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第3話
「………い!………睟!!」
………響く、耳に心地いい低音が。
好きなコ、の………いつもと違う……。
聞いたことのない、声量と声質。
普段の冷静な声じゃないし、エロい時のあの声じゃない。
異常事態だってのがようやく頭に伝わって、俺は目を開けた。
「……流………水……?」
今にも泣きそうな顔の流水が目の前にいて。
何故か流水が、両手にパイプ椅子を握りしめて震えている。
………何してんだ、流水?
つーか俺、何してたんだっけ???
あ……?
……あっ!!
あーっ!!!か、樫井っ!!
樫井に拐かされて、変なの飲まされて、あんなコトやこんなコトをされたんだった!!
そうだよ……つい先日、流水とアルファとオメガの立場だったとはいえ、男同士でヤッたってぇのに。
今度はガチの〝男同士・アルファ同士〟でヤられちゃうのかよ、って思ったんだった。
気持ち悪いんだか気持ちいいんだか、おかしくなりそうな中、「減るもんじゃないし。流水じゃなくてよかった」って………血迷ったことを考えてたんだ。
ってか、樫井はっ?!
樫井はどうしたんだよ?!
母さんにダイビング・ボディプレスをかまされた時のような痛さを振り切るように、俺は体を起こした。
「!!」
樫井が、ズボンを膝下まで下ろした下半身丸出しのハズカシイ格好でぶっ倒れてる。
しかも仰向けだから、樫井の見たくもないナニが、否応なしに目に飛び込んできた。
さらに見たくもないけど、萎えた樫井のナニから白いのがタラタラ溢れ出してて……。
あんなコトをされたにも関わらず、男として同情するとともに、少しかわいそうになってきた。
「流………水……ひょっとして……」
「……殴った」
「何で?」
「パ……パイプ椅子で」
「!!」
「だって!だって!睟が……睟が………死んじゃったんじゃないかって….…。それに、この間見たプロレスの試合でも使ってたよ!パイプ椅子!!」
助けてくれたことには非常に感謝している、よ?
優等生で、喧嘩なんかしたことがなさそうな流水が、初めて見たプロレスの試合でパイプ椅子なんか使ってるのを見たら、そりゃ〝パイプ椅子は、喧嘩の武器として有効〟って思うかもしんねぇけどさ。
………だけど、パイプ椅子はダメだろ?!
武器じゃねぇよ、凶器だよ!!凶器!!
それにプロレスで使われる椅子はアルミ製の軽いヤツで、流水が持ってるそれはガッツリなスチール製なんだぞ???
「………頭とか、殴ってないよな?」
「背中……」
あ、頭じゃなくて……よかったぁ………。
安心したと同時に体を支えてる手から力が抜けて、俺はもう一度床に倒れ込んでしまった。
「睟!!」
流水が放り投げたパイプ椅子が棚にぶつかって、ガシャーンと派手な音をたてる。
そして俺は、今にも泣きそうな顔を継続中の流水に抱き起こされた。
「ごめんね………ごめんね、睟」
「……んで、流水が……謝んだよ。おまえ、悪くないじゃん」
「だって……痛かった……だろ?……怖かった、だろ?………」
「大丈夫だよ。気持ち悪いのと、なんか………変な気分にはなったけど」
「………睟ぃ…」
「ありがとう、な。流水」
「………え?」
「俺が助けられちまった……。流水を守るって俺が言ったんだけどな」
「睟………」
「でも………これが、流水じゃなくて……よかった。つらいよな、やっぱ……。オメガの人のつらいの、分かったよ。………流水じゃなくて……本当に……よかった」
流水が泣いているから……か?
それとも、流水に優しく抱きしめられているから……か?
