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【最終話】-陽太の章- その14

「陽太っ! 危ないっ」  背後からすごい勢いで突き飛ばされて、陽太は床に膝をついた。  振り返ると、誠と男が揉み合っている。  二人が出かけた隙に、部屋に忍び込んだのだろう。  侵入者の顔には見覚えがない。   「魔剣だっ! こいつは妖魔だ。魔剣で滅ぼせっ」  誠の言葉で、驚きの余り固まっていた体は動きを取り戻す。ベッドの下に隠していた魔剣を取りに走った。  戻ると男が誠に馬乗りになって首を締め上げている。  陽太は渾身の力を込めて、男の大腿部に剣を突き立てた。  殺すつもりはない。戦意を喪失させるだけでいい。  剣は、狙い通り、ずぶりと突き刺さった。  まるで砂袋を突き刺しているみたい。  骨や筋肉が存在しないかのように、抵抗なく自ら刃先を飲み込んでいく。  陽太は、想像していた手ごたえと全く違うことに動揺した。  男も、酷く驚いた顔をして傷口を見つめた後、悔しそうに顔を歪ませた。 「……うっ、……私はこのまま消えるのか……あの方を救えなかった……どうか、あの方を……愛……し……」  男の目から涙が零れる。  ――この人は陵の事を愛している。    男から滲み出る深い愛情に、陽太の胸の奥にズンと鈍い痛みがはしる。  最後まで言い終わらないうちに、光が弾け、男は消滅した。 「すごい! やったな、陽太っ! やっぱり、お前が魔王のキーマンだったな。今のは上級妖魔だ。あいつを消せたってことは、魔王も同じように滅ぼすことが出来る」  魔王も同じように?  陵も今の男と同じように光が弾けるように消滅するのだろうか?    手には先ほどの何とも言えない感触がはっきりと残っている。  誠が歓喜の声をあげている横で、陽太はそっと震える手を握りしめた。  不安な気持ちをどうかしたくて誤魔化すように、誠に激しく抱かれた。  いつの間にか寝てしまっていたようだ。  ボソボソと低い話声で陽太は目覚めた。  すっかり日が暮れている。隣にいるはずの誠の姿はない。  正体を確かめるべく、足を忍ばせて声の方向にむかう。  誠が誰かと話をしている。  話の内容は聞こえないが、声の抑揚がいつもと明らかに様子が違い、相手を挑発している。  ふと、視界の端に、誠の手に握られた魔剣を捉える。  何をしようとしているのか瞬時に理解する。  争う二人の間に飛び出したが、一歩遅かった。誠の腹部に剣が突き立てられている。 「ま、誠さんっ! なんでっ!!」  誠なら、避けることができたはず。  自分の命を投げ出して、陽太に陵を滅ぼさせようとしている。  そこまでして、恋人の仇を取りたかったのだろうか。 「……よっ、陽太……、魔王を仕留めろ…っ…この剣で滅ぼせ。こいつは、お前の知っている陵ではない。非情で残忍な魔王だ。陽太……お、お前のことを……本当に愛していた……お、俺の最後の願いを聞いてくれっ……」  誠は自分の体から剣を引き抜くと、それを陽太の手に握らせた。  なんて残酷な男だろう。目的のためには手段を選ばない。  陽太の迷いを感じ取り、自分の命を切り札にして、逃げ道を塞いでしまった。  ――俺が決心しないと、永久に終われない。  陽太は、すがるように自分を見ている陵の顔を目に焼き付けながら、剣を両手で握りしめた。 「魔王、滅びろっ」  昼間の砂袋を突き刺す感触と重なる。  陵の傷口から、サラサラと砂がもれるように光がもれでている。  陽太の腕の中で、陵は穏やかな顔をしていた。 「陽太……今回もダメだったな。お前に滅ぼされても、新たな体の中に種を宿して魔王は蘇る。これは永遠に逃れられない呪縛だから……うっ……来世で会おう。次こそは、俺を愛してくれ」 「陵! 消えるなっ! お前は魔王なんかじゃない。陵は陵だ。それ以外の何ものでもない。俺は、ただの陵のことを愛している。