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千と百(2)

 結局、スッキリしたこともあり、そのまま寝落ちてしまったようだ。朝起きたら身体が痛かった。  ベッドの上では気持ちよさそうに千坂が寝ている。  帰るにもカギを閉めないのは不用心だしと、起きるまで掃除をして待つことにした。  寝室にある洋服はすべてたたんでおいておき、リビングのごみと、テーブルに置かれたままのペットボトルや缶をキッチンへもっていき、雑誌類をまとめる。 「腹減った」  冷蔵庫の中を調べたが飲み物しか入っていないし冷凍食品もない。帰るにしても千坂を起こさねばならない。 「千坂さん、起きてください」  身体を揺さぶると唸り声をあげうっすらと目を開ける。 「あ、千坂さん」  顔を近づけると、腕が伸びてきて押さえつけられてしまう。 「ちょっと千坂さん、寝ぼけてないで起きてくださいよ」  軽く数回、腕を叩くと、ぼんやりとした目がこちらに向けられる。 「あ……、ももかわ?」  寝起きまで色男だなと心の中でぼやく。 「そうですよ。起きてください」 「えっ」  腕が離れて、百川が千坂から離れるとベッドに正座をし、 「ごめん、やらかした」  と頭を下げた。どうやら酔っぱらっていても何をしたか覚えていたらしい。 「酔ってましたからね」  呆れつつ、そう口にすると千坂さんがへらりと笑う。 「部屋、汚くて驚いただろ?」  引いたかと聞かれて、百川は素直にうなずいた。 「だよな」 「はい。なので軽く掃除しておきましたよ」 「え、まじで」  ベッドからおり、寝室を眺め、そしてリビングへと向かう。 「おお、綺麗になってる」  凄いなと言われ、逆にあれだけ汚せる千坂さんの方がすごいわ。 「ゴミを袋に入れて、雑誌や本をまとめ、食器を洗っただけです。あの、後は自分でやってくださいね。俺、帰りますんで」  上着と鞄を持ち、玄関へ向かおうとすると腕をつかまれ引きとめられる。 「まて。飯、おごるからさ、もう少しだけ手伝ってくれない?」  お願いと手を合わせて首を傾げる。  かっこいい男性に甘えられて女子なら喜ぶだろうなと思いながら、普段お世話になっている先輩なので、いいですよと頷いた。 「よし。それならまずは飯か」 「あの、掃除機と洗濯ものだしてください。俺が掃除している間、適当に食うもの買ってきてもらえます?」 「わかった。掃除機はバスルームにある。洗濯物はこれ全部」  散らばっていた服は一応ひとまとめにしておいたのだが、全部、洗濯物だったのか。あの部屋を見た後だからか、やっぱりな思うだけだった。 「わかりました。俺、腹減っているんで急いで行ってきてくださいね」  千坂を追い出し、洗濯を開始し、掃除機をかける。  テーブルや棚はウェットティッシュで拭き、フローリングモップで床を拭いた。  夢中で掃除をしていたのでどれだけ時間がたったか気が付かなかった。 「お、綺麗になった」  との声に我にかえる。 「おかえりなさい」  しゃがんで床を掃除していたので千坂が手にしている袋が丁度目の前にあり、そこから良いにおいがしてきた。 「パンですか?」 「そう。近くにパン屋があってさ、焼き立ての生食パン」  少し時間がかかったのは焼き上がりを待っていたそうだ。 「そのまま食うのが美味いって。ほら、食おうぜ」  一本、袋の中から取り出すと半分にわけた。 「ほら。牛乳もあるぞ」  パックの牛乳が二つ。 「いつもこうなんですか」 「ん? パンはあんまり食わないかな」  そういうことを聞いているのではない。  パンをかじる千坂を見ていたらなんだか可笑しくなってきた。 「くっ、あははは」  笑う百川に、千坂がむっつり顔で見ていた。 「いや、だって、パンを半分にちぎって紙袋の上に置くとか、ありえないでしょ」 「はぁ? 別に皿なんていらねぇだろ」 「いるでしょ。俺はちぎって食いたいんです」  立ち上がって戸棚から皿を二枚取り出す。 「はい」 「いらねぇし」  パンを両手で持ったまま食べていく。 「そういえば、お前、男にキスされて平気なの?」 「いや、キス自体、滅多にできないんで」  まぁ、できることなら女子の方がいいけれど、千坂さんとのキスは気持ちよかった。 「そっか」  で、このタイミングでキスをする理由がわからない。 「……なんなんです?」 「可愛そうだなって」  千坂がしたり顔で笑う。むかつくけれど、なぜか嫌な気がしない。  パンをちぎって口の中へと入れる。ほんのりと甘いパンは千坂と交わしたキスと同じ味だった。

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