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第1話
「サヨナラ…タク」
「元気で、ジョアン」
4年近く暮らしていたニューヨークの街を離れる日、空港まで見送りに来てくれた年上の恋人ジョアンが俺の手を握りしめていた。
ジョアンとの付き合いは、1年半位だった。 彼女は、俺の家の近所のアパートに住んでいて、有名な音楽事務所に勤めていた。
ご近所同士のパーティーで偶然知り合い、彼女の積極的なアプローチで付き合いが始まった。
日本に帰る事が決まった俺の「一緒に日本に来る?」の言葉にも「仕事が好きだから」と別れを決めた、情熱的で強い女性だった。
俺よりも前に来て仕事をしていた父親は、予定より長くこちらに居ることになった挙句、突然の辞令で1ヶ月前に日本に戻っていた。
父親の帰国が決まった時、俺も一緒に日本に帰るかどうかかなり迷ったけれど、仕事の忙しいジョアンとの付き合いも程々に上手く行っていたし、デザイナーとしての仕事も少しづつ軌道に乗り始めていたので、このままこの地で一生を過ごそうかな? とも考えていた。
でも、その考えを打ち崩したのは進藤だった。
俺が引き受けていた仕事の殆どは、日本にいる進藤の勤めているデザイン事務所からのものだが、こちらに居て仕事を続けて行くことに特に問題は無かった。
だけど、父親が日本に帰った事を知った進藤は、俺にも帰って来るようにと言った。
進藤からの「お前のそばで仕事がしたいんだ」という、熱心な誘いが続いた結果、俺は日本に帰る決心をした。
この地に未練は無い。出合った人達の多くはそれぞれの国に戻って仕事をしている。
多少の心残りはジョアンの事かもしれない。いつも俺に「愛してる」って言ってくれていたのに、俺はどうしても最後まで「愛してる」の一言がいえなかった。「愛する気持ち」は、日本に置いて来たままなのかも知れない。
彼女に対して、申し訳けない気持ちだった。でも、彼女は、強い女性だから、俺がいなくても生きていけるだろうし、新しい恋だって出来るはずだ。
「タク、本当に帰ってしまうの?」
愛している俺よりも仕事を取った彼女が初めて悲しげな顔をした。
「あぁ。今まで本当にありがとう」
「タク…」
俺はここでは「タク」と呼ばれていた。そして、仕事にも「渡辺たくと」という名前を使っていた。
「いつか、日本に行くようなことがあったら、また会いましょうね」
ジョアンがそう言って、握りしめていた手を離した。
「さようなら」
彼女に背を向けて歩き始めた。その時、彼女の声がした。
「タクト!」
振り返ると、目に涙を一杯溜めた彼女が一生懸笑顔を作っていた。
「タク、あなたの本当に愛する人と幸せにね」
飛行機に乗り込みシートに腰掛けると、俺はすぐに毛布を借りて眠る準備をした。
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