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第4話

「ぅらぁぁぁっ!!」 咆哮が上がり、小さいのに鍛え上げられた体が2つ、弾かれたように素早く動いた。 左右から飛び込んだ2つの体は、背の高い男にダブルラリアットを喰らわす。 その男が倒れ込むと、片方の小さい体が倒れた先に、まるでお手本のようなキレイなエルボードロップを決めた。 もう一つの小さな人は、別な背の高い男を軽々と持ち上げると、アルゼンチン・バックブリーカーを繰り出す。 すげぇ……。 どの技も、完璧じゃんか。 小さいのにパワー系の技とかキメちゃってさぁ。 神様は粋なことをする。 死ぬ前に、お手本のようなプロレスを見せてくれるるなんて。 俺も、強くなりたかったなぁ………。 少なくとも、流水の前ではカッコよく決めたかった。 樫井の指定した場所に行くと、そこにはぐったりした流水がいて。 その流水に、ニヤつきながら果物ナイフを突きつける樫井の友達を目の当たりにして、俺は体が動かなくなったんだ。 あとは、もう………言いなり、というか。 渋々服を脱いだところに、漫画でしか見たことのないような縛り方をされて。 上からも下からも、突っ込まれて、貫かれて。 とにかく俺は、流水に触れて欲しくなくて、流水が無事でいて欲しかったから。 流水に興味を持たないように、薬でフラフラになる意識の中、痛くても苦しても。 例え、死んでも……絶対、耐えてやろうって思ったんだ。 ………流水は、大丈夫だったかな? あの小さな巨人たちが、助けてくれたかな? せめて………もう一度、流水が笑った顔を見たかったな。 『……ぃ………すい……すい』 お、とうとうお迎えがきたか? 俺を呼ぶ声がだんだん大きくなって。 なんだか聞いたような声だなぁ、なんてのん気に思いながら、強く光だした面前の扉を開けた。 「睟っ!!」 「あ……?……あ………れ?……流水?」 目の前には、涙目になりながら俺を覗き込む流水の顔があって。 その横にはチラチラ見慣れた顔が見える。 「よかったーっ!!睟っ!!睟ーっ!!」 涙腺崩壊……いや、決壊。 流水のキレイな目から大量の涙が流れ出して、僕にタックルをかますように抱きついた。 「え?……何?………え?え??」 「もーっ!心配かけてもいいけど、かけすぎないでよーっ!!あんた、ここ1週間くらいずっと眠りっぱなしだったのよーっ!!」 「へ?」 日頃、各務家のラスボスとして君臨している母さんが、めずらしく取り乱した様子で言ったから、俺は不意打ちを喰らって変な声を上げた。 樫井によって変な薬を飲まされたせいか、俺はどどうやら昏睡状態に陥っていたらしい。 死んだって思っていたのは、きっとそのせいだ。 あれだ、臨死体験ってヤツだ。 と、なると。 俺が神様が最後に見せてくれたプロレスの夢は、必然的に現実だということになるわけで……。 「瞑とか椎とか、いた?」 「ったりめぇだ、バカっ!!」 「なんで?どうやって?え?えぇ?」 「おまえに付けたありとあらゆるGPSだよ!!」 「あ、あぁ……なるほどぉ……。え?GPS?!」 樫井に襲われたあの日以来、「これじゃ終わらない」と野性的カンを発揮した母さんの発案で、俺の持ち物という持ち物に、小型のGPSがつけられていた、らしい。 学校カバンに制服、挙げ句の果てには靴底まで。 ここまでくると、「スパイかっ?!」とツッコミたくなる衝動にかられる。 伊佐美から「睟がめちゃめちゃ元気なのに、突然走り出して早退した!!」という連絡を受けた母さんは、そこから闇組織を凌駕するほどの組織力とプロレス団体並みの団結力を発揮する。 頭脳班の父さんと眶がGPSで俺の居場所を割り出し、総指揮の母さんが武闘班の瞑と椎がその現場に駆けつけるという、スパイも顔負けの救出劇が成功したというわけだ。 ………すげぇな。 でも、本当に助かった。 あのまま、樫井たちにヤられっぱなしだったら、俺、過剰に接種した薬と、止めどなく与えられるセックスの快感のせいで、本格的にどうにかなっていたかもしれない。 ………そう思うと、ゾッとした。 もし、そうなっていたら………。 俺は最愛なる流水のことを、覚えていられただろうか? こんなに俺のことを心配してくれている家族を、覚えていられただろうか? そう思うと、言葉が自然にでてきた。 「………あ、ありがと…流水。………父さんも母さんも……瞑も眶も椎も………ありがと」 俺の特異体質のせいで、かけなくてもいい心配をかけてしまっていることは、疑いようもない事実だけど……。 特異体質のおかげで、俺には大事な人たちがこんなにいるんだって、ちゃんと認識できて。 俺は今、すごく幸せモノなんだなって、実感したんだよ。 「忘れ物は?!大丈夫?!」 母さんのいつもの元気な声が、玄関先に響いて。 俺は半ばウンザリしながら、振り返った。 