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第62話  最終話

 シュンが去った部屋を軽く片付け、朝飯を食べてから、洗濯機を回しながらシャワーを浴びた。 その後、やりかけの作品に取り掛かると、あっという間に午前中が過ぎて行った。  昼食後、休憩をかねて、どんな絵を描くか考えながら、シュンの原稿を読んでみることにした。ソファーにゆったり座りながら、シュンの文章を目で追った。  子供の頃の話、人間として影響を受けたこと、音楽と自分、好きなもの、出会い、その他、いくつかの項目に分けて書いてあった。それから、俺に描いて欲しい絵のタイトルと雰囲気までもメモされていた。作曲やレコーディングで忙しかったはずなのに、かなり細かく書き込まれていて驚いた。  所々に色つきのペンで、伊東さんのコメントらしいものが書き込んであった。 シュンの文章には、過激な表現もあって、そういう部分はだいたい赤い斜線が容赦なくつけてあった。ファンだけじゃなく俺にとっても、ショックな話もあったので、正直すぎるのも困るな、と思っていた。  そして、最後に「みんなに、そして鷹人に」というタイトルがつけてあった。伊東さんのペンで「『人』は『叶』の字では? でも、息子さん?」と書き込みがしてあった。 ………  俺は数年前、ある人と出会った。その人との出会いが無かったら、こんな風に自分の事を真剣に見直してみようと、思わなかったかも知れない。  俺、その人の事を、とても愛してる。でも、残念だけど友達以上になれないんだ。悲しいけど、これが現実。 その人と出会って、わかった事がある。「愛」はお互いの事を思いやって、相手を幸せにしたいって思う気持ちであって、どちらか片方だけが幸せを与えるものじゃないってこと。それって、過去の経験から、人を愛する事が出来なくなっていた俺にとって、すごい衝撃だった。 俺の書いていた「愛」の詩では、本当の愛を描き切れていなかったと思った。  人を愛せないでいた俺は、相手からの愛を受け入れる事で、相手を愛しているつもりになっていた。俺は愛を受け入れていたけれど、愛に応えてあげられなかったんだ。だから、幸せにしてあげられなかったんだ。ごめんね。  それから、タカト、本当の「愛」を教えてくれて、ありがとう。今でも君を愛しているよ。  最後に、みんなに伝えたい。サーベルのシュンを愛してくれて、ありがとう。たくさんの人達に言いたいと思ってる。本当に感謝しています。 俺がこうして、大好きな音楽と共に過ごせるのは、メンバーのリュウ、サチ、ナツをはじめとする、俺の周りにいる全ての人たちのおかげだと思っています。たくさんの愛をこめて。 ………  最初はソファーに寝転がって読んでいたけれど、いつの間にか、正座して原稿用紙をめくっていた。  読み終わると胸が熱くなっていた。もし、今でもジョアンと付き合ってたら、きっと修羅場を迎えたに違いないと思った。  今すぐシュンに会いたくなった。 今日も、シュンはここに帰ってくるはず。嬉しそうにカバンを抱えた彼が、玄関から飛び込んでくる所が目に浮かぶようだった。 「ただいま、鷹人!」 「お帰り。シュン」 「ほら、見てよ、洋服と、靴と…」 「なぁ、シュン。こっちの荷物はどうするんだよ?」  伊東さんが額に汗を滲ませながら、重そうなスーツケースを運んできた。 「ありがとう、伊東さん。感謝してるよ。後は鷹人と2人でやるから、帰ってゆっくり休んで」 「わかりました。シュンさんも今日は早く寝てくださいよ」 「へへ、わかってるってば。えーと、明日は」 「明日は、10時に来ればいいんですよね」 「うん、そう。よろしくね」 「はいはい」 「お疲れ様です、伊東さん…」 「いえ。それじゃ渡辺さん、シュンをよろしくお願いします。あの、えっと…」  言葉を探している伊東さんに、シュンが焦れたように言った。 「何だよ、伊東さん?」 「程々にして下さいよ」  真っ赤な顔した伊東さんは、そういい残すと、急いでエレベーターの方に去っていった。 俺とシュンは2人で顔を見合わせて、笑ってしまった。 「愛してるよ鷹人」 「俺も愛してる、シュン」 この愛は永遠だよ あの日、出会えて本当に良かった 誰よりも愛している もう離さないからね 何があっても どんなに辛くても 今度は逃げないで2人で乗り越えていこう 幸せになろうね おわり。

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