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十と五(3)

※※※  あの時、なぜ言えなかったのだろう。 「おはようございます」 「おはよう、円」  十和田はいつもと同じく円と呼び笑顔を向ける。 「なんだ、そんなにみられると恥ずかしいな」 「え?」  目を瞬かせる。 「円に見つめられるなら大歓迎」  と両手を広げる。 「何を言っているんですか」  その変わらぬ姿になぜかホッとすると、十和田が顔をほころばせていた。 「なんです」  その姿にドキっとしながら、相手を軽く睨みつける。 「なぁ、今日こそ一緒に飯を食いかないか」  誘われてもいつもは断っていた。だが、例のことを聞くチャンスかもしれない。 「いいですよ」  その誘いを受けると、十和田はそれが信じられないのか、目を瞬かせた。 「え、本当に!?」 「本当です。美味しいところに連れて行ってくださいよ」 「任せておけ」  とニカっと笑い胸を張る。  昔はこんなふうに笑っていたなと、懐かしい気持ちがこみ上げる。  久しぶりに会った十和田は、大人の色気のある男になっていたから余計に近寄りがたかった。  だが、同じ課になってからは、自分の前で子供っぽい一面を見せるから、一緒にいると少しだけ気が緩む。  十和田の手が前髪へ触れる。 「な、に」  それをよけるように後ろに引いて両手で前髪を抑える。 「いや、触りたかっただけ」  再び手を伸ばし、今度は乱暴にかき混ぜられた。 「わー、ちょっと」  ご飯を食べに行くだけなのに明らかにご機嫌な十和田に、ふ、と息を吐く。  そんな円を見て、十和田の目が優しく細められ、その表情に妙に胸がときめいた。  十和田はいつもの通りに仕事をしている。だが、一ノ瀬に言わせればそうでないようだ。 「円、十和田に何かしたか」  と聞かれた。しかも円が何かをしたと思われている。 「別に。ご飯を食べに行く約束をしただけ」  眉間のしわがとれ、目が驚きの色へとかわる。そんなになるほどかと円は苦笑いをする。 「大げさ」 「そりゃ驚くだろう。あんなにつれなかったのに」 「ん、そうなんだよね」 「まぁ、仕事はしているようだからよいが」  食事に行くくらいで、仕事が手につかないなんてことは流石にないだろう。  それで残業になるようだったら、食事はキャンセルするだけだ。  あれから仕事は順調に進み、残業をすることなく終える。 「円、行こうか」 「はい。お先に失礼します」  周りに声をかけエレベーターへと向かうと、女子二人に話しかけられる。 「お疲れ様です。上がりですか?」  上目遣いで十和田を見る。可愛い仕草だ。 「あの、これから二人でご飯に行くんですけど、一緒にいきませんか?」  美味しいご飯に可愛い女子。きっとたのしい食事になるだろう。ただ、それは十和田のみ。円の方には一切視線を向けない。  親が社長という肩書なしで円がモテたことはない。別に女顔というわけでもなく、背丈も175センチはある。だが、男としての魅力がないのだろう。  なんか嫌な気分だ。 「あの」  帰りますと言おうとしたが、 「今日は五十嵐と約束しているから、一緒には行けない」  円の背中をぽんと叩き、彼女たちには笑顔を向ける。 「そうなんですね。また今度」 「誘ってくれてありがとうな」  二人に手を振り、そのまま円を連れて階段へと向かった。 「え、下まで歩くんですか」 「あぁ。円との時間を邪魔されたくない」 「何を言っているんですか」  その言葉に口元が緩みそうになり、あわてて手で隠した。

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