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千と百(5)

【俺、慣れてないんで】  この駅からだと千坂は外回り、俺は内回りの電車に乗る。  それなのに百川が乗る電車のホームへと連れていく。 「ちょっと、俺の部屋にくる気ですか?」 「あぁ。この駅からならお前の部屋の方が近いからだ」  部屋についてくる理由に気が付いているが知らないふりをする。  千坂から顔を背けて電車に乗るのは聞きたくないからだ。  それなのに、電車を降りて部屋に向かう途中、 「なぁ、わかっているんだろ?」  と言い出した。 「知りません」  耳を掌で押さえて聞きたくないというジェスチャーをするが、その手をつかまれ耳から離れてしまった。 「女の子にもてる俺が、お前の部屋に行こうとする理由」 「聞きたくないから知らないふりをしているのにっ」  それを聞いてしまったら、確実に千坂との関係はかわるだろう。 「俺にとっていい先輩、それだけじゃダメんですか?」 「あぁ。ダメな部分を見ても変わらなかった。本当の俺を見てくれるのはお前だけだ」  手をつかんだまま、ついばむようなキスをされて眉間にしわを寄せる。 「真っ赤だぞ、顔」 「あんなことを言われたら、こうなるでしょうが」  いつもキラキラとしてかっこいい。見た目に気を使っているのは誰でも気が付く。  仕事だってそうだ。手際の良さ、目が行き届いている、さりげないフォロー、いいところをあげたらきりがない。そんな人が自分にだけダメな部分を見せるのだから。自分には気を許しているのだと嬉しく思ってしまう。 「ただの可愛い後輩、それだけの感情だったんだ。だけどさ、百川の良さを知っていくうちにそれだけじゃ物足りなくなって、キスした時の可愛い顔をみたら歯止めが利かなくなった」 「わー、もうやめてください! モテるのに俺なんかに惚れて残念すぎです」 「そんなことはない。なんだかんだいって優しいお前がますます好きになった」  ぐいぐいと押され、背中には壁がある。逃げ道がなくなってしまう。 「俺は、今まで告白されたことなんてないんです。慣れてないからドキドキするのであって」 「そこは素直に俺にドキドキしてますって言えよ」  額がくっついて息がかかる。 「あの、ここ、外なんですけど!」  キスを阻止しようとそう口にすれば、 「それなら急いでお前の部屋に行こう」  と手を握りしめた。  中へ入ると玄関で抱きしめられてキスをされる。気持ちよさに頭が惚けたが、手が服の中に入り肌を撫でられた瞬間、はっとなる。 「ダメですって」  それを止めるが、なんでというような顔をされた。 「キスを許したらその先もしていいとか思ってます?」  好きだという気持ちは伝わってきたけれど、俺の気持ちはまだよくわからない。  それなのに先に先にと求められ、置いてけぼりをくらっているかのようだ。 「百川は行動で示さないと考えてくれないだろう? 俺はただのいい先輩でいるつもりはない」  そう千坂が言う。  本気なんだと千坂の目を見ればわかる。だけど、そんなことを言われても困る。 「だから俺は慣れて……」 「それ、言い訳だから。俺は押すタイプなんで。これからも隙あれば手を出すつもりだから」  止まるつもりがない千坂に、百川は黙り込む。 「それでも嫌なら俺を部屋から追い出せばいい」 「……えっ」  追い出す。本当に嫌ならそうするべきなのだろう。  千坂はきっと今まで通りに接してくれる。でも百川の方はどうだ。  自分にだけ見せていた本当の姿。二度と見ることはないだろう。  掃除も、ついでにご飯を作ることもなくなる。 (楽じゃないか)  千坂の面倒を見なくて済むのだから。  だけど胸の奥がチクチクと痛むのはどうしてだろう。 「百川、どうした?」  心配するように千坂の手が額に触れる。  顔が近い、そのことに動揺し熱が上がる。 「あっ」 「なんだ、意識したのか?」  顔面偏差値の高い男の顔が近いのだ。 「違います。近いっ」  顔を手で覆い隠す。 「そりゃ、近づけてるからな」  掌に柔らかいものが触れて離れる。  それが余計に百川を熱くさせた。 「もう、勘弁してくださいよっ。千坂さんとのこと、きちんと考えますから」  力が抜けて床に座り込むと、千坂がしゃがみこんで笑顔を浮かべる。 「まぁ、一歩前進ということで良しとしますか」  そういうと百川の肩をぽん手を置き、あたりを見渡すと寝室の方へと歩いていく。 「え、ちょっと、どこへ行くつもりです」  嫌な予感がして立ち上がると千坂の腰へと腕を回して引きとめた。 「寝室」  当然のように言うけれど、下心しのある男を寝室に入れるつもりはない。 「ダメですからっ」 「俺のことを抱きしめているのに?」  そういわれて慌てて腕を離すが、振り返った千坂が今度は百川の腰へと腕を回した。 「千坂さん、俺は」  慣れていない、そう言いかけて口を噤む。  千坂さんの言う通り、それを言い訳にして逃げようとしている。 「俺の気持ちを考える気になってくれたようだな」  ふ、と優しい笑顔を見せて頭をぽんぽんとたたく。  ずるいなぁ。今、その顔をされたら胸がキューンと締め付けられてしまう。 「だからイケメンは」 「惚れちゃうだろう?」  そういってウィンクする。それが憎らしいほどに様になっている。 「己惚れてないで、泊まるならお風呂どうぞ。ソファーかしてあげますから」 「わかったよ。今日はこれで勘弁してやるから」  ちゅっと音を立て、触れるだけのキスをして額を合わせた。 「もうっ」  千坂のペースにならないようにと思っていたのに、完全に巻き込まれてしまった。  頬に手が触れる。 「仕方がないので、服をかしてあげます」  それに頬を摺り寄せれば、 「ありがとう」  手が離れ、蕩けそうなほど甘い笑顔を浮かべた。

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