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第22話

「俺は…… 優しくなんかない」  一人で廊下を歩きながら、海里はポツリと言葉を漏らす。  全てが巧みに張り巡らされた罠だと湊が知った時、どんな顔を見せてくれるか知りたいような気もするが、この秘密は死ぬまで心に秘めておこうと決めていた。  湊にはもちろん話していないが、海里自身も生粋のゲイだ。この容姿だから、相手に困ったことはないが、ここまで夢中になった相手はこれまでにいなかった。  湊の容姿は中性的で目立って美形というわけじゃないが、切れ長の一重瞼と目尻の泣き黒子が憂いを滲ませ、薄い唇は口角が緩く端に向かって上がっているため、優しそうな印象を与える。  物腰も柔らかく、打ち解けやすい印象だが、どこか他人と一線を引いているような雰囲気もあった。  関係を持った当初はあまり気にならなかったけれど、徐々に金曜以外の彼が何をしているのか知りたくなり、褒められた行為ではないと勿論分かっていたけれど、結局海里は興味に負けて興信所に調べさせた。  結果、遊んでいるふりをしてまでも、自分に抱かれたかったのだと知り、海里は湊に特別以上の感情を抱くようになる。  本来、自分は他人に執着しない性質なのだと思っていたが、それは間違いだということに、そのうち海里は気が付いた。  今では閉じ込めて、自分だけしか見えないようにしたいくらいだ。 (もっと、堕ちてくればいい)  自分の事が好きなのは明白なのにも関わらず、関係を切ると言われた日から、綿密な計画を立て、とうとうそれを実行した。      酷くしたのは、素直になれない彼の体裁(ていさい)を打ち砕き、自分だけに縋るように仕向けようと考えたからだが、嗜虐を好む性質であるという自覚は元々あった。  あの日湊を陵辱し、置き去りにした男にも、口止め料を含めた謝礼は先にきちんと支払ってある。 「一生…… 放さない」  オフィスのドアを開きながら小さく呟いた海里の声は、部内の誰かが設定していた始業時間のアラームにより、誰の耳にも届くことなくかき消され…… そのまま空気へ溶けて消えた。 end

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