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千と百(3)

【その先は知りたくないです】  千坂さんの行動がわからない。  恋愛の経験値があまりになさすぎて、百川には理解できないだけかもしれない。  昼休み、百川は同期で友達の五十嵐(いがらし)を頼ることにした。社長の息子で、頼りがいのある男だ。 「俺、千坂さんがわからん」 「そうなの? すごく解りやすいと思うけどな」 「どこが」  全然わからないから悩んでいるのに。 「まぁ、嫌なことをされたら俺に言いな」  と背中をぽんと叩かれる。 「あぁ、その時は頼む」 「まかせろ。さ、これを食べて元気におなり」  五十嵐には甥っ子がいて、作ったおやつをお裾分けしてくれる。これがすごく美味いし、元気が出る。 「ありがとう」  それをもって席に戻ると、 「いいものを持ってるな」  と千坂が体を寄せてきた。 「五十嵐に貰いました。食べます?」 「くれ」  一つ取り出して差し出すが、受け取らずに口を開いた。 「え?」  それは食べさせろということだろうか。 「いやいや、自分で食べてくださいよ」  というが、その手をつかんで口に運ばれてしまう。 「うん、うまい」  満足げに笑う千坂はかっこよくて心臓が高鳴った。イケメンの破壊力は半端ない。  掴まれていた手を引いて離すと、千坂の手が菓子を摘まんだ。 「ちょっと、それは俺のぶ……ぐっ」  口の中へと突っ込まれて喉を詰まらせた。  せき込む俺に、缶コーヒーを差し出した。 「はぁ、何するんですか」 「お礼にと思って」 「いらないです。無駄にときめきたくないですから」  そう、男でもドキドキとしてしまう容姿なのだ。 「ほう、ときめくか」  にやにやとしながら顔を近づけてきて、むかついて後へと下がる。 「近い。うざい」 「酷いなぁ」  頭をたれ、百川の方へと視線を向ける。 「元気出たとか、仕事を頑張れるなー、とか思わないわけ?」 「そういう千坂さんはどうなんです」 「俺は頑張れちゃうけど」  男にすらそういうことを言えるから、男女問わず慕われるのだろう。 「それじゃ、俺の分まで頑張ってくださいね」  冗談でそう口にしたのに、どうやら本気だったようだ。  あれから千坂はすごかった。本当に定時で仕事を終えてみせたのだ。 「有言実行ですか」 「そりゃ、ね」  と機嫌よく俺の頭を撫でる。 「千坂さんの、そういう所が嫌です」 「えぇっ、落ち込むなぁ」  そういうと頭を撫でていた手が今度は百川の手をつかむと、 「だから慰めて」  千坂の頭へとのっけた。 「なっ」  弱ってますアピールなのか、千坂を狙う女子ならきゅんとしていたところだろう。  いや、百川も少しだけきゅんときてしまった。撫でて欲しいのか、じっとこちらを見上げているのだから。  だが素直に撫でてやる気はない。それでは思うつぼだ。 「調子に乗るな、ですよ」  軽くぽんと頭に手をやると、千坂の口元は笑っていた。百川とのやりとりが嬉しいのか。そんな顔を見せるから男同士だというのに可愛いとか思ってしまう。 「それじゃ、部屋で飲もう」 「嫌ですよ。千坂さん酔うし」  この前のようなことになるのは困る。 「うん、酔うね」  だが、それを望んでいる、千坂の表情はそう語っていた。

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