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第9話 ナオからの電話
気がついた。
否。
ホントはずっと、知っていた。
おれが寺で年末年始の手伝いをしている間、何度も何度も、スマホが震えていたこと。
夜、布団に入るときに確認したら、同じ発信元が表示されていたこと。
ずらりと並んだその番号を見て、途方に暮れる。
どうにかしないといけないなと思ったけど、今更な気もした。
メッセージを受信することも、折り返すこともできなくて、着信拒否も無理で、結局おれはその番号を無視した。
なあ。
何で?
何でこんなことすんの。
お前はおれから離れるんだろ?
並んだ着信履歴を眺めて、思う。
おれは、どうしたらいいんだろう。
正月休みの最後の日、おれはチュンを呼び出していた。
待ち合わせは、ショッピングモールの中にあるカフェ。
多少天気が悪くても大丈夫なところを選ぶのは、いつものこと。
「よお、ぶー。元気そうじゃん」
「なにそれ、元気に決まってんじゃん」
「うん、思ったよりってこと。もっとしんなりしてるかと思った」
「しんなりって」
おれは青菜か。
あとから来たチュンは、コートを椅子の背にかけてから、座った。
「風邪も引いてなさそうだし、ちゃんと食って寝てたみたいだな。ま、元気そうで、ほっとしたわ」
「おおげさな」
「それ、自分の行動振り返って言えよ」
一見笑っているけど、目の奥が笑ってない顔で、チュンがすごんでくる。
ハイ、ソウデスネ。
昔を知られているだけに、あまり強くは言えない。
寮の同室時代、何度か寝込んだおれを看病してくれたのは、間違いなくチュンだ。
わかってるよしょうがないなあ、と言うように、チュンが肩をすくめる。
「で、なによ?」
「いや、なんもないけど……」
「けど?」
「スマホ買い替えんのに、暇つぶし、つきあってもらおうと思ってさ」
チュンから『休みの間に一度は顔を見せろ』と、新年の挨拶と共にメッセージが入っていた。
だから呼び出しただけで、特に何があるわけじゃない。
ついでにスマホを新規契約しようと思い立った。
ナオの番号を着信拒否にはできない。
だけど、もう、連絡を取り合う気にはなれないんだよ。
「ぶー?」
呆れたようにチュンがおれの名を呼ぶ。
「オレは、お前に『話し合え』って言った気がするんだよな」
「ああ……」
そうだった。
でも、したくなかった。
気まずくて、視線を逸らす。
「休みの間に、岡田から連絡があった」
急にチュンがそう言った。
「え?」
連絡?
ナオから?
「結構、あわててたぞ」
「は? なんで?」
意外なこと言われて、コーヒーを飲みかけていた手がとまる。
「『郁が行方不明になった』」
「なにそれ」
「電話での岡田の第一声。職場は休み、部屋にもいない、電話もつながらない。親の連絡先も知らない。岡田はお前の事情も知ってるし、その時点で手詰まりになって、オレにかけてきた」
ナオがおれのことで手詰まりになったら、確かにチュンにしか連絡できない。
おれとナオがつきあっている、ってことは、おおっぴらにはしていなかった。
ナオはむしろ隠していたと思う。
知っていたのは、チュンくらい。
だから、仲がいいとは思われていても、おれの安否を騒ぎ立てるようなことはできない。
結婚話が広まってる今なら、尚のこと、そうだろう。
「事情って、ただ単に実家がないってだけじゃん」
溜息ひとつ。
バカみたいだ。
「実家のことだけじゃないだろ。有耶無耶にしたとはいっても、一応は、ちゃんとお前とつきあってたって意識はあったんじゃねえの?」
「どこに?」
おれに内緒で他の女と結婚しようとした奴の、どこに?
「お前の安否を気にするあたり?」
「おれがポックリいったら、自分が気まずいからだろ」
「気まずいってことは、自分が悪者だって意識があるってことだから」
ああ、ナオが罪悪感を持っているってことか。
誠実ではなくても、悪いことをしたとは思っているんだ。
「外面が良いだけじゃね?」
「ま、それはそうだろうな。とりあえず、休み中は出かけてるってことと、行き先は知ってるから大丈夫ってことは言っといた」
へらっとチュンが笑うから、こっちもつられて笑う。
そうだな、それでいいんだろう。
おれは元気に生きていて、もう、ナオと関わる気はない。
「さんきゅ」
「おう」
動揺はしたけど、心臓が握りつぶされるような気持ちには、ならなかった。
あんなに好きだったのに、どうでもいい人になってしまった。
どうでもいい人だと思ったこともどうでもよくて、そのことがなんだか悲しくなった。
「なあ、これからどうすんの?」
「どうもしない」
「わざわざスマホ変えなくても、着信拒否しちまえよ。操作できないんならオレがしてやろうか?」
ホレよこせ、とチュンが手をひらひらさせる。
「話し合えって言ってたくせに?」
「お前にする気がねえなら、どうしようもないじゃん。着信拒否で済むんだから、新規契約なんて無駄な労力使うなって。省エネで生きてるくせに」
「悪かったな、省エネで」
自分のことは自分で面倒見るしかないじゃないか。
それがわかっているから、おれは無理をしない。
待ち合わせはできるだけ暖かいところにするし、生活には気を遣う。
徹夜をしない、きちんと食べる、しっかり眠るのは、当然のことだ。
それをチュンは『省エネ生活』だという。
関家にたどり着いたこの間の行動は、ものすごく珍しいこと。
正月の予定を話すのに必要で、チュンにそのことを話したら『お前たまに暴走するから』と笑われた。
「いんや? 煮詰まると暴走する癖に、暴走しても範囲が知れてるから、いいんじゃね?」
「なんかムカつく」
そう言いながら、おれはチュンにスマホを預ける。
多分、これが正解。
そんな気がしたから。
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