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-陵の章- その5
ワクに陽太を殺すように命じて、1週間がたった。
あれから、ワクは姿を現さない。
陽太が、あの男と裸で抱き合っている写真を見た瞬間、すっと血の気が引いた。
妖魔に犯された様子を聞き、全身を覆っていたグツグツと燃え滾るような怒りが、一瞬で氷点下まで下がった。
――陽太も、また、あの男のものになった。俺を愛してくれなかった。
体の中が空虚なものに埋め尽くされる。何もかも飲み込んで無にかえすような。
そうだ、これはブラックホールだ。強い重力のために、物質だけでなく光さえ脱出することはないという。あらゆる想い、感情が容赦なく喰らいこまれていく。
嫉妬なんて生易しいものではなく、果てが見えないどこまでも続く絶望が陵を襲った。
繰り返される転生で、滅ぼされる前に愛しい人を滅ぼしてしまえと思ったことは何度もあった。
やられるまえにやる。それは自然の摂理で当たり前の事。もともと、道徳観念なんて全くない。自分さえよければ他人はどうでもよいという考えだ。
一度もそれをやらなかったのは心のどこかで信じていたから。今度は、自分を愛してくれるのではないかと。胸に剣を突き立てられる、その瞬間まで、望みを捨てることが出来なかった。
しかし、ようやく悟った。ワクの言う通り。何回繰り返しても、あの人の心が自分に向くことはない。
――今度は、俺があの剣を突き立てよう。今まで、どんな思いで胸に受けていたのか知らしめてやる……
ワクに任せるのではなく、自分の手で陽太を殺そう。
陵は心を決めると、陽太のマンションへ向かった。
マンションのドアノブに手を掛けると、難なく開いた。
中を覗き込むと、リビングには電気がついておらず、他の部屋にもついている様子はない。
土足のまま、気配を殺しながら進む。
カギを開けたまま留守か、不用心な……と訝しく思いながら奥に進むと、手前の部屋から人の気配がした。
「あっ、んっ、そこ……、いくっっ」
陽太の声だ。間違いない。
知りたくもない、恋人同士の営みがドア1枚隔てた向こうで繰り広げられている。
「うぅっ、はっ、俺も……、うっ……はぁっ、……はぁっ。陽太、本当に最高」
ひとしきり、ベッドのきしむ激しい音が鳴り響いた後、水を打ったように静かになった。
「水、取ってくる。そのまま寝てて」
ちゅっちゅっと、唇をついばむ音が聞こえ、部屋からあの男が出てきた。ズボンは身に着けているが、上半身は裸のまま。そこには、情欲の跡が色濃く残っている。
ドアの前で陵が立ち尽くしているのを予想していたのか、男は、驚きもせずに挑発するような笑みを浮かべ、リビングに向かった。
促されるように男の後を追う。
リビングにつくと、男はくるりと振り返り、ソファーの背にもたれるように腰をかけた。
「俺のかわいい陽太の声、聞いてくれた? 堪らない声で鳴くだろ?」
灰皿を引き寄せ、タバコを咥える。
「陽太のケツマンコさ、熱くて、絡みつくように吸い付いてきてすごい気持ちいいよ。俺の知っているどのマンコよりも、名器」
煙を吐きながら、下卑た笑いを浮かべる。
「あいつ、最近は、乳首だけでも逝くようになってきたから、ピアスでもしてやろうかと思ってるんだ。ホント、淫乱。あれ? ひょっとして、勃起してる? うーん、最後に、陽太とやらせてあげてもいいよ。ちゃんと、滅びてくれるなら」
男は不意を衝き、素早く魔剣を突き立ててきた。すんでのところで、陵はそれを避けた。
「お前っ!絶対に許さないっ!」
こんな最低なヤツに陽太を任せることが出来るはずがない。自分の方が何倍も何倍も、大切にする。この世の誰よりも陽太の事を愛しているのは自分だ。
二人は激しく揉み合いになったが、やっとのことで剣を奪うと、男の腹に突き立てた。
躊躇いは全くない。こんなヤツ、死んで当然だ。
止めを刺そうと、剣を傷口から引き抜こうとしたとき、後から悲鳴が聞こえた。
「ま、誠さんっ! なんでっ!!」
激しい物音に、様子を見に来たのだろう。
陽太は陵を押しのけて、男の体に縋り付いた。
「誠さん、しっかりしてっ」
横たわる男の体を抱きかかえて、必死で傷口を手で押さえている。
男の姿だけしか目に入っておらず、陵は視界の外のようだった。
陽太から男へのまごうこと無き愛情が溢れ出ている。
――なんで、俺じゃなくこんなヤツを愛するんだ。 こいつは、これっぽっちも陽太の事を愛していないのに……
「……よっ、陽太……、魔王を仕留めろ…っ…この剣で滅ぼせ。こいつは、お前の知っている陵ではない。非情で残忍な魔王だ」
ううっと呻き声をあげながら自分の腹から剣を引き抜き、それを陽太に渡す。
「陽太……お、お前のことを……本当に愛していた……お、俺の最後の願いを聞いてくれっ……」
男は息も絶え絶えに最後までいうと、静かに目を閉じた。
「誠さんっ!! 死なないでっ!」
陽太は絶叫して抱きしめたが、男はもう身動きしなかった。
しばらく泣きながら抱きしめた後、やがて男の体をそろそろと愛おしそうに横たえると魔剣を手に取り、陵に憎しみに満ちた眼差しを向けた。
――そんな目で見ないで……俺は誰よりも陽太を愛している。ほんの少しでいい、俺の事も愛してくれ……
「魔王、滅びろっ」
低く呻くように叫ぶと、陽太は陵に剣を突き立てた。
――ああっ……
一筋、陵の目から涙が零れた。
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