「足りないものは、向こうで買うからいいよ」 「なんつー勿体ないこと言ってんの!!あんたがズボラだと流水くんに逃げられちゃうんだからねっ!!」 「はいはい。大丈夫、大丈夫」 「返事は一回でいい!!」 「はいっ!大丈夫っ!」 俺は今日、俺を育ててくれたこの家から旅立つ。 旅立つと言っても、家から程遠い大学に進学するためで。 ついでに言うと、同じ大学に進学する流水と同棲………基、同居をすることになるわけで。 だから俺は、いくら母さんに「同棲じゃないからね!同居だからね!」とか「大学生たるもの!」とかドヤされても、楽しみとかのほうが大きすぎて、痛くも痒くもないんだ。 色々、あったもんなぁ………高校生活。 母さんが、心配するのも無理はないもんなぁ。 流水と番になったり、アルファなのにレイプされたり。 挙げ句の果てには、監禁や緊縛。 齢18にして人生の半分以上は経験したんじゃないかってくらい、色々経験した。 あの日から、卒業までは比較的平穏だった。 それもそのはず。 不思議なことに、俺を散々苦しめてきたフェロモン臭がパタッと消えて、バカなアルファにも噛まれなくなったし。 なにより、俺の前から樫井が消えたから。 樫井は俺と流水に対する監禁がバレて退学になり、どっかド田舎の更生施設っぽいところに行ったらしい。 らしいってのは、全部人伝で………まぁ、主に情報が早い伊佐美から聞いたんだけど、さ。 元々裕福で、アルファ性が発覚してからさらに輪をかけて、蝶よ花よでわがまま放題育てられた樫井だったんだ。 小さな歪みは、だんだん蓄積されて大きくなって、樫井の人格まで支配して………。 もう少し、樫井のことを考えてくれる人がいたのなら。 もう少し、俺を含めて樫井に対して普通に接していたのなら。 ………樫井がこんな風になるまで、イッちゃうこともなかったかもしれない、な。 「あ、流水くん来たね!!」 母さんが道路の向こう側を見つめて言った。 エンジン音が重たい、華奢でかわいい紺の外車が目に入って、その形がだんだん鮮明に、大きくなってくる。 ………流水が、俺の〝旦那〟が迎えに来た!! 「睟、お待たせ」 俺の大好きな穏やかな笑顔で流水が、車から颯爽と降りた。 「おばさん、こんにちは。これから、睟と頑張ります」 「よろしくね!本当、流水くんが番でよかったわぁ!睟は頼りないけど、見捨てないでね!」 「おい……母さん………」 「睟、荷物はこれ?」 「うん、それとトイペとか。消耗品だらけだけどな。車、積めるか?」 「大丈夫だよ」 最後の荷物を積み終わった瞬間、明るくてラスボスな母さんの表情が少し寂しそうに見えてしまって………。 俺は、気付かないフリをした。 そして俺は、ワザと笑顔を顔に貼り付けたんだ。 「んじゃ、行ってくらぁ!」 「流水くんに、迷惑かけんじゃないよ!!」 エンジン音が耳にこだまして、サイドミラー越しに見える母さんと俺ん家が………あっと言う間に小さくなってさ。 これから流水との煌びやかな新生活が始まるというのに、ガチャガチャした各務家の雰囲気が脳裏にチラついて………。 俺は新居にたどり着く間、流水の目を見ずにずっと話をしていた。 「先に大物を運んでいてよかったね」 「あぁ。さすが流水だなぁ!」 新居は2人で暮らすには、ちょうどいいくらいに広くて、狭くて。 俺は座ってダンボールを片す流水の背中を、ギュッと抱きしめた。 流水が振り返ると、ちょうどキスするように唇が重なって………そのまま、深く舌を絡める。 「……んっ………睟」 「な……んだ?…流水」 「着いて早々………やっぱり、それ?」 「俺だって、我慢してたんだよ!!母さんには『高校生たるもの!!』って言われるし。最後にヤッたのって流水ん家の風呂場だろ?!」 「……でも、もう。そんなこと言われないよ?……睟」 「だよな?……流水」 新居の真新しい床の上。 俺はゆっくり、流水を押し倒した。 流水の匂いが次第に強くなって、俺は吸い寄せられるように、シャツのボタンを外すと胸の小さな膨らみにキスをする。 「……っあ、あぁっ………睟……睟」 「流水……とまんね、俺」 「止まらなくて、いい………いいよ、睟」 そう言ってにっこり笑った流水は、俺の体に両腕を回すと俺の体をグッと引き寄せ、俺の首筋に歯を立てた。 ガリッー、と。 俺の体に僅かに残る、無数の噛み跡が。 せっかく消えかかっていた、無数の噛み跡が。 また、増えるじゃんか。 でも、いいぜ? 流水の噛み跡なら、大歓迎。 俺は、流水の下着ごとズボンをズラすと、間髪入れずに流水の中に指を入れる。 「……っん、あぁん……睟、睟!!」 「流水ん中………最高……!!」 オメガは、誘ったらアルファを逃さないだろ? アルファはさ、オメガの誘いを断れないんだぜ? 流水が、俺に噛み跡をつけるように。 俺は、流水の中に俺の痕跡を残すんだ。

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