久しぶりに………泣いた。
どれくらいぶりか、記憶にないくらい……久しぶりに泣いた。
泣いたら弱いヤツって思われるんじゃないか、とか。
アルファのくせに、小さいとか弱っちい、とか。
人並み以下に見られて噛みまくられたり、とか。
悔しくて。
ずっと我慢していたら、いつの間にか泣けなくなった。
でも、流水の顔を見たら、安心して。
流水に抱きしめられていたら、ホッとして。
気がついたら………流水にしがみついて、声を殺して泣いていた。
ひとしきり泣いて、だいぶ落ち着いてきた俺に制服を優しく着せて。
………俺を、お姫様抱っこして………。
流水は、樫井を残してその場から離れた。
俺はなんだか、複雑だったんだ。
俺がどうしてもできなかった〝お姫様抱っこ〟を軽々とする流水の逞しさと俺に向ける優しい笑顔のギャップが凄すぎて。
俺は………本当にオメガの流水の〝アルファの嫁〟になるじゃないかって思ったんだ。
「うん………。今は、大丈夫。………うん。流水ん家に泊まらせてもらうよ。………わかってるから、大丈夫。………じゃあ、父さんにも伝えてて」
俺は流水ん家にそのまま連れ帰られて、事の一部始終を母さんに伝えた。
……いつもの調子だったんだけど、それでも母さんが気を使って。
俺を余計に不安がらせないように。
ワザとそういう態度をとっていることくらい、手に取るように分かった。
………母さんにまで、心配かけちまった。
元はと言えば、俺の特異体質が原因だから………。
………しょうがない、と言えば……しょうがない。
気がつけば。
俺の体は、樫井がつけたと思われる噛み跡だらけになっていた。
首筋以外にも、胸や腕、腹に………。
………こんなに噛んだって。
運命にはなれないのに………。
番にもなれないのに………。
アルファなんだよ、俺は。
樫井に流されて、樫井の言うとおりにしていればラクだったのかもしれない。
………でも、でも!!
「睟、一緒に風呂入ろうか」
「へ?」
ちょっと、いや……だいぶ余計なことを考えていた俺は、流水のいきなりの問いかけに、不意打ちを喰らって変な声を上げた。
「中、キレイにしてあげるから」
「いっ、いいよ!!いい!!自分でするからっ!!」
………そ、そんなことまで!!
番になったとはいえ、そんなことまで流水にさせられないっ!!
は、は、は……恥ずかしいしっ!!
「自分ですると、うまくとれなくてお腹痛くなるよ?」
「……え?………そうなのか?」
「うん。だから、僕に任せてよ。ね、睟」
にっこり笑って俺に手を差し出すから、俺はつい、その手をとってしまったんだ。
導かれるように……うやうやしく、王子様のような流水がエスコートしたのは、お城じゃなく風呂場だったけど。
その状況に、俺はなんだかうっとりしてしまった。
「……んっ………ぁあっ」
「大丈夫?……痛くない?睟」
「………だ、いじょ……ぶ………」
「全部、出してあげるね………」
「んぁあっ………流…水……あ、あぁっ」
………樫井のせいか??
変に後ろがムズムズ感じて、俺の体は、その気のない流水の手にすら敏感に反応する。
……やっべぇ。
俺、女の子みたいじゃんか。
でも、でもな!!
樫井のが俺の中から出ていくと感じるたびに、力が元に戻るような気がした。
樫井が支配していた俺の体が、少しづつ解かれていく。
………噛み跡すら、気にならない。
俺が、俺になっていく………。
「………流水。もう、大丈夫。ありがとう」
「大丈夫?無理……しないで」
振り返ると、心配そうな顔をして流水が俺を覗き込んだ。
その顔を見た瞬間、俺はたまらず流水に抱きついて、そのまま、押し倒すかのように湯船にその体を沈めた。
「睟?!」
「流水……」
湯船に仰向けになっている流水の上に、俺は馬乗りになって……キスをした。
『高校生たるもの!!』と一瞬、母さんの雷みたいな声が頭の中に響いたけど……正直もう、どうだってよかった。
樫井が無理矢理植え付けた体の熱を、発散したいってのもあったけど。
………流水が、好き。
流水が、好きすぎて………離れたくなかったんだ。
「流水………俺……のこと、イヤか?」
俺は多分、かなり切羽詰まった表情をしていたに違いない。
流水がビックリしたように目を見開いて、そして、はにかむように笑った。
「イヤなワケないじゃない、か。……だって、僕はこんなに睟のことが好きなのに」
………いつもそう。
流水の笑顔やその声は、俺の頭の中のトリガーを引く。
人様ん家の風呂ん中で、睦あう……愛し合う。
また、母さんにドヤされそうだけれど……。
いいじゃんか、別に。
流水が俺の体に無数に刻まれた噛み跡を、丁寧に舐めていくのを目の当たりにするとさ。
………〝運命の番〟って、なんて最強なんだって思うんだ。
「流水、ずっと………そばにいてくれ」
「睟も……僕より先に死なないで………」
そして俺たちは深くキスをして………。
湯船の中、水飛沫をあげながら体をよせあった。
バチコーン!!
と、横っ面に母さんの張り手が入って、俺は眼から星が出るのを見た。
いや………いやいやいや。
俺、レイプされたんだけど???
