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第61話

「ちょ、ちょっと待って、やりたいって、シュン? あのさ、渡辺さんとは一体どういう関係なのさ」 「あれ? 言わなかったっけ? 付き合うことになったって」 「付き合うって、仕事以外でも友達付き合いするようになった、って事じゃないの?」 「違うよ。ちゃんと言ったでしょ? 本の原稿には、愛してるけど恋人になれない人が居るって書いたけど、その辺を訂正しなくちゃって。その人と付き合うことになったからって」 「その原稿の人と渡辺さんが同一人物だって、言ってたっけ? シュン」 「あれ、どうだったかな? とにかく、俺たち恋人同士になったんだ」 「す、すみません」  俺は、伊東さんの困った様子を見て申し訳なくなり、謝り続けた。 「あの、渡辺さん、良いんですよ、謝らなくても。事務所からも別に、恋愛してはダメとか、そんなの無いですから。みんな、もう充分大人ですし」 「はい…」 「でもなぁ、サチも、シュンも、どうして、相手が男の人な訳? まぁ、それは置いといて、シュンは離婚の話の後だからさぁ。もう少し大人しくしてた方がいいと思うんだけど。って言っても無理そうだよな」  伊東さんが笑いながら言った。 「ま、1人も2人も一緒だよね。いや待てよ、バンドのメンバーがみんな男と出来てる、とか思われるかもしれないなぁ。リュウとナツも実は、なんてさ。あ、こういうのって失礼な言い方になってるか…もう、どう言ったら良いのかよくわからないや」  ちょっとヤケになった感じで、伊東さんがブツブツ呟いていた。 「同性同士の恋愛に偏見を持っちゃいけないと思うなぁ、伊東さん。偏見のある人もいると思うけど。だからね、色々よろしく頼むね。俺は鷹人が居るから何を言われても平気だけど」 「でも、渡辺さんには渡辺さんの生活があるわけだから、何を言われても、って訳にはいかないと思いますけどねぇ?」 「俺、俺は、大丈夫です。俺の方は、恋人が同性だとしても、あまり仕事に影響ないと思います。顔が知れてるわけでもないし。心配なのは、シュンさんの方です」  俺がそう言ったら、伊東さんが頷いた。 「そうですか、わかりました。何かあったら、私も出来るだけの事はします。だから、シュン、なるべく協力的にね」 「もちろんだよ」 「それにしても、シュン。絵だけじゃなくて、渡辺さん自身に惚れ込んでたんだねぇ。どうりで個展の時――」  伊東さんが、何かを思い出したような表情をした。 「そうだよ。だから俺、すごい幸せ」 「はいはい。とにかく、行きますよ。この事については、時間のある時に話し合っておかなくちゃなぁ」  幸せそうなシュンの横で、伊東さんは溜息を付きながら苦笑いしていた。 「あ、そうだ、鷹人の服、借りて良かったの?」 「そのつもりで置いておいたんですけど。そんな格好で出てきちゃうんだから」  へへへって笑いながらシュンが着替えに行った。その様子を見て伊東さんが、やれやれ、と呟いた。 「何だか、別人を見てるみたいです。シュンって、あんな感じの人だったんだ」 「…」  俺は、リュウが前に言っていた事を思い出していた。  -あんな子供みたいなシュンの姿見れたの、あの頃だけだかな-  俺がシュンをそんなに変える事が出来るのかと思うと、とても不思議な気分だった。  それから、着替えてきたシュンが、伊東さんと一緒に玄関に向った。 「そうだシュン、これ、預かってたやつ。書き直しするんだろ?」 「そうそう。あ、そうだ、鷹人これ読んでおいて。本の下書き。まだまだ、直しがあるんだけど、こんな感じなんだ。後で俺も読みなおさなくちゃ。伊東さんにも見てもらったから」 「わかりました、読んでおきます」 「じゃあ、行って来るよ」 「いってらっしゃい。頑張って」 「あ、そうだ、今日も来るからね。今日は、一度家に寄って着替えとか持ってくるから、少し遅いかも」 「わかりました」 「タカトー。もう、さっきから敬語ばっかり。ダメだってば」  あ、やっぱり気づいていたのか――。 「でも、あの、仕事の話とかだったし、伊東さんも居るし」  俺がグダグダと言い訳していると、伊東さんが俺達に背中を向けた。 「あー、えっと、私、聞こえませんし、何も見てませんから」 「じゃ、行って来るね」  シュンがそう言ってニコッと笑った。 「頑張って」  俺はシュンの額にキスをした。すると、シュンはメチャメチャ嬉しそうな顔をして両腕を俺の身体に巻きつけると、唇にキスをした。 伊東さんの存在を忘れるほど甘くて長いキスをしていると――。 「ほら、もう行きますよ」  大きな溜息を付きながら伊東さんが、俺たちの長い長いキスにストップを掛けた。 「ごめん、お待たせ。今日も張り切って歌うぞ」  スターの顔に戻ったシュンがそう言って俺の身体から手を離した。 「よろしく頼みますよ、あと2週間の予定ですからね」  伊東さんがそう言った途端、スターの顔がクシャッと崩れた。 「えー、まだそんなにあったっけ? ねぇ、レコーディング終わったら、一週間休みくれよ」 「ダメです。先週渡したスケジュール通りですからね」 「ちぇ」  エレベーターに向うシュンが、笑顔で手を振っていた。

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