来世なんか関係ない。生まれ変わったって、それは陵じゃない!! 別の誰かだ。今、ここにいる、この陵以外の人間は、俺には必要ない。お願いだから、死なないで!!」  陽太は、腕に力を込めた。  自分が消えても陵には生きていて欲しい。  ずっと考えて見つけ出した、この忌まわしい輪廻を終わらせる唯一の方法。  用意していた言葉を口にする。 「呪縛から解き放たれる! 魔王は滅びるけど、陵は死なないで、この先も、普通の人間として幸せに生きていくっ」  陵が、はっと息をのむ。 「ダメだ! 陽太! 魔法をかければお前が消滅してしまう!」  必死に陽太の腕にすがる。 「陽太、やめろっ! お前がいない世界で俺が幸せになる訳がないじゃないかっ!」  ――陵、お前に幸せになって欲しい。俺はお前の事を愛してる。  自分が消滅するとわかっていても怖くなかった。  自分の命を投げ出しても愛しい人を守りたいという、その強い気持ちが魔法の力になる。  だから、本当に愛する人にしか魔法をかけることが出来ないんだ。  周りをまばゆい光に包まれる。もう、消滅するのだろう。  陽太は、陵の唇に優しく口づけをすると、意識を手放した。      ◇ ◆ ◇  誰かに体を揺すられている。   「白の魔法使い様、こんなところで寝ていては風邪をひきます」  目の前には、よく見知った顔。 「すごく、長い夢を見ていたよ」  体を起こし、軽く伸びをする。  なんだか、体がフワフワしている。  まだ、夢の中にいるみたいだ。 「ワク、お前も夢に出てきたよ。弟も。夢の中では、自分の生まれ変わりになったり、あいつの生まれ変わりになったり。視点がころころ変わって面白かった」  ワクは、不可解そうに僅かに眉根を寄せる。 「それは、良い夢でした? それとも悪い夢でした?」  どっちだろう? 真剣に考える。 「いろいろとつらいこともあったけど、最後は両想いになるから良い夢かも。そういえば、あいつは今、どこにいる?」  弟に会いたかった。抱きしめて、愛していると伝えたい。 「さきほど、マコト様とご一緒にお出かけになりました。結婚式の打合せに」  あれはやっぱり良い夢だった。だって、弟が自分に恋い焦がれて、何回も生を越えて追いかけてくるなんて。  現実にはあり得ない設定だ。  弟はマコトと恋人で、二人はもうすぐ結婚するのだから。  自分は実の弟を一人の男として愛していた。  報われない片思い。  もう一度、あの夢に戻りたい。  夢?   本当に夢なのだろうか?  どこかの世界の片隅に、陽太と陵という人間が本当にいるんじゃないのだろうか?  ひょっとして、パラレルワールドとか?  自分で考えていて、その荒唐無稽さにクスリと笑みが浮かぶ。  呪縛が解かれたため、こちらの世界が変わったのではないだろうか。  黒の魔法使いの呪いがそもそも生れなかった世界へと。  いや、いま、これが夢なのか?  だって、陽太はママに魔法を封印されていて使えなかったはず。  混乱する頭を静める。  深く、考えたら、ダメだ。  一人ぼっちで膝を抱えている陽太の姿が思い浮かんだ気がしたが、すぐに蓋をして隠す。  なんでもいい。  幸福な夢に包まれたい。  ちゃんと最後は、ハッピーエンドになる夢。 「……陽太。陽太? 早く目覚めろっ! 帰ってこいっ!! お前は消えなかった。俺が幸せになるにはお前が必要だから」  遠くの方で、陵の声が聞こえる気がする。  その声の必死さに笑いが込み上がる。  陵? そんな声を出すなんて、珍しい。    ああ、陵に会いたい。    もう一度会って、愛しているって伝えたい。  抱きしめたい。  一緒に生きていきたい。    もう一度、眠りにつくために……否、現実の世界に戻るために、    陽太は、静かに目を閉じた。

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