無数に噛まれてヒリヒリするし、体もプロレス技喰らったくらい痛いんだけど???
な状態の直後な俺が。
介抱してくれた流水と………その……人様ん家の風呂場で、ヤっちまってさ。
その行為が母さん曰くの『高校生たるもの!!』の、ルールに反したんだ。
なぜバレたかというと、流水の母さんがベラベラ喋ったから。
「やっぱり〝番〟ってスゴいんですねぇ」って、おそらく俺と流水のヤっちゃってるトコを風呂場の外で聞いていた流水の母さんは、乙女みたいに顔をピンクに染めて、俺の母さんに言った。
その瞬間、怒りと羞恥心の限界に達した母さんの髪が、静電気のように立ち上がったんだ。
そして。
帰路につく間ずっと我慢していた母さんは、家に帰り着くなり、豪快な張り手を俺の横っ面に入れる。
「隙あらば、いちいち盛った犬みたいにヤるんじゃないの!!」
「いや……ヤろうと思ってヤッたわけじゃ………」
「じゃあ、どういう正当な経緯があるの?!」
樫井に中出しされたのを、流水にとってもらっていたら、俺本来のエネルギーが藤波辰巳みたいに蘇ってヤッちゃいました。
っなんて………口が裂けても、言えないじゃんか。
それより、何より。
母さんよっか、流水の方がよっぽど優しい気がする。
「いい?!アンタ達は、まだ高校生なの!!そういうことは、ちゃんと稼ぐようになってからしなさい!!」
稼ぐようになってからって……昭和かよ、その考え方。
………でも、心配してたんだろうなってのは、すぐに分かった。
強がっていつもの母さんっぽく振る舞ってはいるけど、張り手の力もどことなく弱かったし。
そして、張り手を喰らって床に倒れ込んだ俺を、こうして抱きしめるなんて………。
「何でも一人で抱え込むんじゃないの!家族はそのためにいる。母さんだって、父さんだって。瞑も眶も椎もいるのよ。………少しくらい、頼んなさい」
流水みたいに優しくらい抱きしめる、とは程遠い。
チキンウィングフェイスロックのみたいに力強い母さんの抱きしめられた方に、俺は思わず笑ってしまった。
………愛情が、深いんだよな。
大事にされてることくらいわかってる。
わかってるけど………。
いつまでも守ってもらうだけじゃダメなんだよ。
体はもちろん、心も強くなんなきゃ………。
「大丈夫。ありがとう、母さん。そして、心配かけてごめんな、母さん」
「睟ーっ!」
「うげっ!」
ラスボスとして各務家に君臨している母さんの目が涙が溢れて、抱きしめる腕により力をこめるから。
チキンウィングフェイスロックがキマッたみたいに苦しくなって。
感動的なシーンにも関わらず、俺は床を叩いてタップをしてしまったんだ。
異様に増えてしまった噛み跡が、俺をなんだか強くしている気がした。
強くしているハズなんだけど、俺は俺の弱点を見つけてしまったんだ。
首筋……。
うなじより前の喉仏に近い、流水が噛んだあのあたり。
そこが、異様に弱い。
そこを舐められただけでも、体の力が抜ける感じがするくらい、本当に弱い。
2、3日学校を休んでいた俺は、登校初日にそのことを伊佐美に言った。
伊佐美が言うには「性感帯じゃね?」ってことらしいけど。
こんなトコにそんなモノがあったら、俺しょっちゅう発情してんじゃねぇか?!
「そういうえば、おまえにつきまとっていた樫井。アイツの停学一週間らしいぜ?」
「へ?」
晴天の霹靂のようは伊佐美の一言に、俺は不意打ちを喰らって変な声を上げた。
「体育倉庫で、ズボンずらしてオナって、失神してたんだとよ。それを先生に見られて………」
………あ、あちゃー。
それって、あの時のアレだよな?
樫井にヤられてる真っ最中の俺を救い出すべく、流水がプロレスさながらパイプ椅子で樫井を殴って、そのまま放置してしまった結果。
学校のエース的存在だった樫井は、先生に萎えてダラダラのナニを見られた挙句、停学になっちまったなんて………。
ヤバ………それに一枚噛んでるなんて、絶対に言えねぇよ。
「どうした?睟?」
「い、いや。なんでもね」
「久しぶりに学食のカレーでも食う?」
「そうだなぁ、カツカレーがいいなぁ」
久しぶりの学校で、浮ついていたのは認める。
だって、鬱陶しい樫井はいないし。
バカな森は妙にオドオドして近寄ってこないし。
やっと!
