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第7話 一回帰る
あああ。
後ろ髪が引かれる。
シュンに連れて行かれた先にあったのは、予想以上のもので。
住職にはこれ以上はちょっと……なんてやんわりと断られたけど、でも、まだ見足りない。
いや、でもなぁ……。
うん、ここはやっぱり、戦略的撤退。
「ねー、いっくーん。ねーってば。ホントに帰っちゃうの?」
おれの迷いを感じ取ってか、シュンは支度をするおれの服のすそを引っ張る。
ああ、誘惑。
でも、ダメなんだよ。
「帰っちゃうの。明日は仕事だから」
「でも、いっくん、めっちゃ心残りーって顔してる」
「うん。心残りだけど、いったんは帰らないとね」
「いいじゃん、じいじになら、オレも一緒にお願いしてあげるからさあ」
そう言われて、本気で揺らぐ。
いやいやいや。
「ありがたいけど、大人には大人の手順があるから」
「えー」
「えー、だよなあ。そうなんだよ。だけど、そこをちゃんとしてないと、あとで自分が困るんだよ」
シュンを説得するに見せかけて、半分以上は自戒の言葉。
シュン曰くの『ボロっちい紙切れ』は、おれにとってはお宝で。
そのまま持って帰りたいくらい、心惹かれるものだった。
だってさあ、ちゃんと綴られた状態でまとまった量のある『|宗門人別改帳《しゅうもんにんべつあらためちょう》』なんて、仕事始めてから現物触ったことないんだよ!
コピーしか触らせてもらってないんだよ!
すげえ。
マジもん、すげえ。
って、なっても不思議じゃないだろ。
けど、そういう由来のちゃんとした史料っていうのは、持ち主が大切にしてくれているから、ちゃんと残っているものなんだ。
関家のお祖父さんが住職をしている寺にある史料は、寺の財産。
それに各家のルーツが載っているものだから、史料であると同時に個人情報でもあるからね。
だから、そう簡単に見せたり貸し出したりできるものじゃない。
そこはわかっていてもあんないい状態の史料、簡単には諦めきれないので、きちんと大人の手続きを踏もうと決めました。
住職ともちらっと話した感じ、そのあたりをちゃんとすれば記録保存するのはオッケーな感じだったから。
「シュン、そこでぐずってもしょうがないからな」
おれに張り付いているシュンを引きはがしながら、関さんが笑う。
人懐っこい子だけどこんなに引き留めるのは珍しいって、さっきも笑っていた。
「グズグズ言ってて忘れてないか? お前、ちゃんと連絡先の交換した?」
「あ!」
関さんの言葉に、シュンはおれから離れてバタバタと家の中に駆けていく。
「何やってんだあいつ」
くすくすと笑いながら、関さんはスマホを取り出した。
「俺とも連絡先、交換してくれる?」
「はい、お願いします」
小学生はアナログしか思い浮かばなかったかな。
関さんとおれはスマホでささっと連絡先の交換。
大人は便利な道具で迅速簡単に交換できるのだ。
「念のために、職場の名刺も渡しておきます。さっき、お渡しできなかったんで住職にも渡していただけると、嬉しいんですけど」
「うん。じいさんも整理とか保存するのが嫌で今回の話断ったんじゃないから、筋さえ通してくれたら、次はもう少し詰めた話ができると思うよ」
「ありがたいです」
名刺入れから二枚取り出して、一枚にはおれの携帯番号を裏書きする。
ここに来る前は、なんかもうダメだって思っていた。
あんなにも一人だって思わされたのに、今は、人の縁て不思議だなあって気分にさえなってくる。
まあ、話してる内容はほぼ仕事なんだけど。
そう思っていたのに、名刺を受け取った関さんは優しい顔で笑ってくれた。
「なんかドタバタになっちゃったけど、また、おいでよ。今度は、のんびりしてって、ね、いっくん」
『いっくん』って。
シュンみたいに呼びかけられて、驚いた。
「え……」
「あ、いやだった? 急に馴れ馴れしかったかな? ごめん、シュンの友達だと、シュンが呼んでるのと同じ呼び方するもんだから……なんか、つい」
「いえ、嬉しいです」
あわわと言い訳するのがかわいくて。
シュンと同じように呼びかけられたのは、全然いやじゃなくて、なんか、驚いたんだけどほっとした。
また来ていいんだって、思えたから。
仕事だけじゃなくて、また、会いに来てもいいんだよって、なんかそう言われた気がした。
嬉しいと言ったおれの肩を、関さん――テルさんは、ポンポンと叩いた。
「シュンはもちろんだけど、俺もまた会いたいから」
「はい」
「いっくんいっくん、これ、ウチの住所と電話番号! それで、ここに、いっくんの書いて!」
シュンがノートと鉛筆を抱えて戻ってくる。
「はいはい」
「って、お前これ学校の連絡帳じゃん! ページ破んの?」
「え、ダメ?」
「見た目悪くなってもお前が気にしないなら、いいけどさあ」
「しない!」
「そうかい」
言葉がポンポンと飛び交うのが心地よくて、受取ったノートに連絡先を書きながら笑ってしまう。
笑ってしまったら、咳が出た。
朝からちょっと違和感があったから、しょうがないんだけど。
「いっくん、大丈夫?」
「風邪?」
「や……大丈夫。いつもの……ちょっと、気管支弱いんで」
咳の隙間にそう言って、書きこんだノートを返した。
シュンの顔にでかでかと『心配』って書いてある。
「ホントに、いつものことだから、大丈夫。帰ったら薬あるし」
テルさんに帰りのルートを教わって、シュンに駅まで送ってもらって、おれは帰途につく。
また来ていいよの約束を手にして。
昨日のおれをとっつかまえて、まあ落ち着けやって言いたい。
言わなくていいのか。
昨日のおれがとっ散らかって、電車に乗ったから、二人に会えたんだから。
まあどっちにしろ、なんだってあんなにダメだって思ったんだろうってくらい、気持ちが楽になってた。
きっと、ゆるりと受け入れてくれているような、テルさんとシュンの空気のおかげ。
だから、さ。
おれは恵まれてる。
時々、足元をすくわれたとしても。
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