9 / 38

第9話 ナオからの電話

 気がついた。  否。  ホントはずっと、知っていた。  おれが寺で年末年始の手伝いをしている間、何度も何度も、スマホが震えていたこと。  夜、布団に入るときに確認したら、同じ発信元が表示されていたこと。  ずらりと並んだその番号を見て、途方に暮れる。  どうにかしないといけないなと思ったけど、今更な気もした。  メッセージを受信することも、折り返すこともできなくて、着信拒否も無理で、結局おれはその番号を無視した。  なあ。  何で?  何でこんなことすんの。  お前はおれから離れるんだろ?  並んだ着信履歴を眺めて、思う。  おれは、どうしたらいいんだろう。  正月休みの最後の日、おれはチュンを呼び出していた。  待ち合わせは、ショッピングモールの中にあるカフェ。  多少天気が悪くても大丈夫なところを選ぶのは、いつものこと。 「よお、ぶー。元気そうじゃん」 「なにそれ、元気に決まってんじゃん」 「うん、思ったよりってこと。もっとしんなりしてるかと思った」 「しんなりって」  おれは青菜か。  あとから来たチュンは、コートを椅子の背にかけてから、座った。 「風邪も引いてなさそうだし、ちゃんと食って寝てたみたいだな。ま、元気そうで、ほっとしたわ」 「おおげさな」 「それ、自分の行動振り返って言えよ」  一見笑っているけど、目の奥が笑ってない顔で、チュンがすごんでくる。  ハイ、ソウデスネ。  昔を知られているだけに、あまり強くは言えない。  寮の同室時代、何度か寝込んだおれを看病してくれたのは、間違いなくチュンだ。  わかってるよしょうがないなあ、と言うように、チュンが肩をすくめる。 「で、なによ?」 「いや、なんもないけど……」 「けど?」 「スマホ買い替えんのに、暇つぶし、つきあってもらおうと思ってさ」  チュンから『休みの間に一度は顔を見せろ』と、新年の挨拶と共にメッセージが入っていた。  だから呼び出しただけで、特に何があるわけじゃない。  ついでにスマホを新規契約しようと思い立った。  ナオの番号を着信拒否にはできない。  だけど、もう、連絡を取り合う気にはなれないんだよ。 「ぶー?」  呆れたようにチュンがおれの名を呼ぶ。 「オレは、お前に『話し合え』って言った気がするんだよな」 「ああ……」  そうだった。  でも、したくなかった。  気まずくて、視線を逸らす。 「休みの間に、岡田から連絡があった」  急にチュンがそう言った。 「え?」  連絡?  ナオから? 「結構、あわててたぞ」 「は? なんで?」  意外なこと言われて、コーヒーを飲みかけていた手がとまる。 「『郁が行方不明になった』」 「なにそれ」 「電話での岡田の第一声。職場は休み、部屋にもいない、電話もつながらない。親の連絡先も知らない。岡田はお前の事情も知ってるし、その時点で手詰まりになって、オレにかけてきた」  ナオがおれのことで手詰まりになったら、確かにチュンにしか連絡できない。  おれとナオがつきあっている、ってことは、おおっぴらにはしていなかった。  ナオはむしろ隠していたと思う。  知っていたのは、チュンくらい。  だから、仲がいいとは思われていても、おれの安否を騒ぎ立てるようなことはできない。  結婚話が広まってる今なら、尚のこと、そうだろう。 「事情って、ただ単に実家がないってだけじゃん」  溜息ひとつ。  バカみたいだ。 「実家のことだけじゃないだろ。有耶無耶にしたとはいっても、一応は、ちゃんとお前とつきあってたって意識はあったんじゃねえの?」 「どこに?」  おれに内緒で他の女と結婚しようとした奴の、どこに? 「お前の安否を気にするあたり?」 「おれがポックリいったら、自分が気まずいからだろ」 「気まずいってことは、自分が悪者だって意識があるってことだから」  ああ、ナオが罪悪感を持っているってことか。  誠実ではなくても、悪いことをしたとは思っているんだ。 「外面が良いだけじゃね?」 「ま、それはそうだろうな。とりあえず、休み中は出かけてるってことと、行き先は知ってるから大丈夫ってことは言っといた」  へらっとチュンが笑うから、こっちもつられて笑う。  そうだな、それでいいんだろう。  おれは元気に生きていて、もう、ナオと関わる気はない。 「さんきゅ」 「おう」  動揺はしたけど、心臓が握りつぶされるような気持ちには、ならなかった。  あんなに好きだったのに、どうでもいい人になってしまった。  どうでもいい人だと思ったこともどうでもよくて、そのことがなんだか悲しくなった。 「なあ、これからどうすんの?」 「どうもしない」 「わざわざスマホ変えなくても、着信拒否しちまえよ。操作できないんならオレがしてやろうか?」  ホレよこせ、とチュンが手をひらひらさせる。 「話し合えって言ってたくせに?」 「お前にする気がねえなら、どうしようもないじゃん。着信拒否で済むんだから、新規契約なんて無駄な労力使うなって。省エネで生きてるくせに」 「悪かったな、省エネで」  自分のことは自分で面倒見るしかないじゃないか。  それがわかっているから、おれは無理をしない。  待ち合わせはできるだけ暖かいところにするし、生活には気を遣う。  徹夜をしない、きちんと食べる、しっかり眠るのは、当然のことだ。  それをチュンは『省エネ生活』だという。  関家にたどり着いたこの間の行動は、ものすごく珍しいこと。  正月の予定を話すのに必要で、チュンにそのことを話したら『お前たまに暴走するから』と笑われた。 「いんや? 煮詰まると暴走する癖に、暴走しても範囲が知れてるから、いいんじゃね?」 「なんかムカつく」  そう言いながら、おれはチュンにスマホを預ける。  多分、これが正解。  そんな気がしたから。

ともだちにシェアしよう!