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十と五(2)

【意識してます】  離れたいのに近づいてくる。どんなにつれない態度をとろうとも十和田は変わらない。  百川との楽しい昼食の時間でも、十和田のことが頭をよぎり、ついため息をついてしまう。 「どうした五十嵐」 「ん、ちょっとね」  百川は何でも話せる友達だが、十和田のことは話せないでいた。  兄と従兄の友達というだけであり、自分は弟だから可愛がってくれただけだから。 「話し聞くよ?」  いつも聞いてもらってばかりだからと、柔和な眼差しをむけた。 「なぁ、千坂さんのことがわからないと言っていたけれど」  まさか自分がそれと同じ状態におちいっているなんて思わなかった。  あの時、百川にはわかりやすいと返した。千坂はあきらかに好意をもっていたからだ。  だが、十和田の場合は弟のように思っているだけだ。 「俺も同じ課にわからない先輩がいる」 「そうなんだ。何かされたのか」 「何かをされたわけじゃないんだけど、嫌な態度をとっているのにさ、優しくされるんだよ」  自分だったらそんな相手に優しくできないだろう。大人の対応をしているだけかもしれないが、それでも嫌な気持ちになるものではないのか。 「ねぇ、それって十和田さんのこと?」 「そうだけど」  そんなにわかりやすい態度をとっていたか。 「たまに怖い顔をしてこっちを見ているから」 「うそだろ」  それには全然気が付かなかった。  百川と話をしているとき、たまに千坂と目が合う時がある。しかも全然キラキラとしておらず、嫉妬丸出しという顔でだ。 まさか、それと同じだということか。それとも自分にはつれないくせにと思っているのだろうか。 「五十嵐、うしろ」  百川の視線が円からさらに上へと向けられる。振り向くとそこに立っていたのは話題の人物が立っていた。  タイミングがよすぎる。まさか話を聞かれていないだろうか。気まずいなと思いながら十和田に声をかけた。 「あ……、十和田さん。なにかご用で?」 「二人にお土産だ」  とテーブルの上に紙袋を置く。袋にプリントされているロゴはコーヒーチェーン店のものだ。 「なんですか、これ」 「期間限定のラテ」  袋を開いて中身を取り出す。ふわりと苺の匂いがした。  新作や期間限定のメニューが出ると必ず買いに行く。隣で飲んでいるので十和田に聞かれたこともある。それで買ってきてくれたのだろう。 「あぁ、今日からでしたね。ありがとうございます」  百川に一つ、そして円に一つ。十和田の分はない。 「まさか、発売日を知っていて買いに行ったんじゃ」 「昼を食べに行った帰りに、看板を見かけてな。珈琲を飲みたかったし」  ついでだというが、円が気にしないようにそう言っているだけかもしれない。  貰ったから、新作だって、美味そうだったから、そんなことを言いながら円が好きそうなものをくれるのだ。  餌付けしようとしている、そうおもっていて、十和田の気持ちを考えたことなどなかった。 「円、もしかして具合でも悪いのか? 顔が赤いぞ」  目の前にぬっと手があらわれて、驚いた円はそれを払いのけた。 「ひどいな、熱がないか触るだけだ」 「大丈夫ですから。これ、ありがとうございます」  先に戻ります、そう告げてラテを一つ手に取る。 「あ、あぁ」  百川にまたなといい、いったんデスクへと戻るとラテを置いてトイレに向かった。  鏡に写った頬を赤く染める自分。それを冷ますように何度か顔を洗うが熱は簡単にひいてくれない。 「はぁ、なんだよこの顔は」  何を意識しているのだ。そのままずるずると床へ座りこんだ。 「おい、大丈夫か」  その声に驚いてそちらへと顔を向ける。 「なぜ、ここに」  追ってくるのだろう。 「心配で戻ればトイレの方へ向かっていくのが見えてな。やはり具合が悪いのだろう。早退した方がいい」  円がこうなっているのは目の前にいる男のせいなのに。  意識して振り回されるより、十和田に気持ちを聞いてしまえばスッキリするのではないだろうか。  口を開きかけるが、言葉がでてこない。  どうして聞けないんだと心の中で自分に問う。  結局、十和田に告げたのは、 「もう平気です」  という言葉だった。 「いや、だが……」 「戻りましょう。ラテも楽しみですし」  言いたいことを胸の奥にしまい込んで十和田の背中を押す。 「そうだな」  何も言わない円に、十和田もそれ以上は聞いてこなかった。

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