最初にして最後の、普通の高校生活が送れるって思うと、武藤敬司がリック・フライヤーに勝った時くらいの嬉しさが込み上げてくる。
「各務くん………これ」
その〝オドオドくん・森〟が、徐に俺に白い封筒を渡してきた。
「ボクは関係ないっ、からね!!渡したからね!!じゃっ!!」
オドオドにもまして手まで震えてた森の背中を見送り、俺は白い封筒の中を確認する。
『落合を預かってる。
これだけでわかるよな?膵。
場所は下記の地図だ。樫井』
………ドキッとしたけど、この手紙……ツッコミどころが満載すぎて、イマイチ切迫感に苛まれない。
睟だよ、睟。
膵臓の膵じゃねぇよ。
あえて難しい漢字で間違うなよ。
あとな『下記』って書くときは、文章のどっかに『記』って言葉を入れんだよ。
アルファなのに、どっか抜けてる樫井の手紙にドッと力が抜けた。
「伊佐美……。今日、流……落合、学校に来てたよな」
「あぁ。でも」
「でも?」
「休み時間に森と歩いてどっか行くとこ、見たぜ?」
「はぁ?!早くそれ言えよ!!」
「今、聞いてきたじゃねぇか」
俺は、白い封筒を握りしめて走り出した。
「おいっ!睟!!どこ行くんだよ!!」
「早退っ!!具合悪い」
「具合悪いヤツが、全力疾走なんかするかっ!!」
……しくった!!
樫井の野生のカンが、鋭いことを忘れていた……!!
多分、流水から微かに漂う、俺と同じ匂いを察知したんだ………!!
………俺の、番だって!!
落合が………首筋以上の俺の一番の弱点だって………!!
「……くっ………あっ、あ」
走って、走って……。
たどり着いたのは、市街地から外れた別荘のような一軒家の中。
うす暗い室内で、薬で眠らされている落合の顔が、カーテンから微かにもれる明かりに照らされている。
身につけている制服も乱れてないし、苦しんだ様子もないから。
………とりあえず、何もされてなくて………よかった。
そういう、俺は………。
体中をロープが絡みつくように巻きついて、俺の動きの自由を奪う。
そのロープは脚まで及んで、無理矢理に俺のナニが見えるように開かされてる。
さっき、薬を飲まされた。
小さな小瓶を3本ほど。
そのせいか、頭がぼんやりして。
視界もだんだん滲んで、すぐ近くにいる落合の表情が見えなくなる。
うつ伏せにねじ伏せられ、俺のケツの穴にトロトロしたのが注ぎ込まれて、体が外からも中からも耐えがたい熱を帯びていく。
変なローターらしきものが俺の中でブルブル震えて、それに追い討ちをかけるかのように…………指が、俺の中をかき乱す。
「………すげぇ、もうトロトロじゃん」
樫井の声が俺の耳に、グワングワンに響いてきた。
「翔太、コイツに咥えさせていい?」
「睟は負けず嫌いだから、喰いちぎられるかもしんねぇぜ?」
樫井とは違う声が、また頭に響いて………混濁する意識の中、俺はようやく声を発したんだ。
「流……水………流水には………手ェだすな………」
「あぁ、出さねぇよ。おまえがオレのモンになるならな?睟」
背後から樫井の声が聞こえたと同時に、太くて熱を帯びたモノが俺の中に一気に入って、奥まで突き上げられた。
「んふっ………あぁっ………」
「やっぱ、いいな………。睟ん中は」
「おい。上の口はサボってんじゃねぇぞ?」
「んぐっ……んっ、んんっ」
そう言ったもう一人の男は俺の顎をつかんで、口の中いっぱい、喉の奥までソイツのナニを突っ込んでくる。
薬のせい………縛られてるのも、相まって。
ろくに抵抗すらできず、ひたすら樫井とソイツに犯される。
………流水が………流水が………無事なら……。
でも、ごめんな。
俺、流水に誓った約束を果たせそうもない。
〝流水より先に死なねぇ〟って言ったんだけどな………。
番になったのに、番をすぐ解除することになるかもしんねぇって。
より流水に、ツラい思いをさせちまうかもしんねぇって。
………ごめんな、流水。
でもさ、俺はおまえが無事なら、それだけで幸せで。
それだけで、何にでも耐えられるんだよ。
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