を泣かしちまったら、いけねぇんだよ。
そう思うといてもたってもいられず、芋虫みたいに無理矢理体を動かした。
「気がついた?睟」
いつもと違う………樫井の声音が耳に響いて、全身がゾワっと泡立つ。
「ごめんね、睟。プロレス技なんかかけられたら大変だから、薬を使ったよ」
「………!!」
樫井の大きな手が、はだけたシャツの間から露出した体を滑るように撫でた。
………薬のせいか、イヤにくすぐったくて、イヤに感じて………体が大きく反り返る。
無理矢理に勃ちあがらされた俺のナニが、ノットまで痛いくらいなっていて……。
「……へぇ。やっぱり、アルファなんだね、睟は」
樫井がオレのナニを掴む。
触られただけでも、ズキズキ、ドクドク脈打つ衝撃に俺は思わず身をよじった。
「んっ……!!」
「中は、初めて……?」
もう片方の指は俺の中に入れて、おかしくなりそうな場所を弾く。
………いやだ、いやだぁっ!!
柄にもなく、泣きたくなってきた。
流水の顔が目の前に浮かんでは、その表情をかえて次々と消える。
「良くしてあげるよ。だからたくさん、よがって、喘いで………運命を、かえてあげる。睟」
「あ“ーっ!!」
中が太くて熱いので、ギチギチになる……。
痛いのに、気持ち悪いのに………薬のせいで、変な高揚感に襲われた。
………この時ほど、俺の身にふりかかった特異体質を恨んだことはない。
この時ほど………、俺の身にふりかかったコレが、流水じゃなくてよかったって、思ったんだ。
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